優しいだけの嘘

「私、柳のことが好きなんだけどっ!」


初めての告白なのに、半ギレ状態で想いを伝えてしまった中3の秋。このとき、ほんとは告白するつもりなんてなかったのに、なんかいろいろと切羽詰まっちゃって。

私が高等部の先輩に告白されて、一度断ったけどしつこくて、休日にも呼び出されて、結果的にデートのようなものをしてしまったときだ。

付き合うまで帰さない、自宅から何駅も離れた駅のロータリーで、手を掴まれそうその先輩に言われた。どうしようか、ここは一旦オッケーしてあとでやっぱりごめんなさいしようか、迷った。
でもこんな自分のワガママだけを通そうとする先輩だ。簡単に別れられないかもしれない。


「申し訳ないですが、彼女は僕と付き合っています」


突然聞こえた声に、私も先輩もびっくりした。そこには、柳がいた。

その先輩と比べ柳はかなり背も高く体格も良く、おそらく高校生以上に頭も切れる。加えてテニス部といえば、立海の先生や生徒たちからたくさんの信頼と羨望の眼差しを受けていると、十分過ぎるほど知っていただろう。すぐに引き下がることとなった。


「…なんで柳がここに?」

「最近お前の様子が変だったからな。相談に乗ってやれずすまなかった」

「でも、なんで…」

「すまない。つけさせてもらった。先程まで見失っていたがな」

「いや、そうじゃなくて」

「もう一点謝る必要がある。勝手に付き合っているなどと嘘をついてすまなかった」

「……」

「…これこそ大迷惑であれば、申し訳ない」


助けてもらった私がお礼も言わず、助けてくれた柳が何度も謝る。どう考えてもおかしな図。

私がなんでって思ったのは、なんで助けに来てくれたのかってことで。
なんで今、これこそ大迷惑ならなんて謝ってるのに、泣いてる私の頭を優しく抱え込んでるのってこと。


「私、柳のことが好きなんだけどっ!」


きっと柳はもう私の気持ちなんてわかってるんじゃないかって、そう思ってた。
でも、見たことないぐらいに驚いてる柳の顔を見て、あー自分のことに関しては疎いんだって新たな発見だった。


「…正直、俺は自分の気持ちがよくわからない」

「……」

「今日ここへ来たのも、自分の気持ちを踏まえてお前を追ってきたというより、万一を考え、といった心境だった」


わかってるよ。私だけじゃなくて、きっと柳もただの優しさなのかなんなのか区別ついてないってことは。それでも。


「私は、柳にとって一番大切だと思える女子になりたい」

「……」

「部活が忙しいのはわかってるし、デートとかも別に、そんなにしなくたっていいし」

「……」

「柳にとって、一番の女子なら」

「そういうことならば」


もう今の時点でお前であることは間違いないと、そう言ってくれた。

中学生だし、一般的な恋人らしいことは何一つなかった。ただ、何度か二人で遊びに行ったり一緒に勉強したり、私が蓮二と呼ぶようになったことだけ。

お互い他の誰にも言わなかったけど、秘密の共有だからこそうれしかった。自分でもあきれるほど純粋な恋だった。



そんな純朴な過去はさておき。仁王に迫られ(?)緊張感マックス頭の中がさらに驚きの白さになったところで。
ガチャリと、扉を開ける音がした。廊下、というかお風呂場の扉だ。


「おい、仁王うるせーぞ」


そこから出てきたのは…、タオルで髪の毛をガシガシ拭く、ブン太だった。


「うるさいのは雪菜じゃき」

「お前がうるさくさせてんだろい。…あー頭いてぇ」


ブン太もうちにいたことや、なんだか普通にシャワーを浴びてたらしいことにもびっくり。

男二人に女一人。私はもしかしてとんでもないことをしでかしてしまったのでは?


「んなわけねーだろ」

「えっ」

「普通にみんなで二次会終わって、でもまだ飲み足りねーって言うから」

「……」

「ここ来てまた飲んでたんだよ。で、普通にみんなして雑魚寝。お前はベッドで優雅に寝てたけど」


さすがに飲み過ぎたらしく、私は記憶がぶっ飛んでるし、ブン太は二日酔いで頭が痛いし、途中からだった仁王だけが今こんな普通だ、ということらしい。

あーよかった。もう親に顔向けできないことやっちまったかと思った。


「あのなぁ、お前と俺と仁王がーとか、あり得ねーから」

「だよね!?」

「や、でも“仁王ダイスキー”って言ってたのはほんとじゃき」

「嘘でしょ!」

「それはほんとだな。なんか仁王がこの辺に散らかってた漫画を片付けたから」

「…あ、そうなの」


そういや一人暮らしゆえに手に届く範囲で漫画を構えてたんだけど。それらがきれいに本棚に収まってるわ。ありがたい。


「つーか、ここ来たのは俺と仁王だけじゃないぜ」

「え?」


もしかして、なんて。そんな期待や願望なんてバカバカしいって、昨日はっきりと思ったのに。懲りもせずそんなことを考えちゃうんだね。

もちろんほんとにバカバカしいもので、ガチャリと、今度は玄関のドアが開いて私の妄想は儚く散った。


「あ、雪菜先輩!ようやく起きたんスね!」


これまた普通に家に入ってきたのは赤也。手にはコンビニか何かの買い物袋をぶら下げている。もちろん、赤也とは昨日一次会からずっと一緒だったってこと、覚えてる。

つまりブン太仁王だけでなく、赤也も一緒にうちに来たってことね。


「お、赤也サンキュー」

「いーえ」

「代金は体で払うぜよ」

「なにキモいこと言ってんスか。…ハイ!これ雪菜先輩に」


いまだこの流れに乗り遅れてたけど、赤也がヘラヘラっと笑いながら私にお茶とサンドイッチを差し出した。どうやら赤也は先輩二人(ブン太&仁王)にご飯の調達へ行かされたようだ。そういえば私も何となくお腹が空いてて、ありがたく頂いた。…これじゃどっちが先輩かわからんわ。


「しっかし、昨日は驚いたのう」


4人でサンドイッチを食べつつ、テレビもつけてお昼の情報番組を観ているときだった。

仁王がそう口を開き、なんだまたコイツ変なこと言い出すんじゃないかって、ちょっと嫌な予感がした。


「まさか中学んとき、お前さんと柳が付き合っとったなんて。まぁずいぶん仲良しじゃなとは思ってたが」


もちろん嫌な予感が的中ということで、私の心臓はまるで犯罪がバレたときのようにバクバク、冷や汗もダラダラ、サンドイッチを握る手も震えた。

…いや待てよ。この仁王だもの。きっとカマをかけてるに違いない……。


「バカ、それは聞かなかったことにしようぜって話になっただろい!」


なーんて私の期待は呆気なく消え失せ。ブン太がそう仁王を一喝し、これはカマでも何でもないのではと思い直した。

…否定すべきか。相変わらず流れが見えないってか全然覚えてないし、え誰にそんなこと聞いたの?と聞き返すべきか…!
迷っていると、赤也が口を開いた。


「昨日、雪菜先輩が自分でぶっちゃけてたっスよ。泣きながら」

「泣き…!?」


そんなことを聞いてしまってはと、ついに私もリアクションをとってしまった。まぁ仁王は嘘つき野郎だけど、ブン太やそれ以上に赤也が人を騙すことはない。赤也は昔から私に懐いてくれてたかわいい後輩だし……ていうか泣いてた!?なんで!?恥ずかしいっていうか痛いっていうか…!

加えて、自分自身妙な気持ちだった。柳とのことは絶対テニス部には秘密にしようと思ってたから。ほんとに一生、墓場まで持っていくつもりで。

…お酒が入って久しぶりに再会して、ついゲロッちゃったのかな。ダメだ、禁酒しよう。


「その様子じゃほんとになんも覚えとらんわけか」

「…はい。恥ずかしながら」

「まー泣いたっつっても軽くだぜ。話題が話題だっただけにさ、仕方ないんじゃね」


話題が話題だっただけに?仕方ない…?

一体どういう意味なのか、昨日の私がやらかしてしまった一部始終すべてをお教え願いたいと、ブン太に聞き返そうとした。けど。


「ねぇ、話題って」

「昨日から気になってたんスけど」


声を出した私を遮り、赤也が話し出した。その視線はこの部屋の壁に向かってる。

壁。ざっくり言うと壁だけど、そこには1着の水着(ビキニ)が掛かっている。
私にとってたった今触れられたくない話題、柳との交際の件に次いで第2位だ。でもとりあえずここは事情を話さないと、ここまできたらそれこそ仕方がない。


「あ、あれはねー…そのー、何ていうか、私ダイエット中で」

「ダイエット中?ダイエット中のやつが昨日あんなに飲んでたのかよ」

「いやー何ていうか、同窓会に向けてやってたって言うか…」

「「「……」」」

「…柳とさ、会うの、久しぶりだったから。ちょっとでもさ、こう……」


昨日、私は泣いてたって、言われた。きっとそれはお酒のせいであることは間違いない。

でも、涙が出てきたのはお酒のせいでも。泣きたくなったのは、私にいまだ残る何かがあるせいだ。

私の言葉に3人とも黙り込んだ。まぁ男子にはあんまり理解できないことかもしれないね。元カレとの対面に向けて試行錯誤するなんて。おまけに水着飾るとか宗教じみてるし。あれだよあれ、この水着が似合うようになりたい、みたいなイメトレ的あれで…。

私の告白から少しの間を置いて、仁王が、なるほどなと呟いた。この中で一番女性心理に長けてるからかもしれない。よく知らないけど。


「…じゃあ、また近いうちに飲み会開きません?」

「え?」

「今度は雪菜先輩がちゃーんと柳先輩と話せるように、少人数で!」


バカバカしいことだと自分自身十分わかってるつもりだった。
それなのに、こういうことにやっぱり期待を寄せてしまう。バカバカしいのは私自身なんだ。


「…や、けどそれは」

「丸井先輩も、またみんなで飲みたいって言ってたじゃないっスか」


どことなく浮かない顔で、らしくなくあまり乗り気でなさそうなブン太の言葉を、赤也は遮った。

その空気は、どこか不自然にも感じた。でもすぐに仁王が話を引き継いだ。


「そうじゃな。俺は昨日途中からだったし。やるんなら参加するぜよ」

「そっスよね!だから丸井先輩も!」

「うーん…」


まだブン太は微妙そうな顔だったけど。赤也が私に確認して、私もできれば…と答えると、最終的にブン太もじゃあそうするかって、言ってくれた。


「楽しみっスね、雪菜先輩!他の人には俺から連絡しときますんで!」

「う、うん。ありがとう…」

「いーえ!…あ、でもジムは退会しちゃうんでしたっけ?」


どこまで話したんだ昨日の私よ…!ほんと次の飲み会ではほどほどにしておかないと。

不自然と言えば不自然だった。でもみんなほんとに久しぶりだったし、何が自然なのかがはっきりと区別しづらくもなってた。時が経つとはそういうことだ。

でも時が経っても変わらないものがある。
赤也の無邪気な、ずっと変わらない笑顔を見て、そうぼんやり思った。

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