まるで子犬のワルツ

「切原赤也。俺たちと同じ第二小出身だ」

「へー…そういえば見たことあるかも。あのクリクリの髪の毛」

「目立つタイプだからな。テニスに関しても、それ以外でも」


うちらが中学2年になった春。このテニス部でNo.1になると高々に宣言した、いわゆる生意気な1年生が入部してきた。すぐに柳から、その1年生についてのちょっとした情報を教わった。

当時、というかずっとだけどトップ3に君臨していた幸村、真田、そして柳に入部早々負かされ、どうやら初めての挫折を味わったらしい。一時はテニス部自体の入部もやめたかと思ったけど、面倒見のいいブン太やジャッカルの励まし(?)もあり、無事にテニス部エースの座を獲得するまでのプレーヤーになった。その後は部長にもなった。


「切原くーん」


その、まだ赤也が入部したての頃。男子も女子も練習は終わり、みんなぞろぞろと帰る中で、赤也がまだ走っていた、正確には走らされていたのを見つけたのが、初接触だった。


「…えーっと、誰?」

「黒川だよ。黒川雪菜、女子テニス部2年の」

「へー、先輩っスか。お疲れサンです」


そのときの赤也は周りの人みんなライバルだと、変な壁を作ってて。正しい敬語も使えなくて、いきなり現れた女子の先輩になんて一握りの興味もなかったと思う。むしろわざわざ足を止めさせた私に対して、少し鬱陶しそうにした。


「じゃ、俺はまだ走んなきゃなんで」

「あ、終わるまで待ってるからね」

「は?」

「家近いでしょ?一緒に帰ろう」


柳から聞いた情報によると、同じ第二小出身で、家も近いから乗る電車も降りる駅も一緒。他の男子の先輩はもちろん、同学年も男女みんなもう帰ったあとだ。


「別に一人で帰れるし」

「もう遅いじゃん」

「だから別に平気だっての」

「一緒に帰るって決めたの、私は」


このとき赤也は、何だこいつメンドクセーって丸わかりな表情だった。でもほんとにもう完全に日も落ちて暗いし。

一緒に帰らなきゃ。そんなおせっかいな気持ちがあった。たったの1個違いでも、中学上がりたての赤也と1年経過した私とじゃだいぶ違うと思って。

それと、きっと私は、自分が柳にされたことと同じことをしたいと思ったんだ。赤也は部内に友達らしい友達はいないように見えていたから。
私は柳に救われた。毎日の登下校が楽しみになった。赤也もきっと、たとえほんの少しだとしても、楽しみに感じてくれればいいなって。

それから私が部活を引退するまで、こうやって赤也が居残りトレーニングをする日は、他に誰もいないときは、私が勝手に待ってて一緒に帰るっていうのが、交わしていない約束となった。



「すまない。待たせた」


例の同窓会から約1ヶ月後。赤也がまた飲み会を開催してくれた。メンバーはこの前の4人プラス幸村、真田、ジャッカルと、柳。つまり当時のレギュラーメンバーだけど、柳生だけは大学(医学部)が忙しくて無理だったらしい。…柳生医者になるのかよ、すごいわ。

女が私一人とか、開催してくれた赤也には感謝だけど、ちょっとあからさま過ぎるような気もした。まぁ文句は言えない。

みんなざっくりと空いてる日はあったけど、でも肝心の柳だけが多忙だった模様。なんとか都合のつきそうだった今日、開催となったけど、結局遅れての参加だった。

…こんなに忙しいなんて、柳の就職先ってどこなんだろう。あとで聞けたら聞きたいけど。


「あ、柳先輩はここ座ってください!」


私の左隣にいた赤也が席を立った。それはもちろん私に気を遣ってくれてのことなんだけど、いきなりそんな…!

でもそんな赤也と目が合うと。赤也は、へへっと笑った。変わらない無邪気な、生意気でもある笑顔。

昔はたったの1個違いでもだいぶ差はあると思ってたけど。こんなふうに気遣ってくれるなんて、大人になれば1年なんて、あってないようなものなんだな。
それを見てか逆隣にいた仁王も、わずかに私との隙間を空けたような気がする。


「じゃ、柳先輩も揃ったところで、改めてカンパーイ!」


せっかく赤也や仁王、微妙だったかもしれないけどブン太が、こうやって日を作ってくれたんだ。私も、頑張らねば…!


「…あ、えと」

「ん?」


騒がしいけど、みんな好き勝手しゃべってるけど、頑張って声を出した。そしたら隣にいた柳が、すぐに反応してくれた。

変わらない。地獄耳なところも、聞こえた声を無視しないところも。


「…や、柳、忙しいみたいだね」

「ああ。来年、年が明けてからが本当に忙しくなるがな」

「へぇ?…研修とか?」

「研修、というよりも実習だな。司法修習だ」

「ああ司法修習ねー、なるほ………えぇ!?」


驚きの叫び声に、隣にいた仁王が飲み途中だったお酒を吹き出しそうになってた。あ、すみません。
でもでも、そりゃ私もデカい声が出るよ!


「司法修習って、柳司法試験受かったの!?」

「ああ。予備試験経由だがな」


私は普通の文系大学で普通の企業に就職っていう普通のルートだけど、司法試験、予備試験も本試験もいかに難しいかは当たり前に知ってる。そもそも予備試験だって合格率2、3パーセントじゃなかった?やっぱりすげーわ柳…!


「司法修習って…えっと、この辺の事務所とかでやるの?」

「いや、12月に導入修習後、1月からは実務修習に入る。その配属先は全国各地で、まだ発令されていない」


そこから簡単にだけどその修習とやらについて教えてもらった。裁判所だったり検察庁、弁護士事務所で実際の事件を担当したり傍聴したりと、実務経験を積むことになるらしい。

やっぱりすごい!柳はほんとにすごい…!


「配属先がまだってことは、引っ越しもまだ先ってことだよね?」


柳の向かいに座っている幸村がそう投げかけた。私のさっきの叫びで当然ながら、幸村以外のメンバーもこっちに目と耳を傾けていた。


「ああ。年末か年明け早々になるだろうな」

「そっか、じゃあ日が合えば見送りに行きたいな。遠くの地方ってこともあるんだろ?」

「そうだな。来てくれるならうれしい限りだ」


そうだ、たった今、全国各地のどこに配属となるかわからないって聞いたばかり。
たとえ柳との仲が深まったとしても、一緒にはいられないってことで…。いや、でも大人だし、ずっと近くにいるっていうのも難しいものだ。

今の時点でそんなちゃんと話せるようになったわけでもないのに、頭の中お花畑な私は、早くも柳との今後を思い描き始めていた。……でも。

続けられた会話に、息が止まった。


「彼女はどうするの?一緒に行くのかい?」

「いや、ここに残る予定だ。院に進むからな」

「ふぅん、じゃあ遠恋ってことだね。大変だな」

「まぁその件については散々話し合った。問題ない」


…………彼女?遠恋?

瞬時に反応したのは、自分の声や表情ではなく、視線だった。さっきまで、柳と幸村の顔を交互に見つつ相槌を打ちながら会話を聞いていたのに。途端に声も出せず表情も強ばりながら、私の視線だけがテーブルの上、半分くらい残っているグラスに落ちた。


「あーっ…と!えーっと、なんか!誰か、ご飯頼みません!?」


二人の会話を遮るように、赤也が突然大声を出して立ち上がった。


「ご飯?今日はコースではなかったのか?」

「あーいや、真田副部長は頼まなくてだいじょぶっス!」

「…どういう意味だ?」

「イヤほら、丸井先輩!まだまだ足りないんじゃないっスか!?」

「そー…だな、まだまだ足りねーって!…ジャッカルが」

「!?俺かよ!」


ほんとなら、こんな懐かしいやり取りに笑って、あーあったあったこんなコント!みたいになるはずだっただろう。


「雪菜、好きなもん頼んだらいいぜよ」


心なしか優しい声のトーンの仁王にメニューを渡され、言われるがまま目を通した。

でも、目は一品一品料理を捕らえてはいても、頭の中にはまったく入ってこない。


「……で」

「ん?」

「…ゆずシャーベットで」

「ゆずシャーベットな、了解。ジャッカル、雪菜のゆずシャーベット至急頼みんしゃい」

「やっぱり俺かよ…」

「雪菜もうデザート?じゃあ俺も食おっかなー」

「あ、俺も欲しいっス!ジャッカル先輩よろしく!」


仁王も、ブン太も、赤也も、白々しいほどに声を上げて、優しくて、私に気を遣ってるって丸わかり。きっと3人とも知ってたんだね。

柳には彼女がいるって。離れても迷うことなく続けていける、信頼し合った彼女が。

まもなくそのゆずシャーベットは到着し、隣の柳からスプーンを差し出された。
受け取ろうとした瞬間、ほんのわずかに柳の指に触れた。そんなことで動揺した私はほんとにバカだ。テーブルの上の自分のグラスを倒してしまった。


「大丈夫か?これを使え」


周りのみんなから次々とおしぼりを提供される中、柳はハンカチを差し出した。自分のポケットから出したようで、変にきれい好きなのかマナーにもうるさいからか、きっと使用済のおしぼりを渡すのは躊躇われたんだろう。真田なんて到着ざまに顔拭いてたあのおしぼりを差し出してきたのに。


「いらない」


いらないよ。そんな優しさ。欲しくない。
ほんとにバカバカしい。自分に腹が立つ。久しぶりの再会だって浮かれて、想像通りのエリート道を邁進するところもやっぱり素敵だなんて思って。一人ではしゃいで。赤也たちも巻き込んで。

挙句がこんなひどい態度をとるなんて。
柳の、誰に対しても惜しみなく親切心をさらけ出すところが一番好きだったのに。今はそこが一番嫌いだなんて。

そこからも表面的には盛り上がっていたけど。それはきっとみんなが大人で、状況や私の心中を察してくれたから。

みんなが必死に頼んで用意してくれたゆずシャーベットは、何の味も感じられなかった。
大人になれてないのは私だけなんだと痛感した。

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