かわいいヒーロー

「せんぱーい…!」


中学卒業式が終わった直後の謝恩会。人目も憚らず泣きじゃくる赤也がいた。


「寂しいっス。もう会えなくなるなんて…」

「会えないわけじゃないよ。電車ですぐなんだし、また遊びに来るよ」


同じテニス部や他の友達、もちろん柳よりも誰よりも私との別れを泣いてた。寂しがってくれた。


「俺…」

「うん」

「先輩が、いつも俺のトレーニングが終わるの待っててくれたの、すげーうれしかったっス」


トレーニングっていうかほとんどが真田からの罰則だったけど。でもそれで体力的にも精神的にもずいぶん成長したよね。


「一緒に電車で帰ったの、楽しかったっス」

「私も楽しかったよ」

「電車ですぐなら、また、絶対また遊びに来てください」

「もちろん!」


赤也が入学したての頃は、たったの1個違いでもけっこうな差に感じてた。でもそれぞれ学年が上がり、赤也もテニス部の部長としてずいぶん成長して、その差は感じられないようになっていった。

それでも来月から私は高校生で赤也はまだ中学生。やっぱり私が赤也に会いにきてあげないとなーなんて、思った。

思ったのに、きっと赤也も待っててくれてたはずなのに。私が会いに行くことはなかった。

立海のテニス部に顔を出すことが嫌だったからだ。思い出すのも嫌だった。テニス部もテニス部との思い出も、どうしても柳と結びついてしまうから。



「雪菜先輩」

「……」

「ほんとに、すいませんでした」


さっきから赤也は謝ってばかりだ。私がまるで不貞腐れているように、ずっと口を真一文字に結んでいるから。もちろん怒ってるわけじゃないけど、そうしないと、何だか。

でも赤也のせいじゃない。もちろんブン太や仁王のせいでも、ましてや柳だって何も悪くない。

ただの私自身の問題ってだけ。


「ほんとに怒ってるわけじゃないから」

「でも…」

「先に帰っていいよ」


今私と赤也がいるのは駅のホームで、ベンチに並んで座ってる。飲み会のあと、何となく二次会をする雰囲気ではなかった。間違いなく私のせいだ。もちろん表面上は、今日も楽しかったな〜また今度飲もう〜なんて和やかに終わったけど、それはきっとみんなもう大人になったから、そういう空気の読み方をわかってるんだ。真田でさえね。
…ほんとみんなに悪いことしちゃった。

ぞろぞろと帰るみんなの輪から、コンビニに寄るという言い訳で離れた。
そしたら赤也だけ、私にこっそりついてきた、というわけ。


「俺は雪菜先輩を置いては帰れないっス」

「えー?」

「遅い日は一緒に帰るって、決めたから」


いつかの部活帰りのことを言ってるんだろうか。まぁ確かに、私もあの初期はけっこう強引に一緒に帰ってたけどさ。一人になりたいときってあるじゃん。


「先輩、ダイエットしたとか言ってたっしょ」

「もー、それは忘れてよ」

「そのせいかどうか知らないっスけど。でも」

「……」

「きれいになったなーって、思って」


お酒のせい?今日は私をはじめ他のみんなも、そんなに飲んではいなかったけど。

突然そんなことを言い出すもんだから、びっくりして赤也を見ると。赤也は少し照れ臭そうに笑った。


「だからそのー…、その努力がちょっとでも、報われればいいなって」

「……」

「柳先輩に彼女いても、昔みたいに友達ででも仲良くなれたら気持ちマシなんじゃねーかって、思って。今日、企画したんス」


完全に失敗でしたけど、そう付け足してまたしゅんとした。

ダイエットをしてたなんて言っても、結局はお酒もガブガブ飲んで自堕落な生活だったし、水着でイメトレしてたとは言っても、今は夏が終わったあとの秋だし。

赤也は信じちゃうから。どんだけ誇大な努力アピールでも、信じてくれちゃう。


「ありがとね」

「イヤイヤ!俺のせいでこんなんなったんスから!俺が先輩に嘘ついたから!」

「嘘?」

「嘘って、いうか…」


そこで、あの日の夜のことを改めて教えてくれた。あの日の夜ってのは、うちに赤也たちが来た同窓会の日。
柳と彼女は今、結婚前提で付き合ってるらしいって、そんな話題になったそう。
それでわかった。私がなんで泣いたのか。

おまけに酔っ払いの私はそんな大事なことを一切覚えておらず。ダイエットの話まで出て、もう一度彼女のことを伝えるのは躊躇われた、ということらしい。


「つまり赤也は、私が傷つかないようにしてくれたんでしょ?」

「それはもちろん!…でも結果的に、もっと傷つけちまって。だから全部俺が」

「違うよ。赤也は優しかっただけ。今の気持ちも私の僻みみたいなもんだし。もう大丈夫」

「……」


大丈夫だよ大丈夫。だってそんな、ずーっと柳に片想いしてたわけじゃないもん。ただ単に昔から引っかかってただけのこと。その引っかかりだって、私の自分勝手なものだし。

柳はあの日言った。“離れてしまったら、支え合う自信がない”って。でも今は、たとえもっと遠くに離れても迷わない彼女がいる。

それはやっぱり大人になったから。当時の私とじゃダメだった、ただそれだけのこと。


「さーて、そろそろ電車乗ろっか。よっこいしょ」

「雪菜先輩」

「んー?」

「俺とデートしてください」


まもなく電車が参ります、そんなアナウンスとともにしっかりと聞こえてきた、赤也の真剣な声。


「…え、デート?なんで?」

「俺にもチャンスください」

「はい?」

「雪菜先輩が柳先輩と会うことを楽しみにしてたみたいに、俺も楽しみだったから」

「……」

「俺、雪菜先輩のこと好きだったから」


到着した電車に乗り遅れそうになる。赤也の言葉に、立ち上がった自分の足が棒のように固まって動かない。


「とりあえず乗りましょ」

「…う、うん」


腕を軽く引かれ、そのまま赤也と目の前のドアから乗車した。

電車内は終電も近かったせいか、かなりの混み具合。そのせいでさっきの話の続きなんて、いや混んでなくても、なかなか繋げそうもない。


「また連絡するっス!」


別れ際、赤也は笑ってそう言った。さっきの真剣な表情や、電車内のちょっと気まずそうな雰囲気から一変。
ずっと変わらない無邪気な、私と一緒に帰ってた頃そのまんまな笑顔だった。

それが私の心を掻き乱す。あの顔にホッともするし、さっきの言葉でドキドキもしてきた。正直言うと、うれしさもあった。

…なんなのこの展開は。全然予想してなかった事態がダブルで。…どうしよ。

戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -