夢の中までお花畑

「はい、転校生の黒川雪菜さんです。みんな、仲良くしてね」


実に業務的な温度の感じられない担任の台詞は、いまだにはっきりと頭の中でリピートできる。

小学6年に上がりたての頃、私は神奈川第二小に転入してきた。気さくに話しかけてくれる子もいたにはいたけど、もうグループってものが出来上がってて、私はなかなかそれらに入れずにいた。というか小学生の女子だもん。転校生に構うより、学年が変わってまずはみんな自分のグループや立ち位置を確保するのに必死だったと思う。


「神奈川第二小6年2組黒川雪菜だな」


転入してきて10日ばかり、一人で登下校をしていると、その10日目の朝、家の前に彼がいた。


「俺は柳蓮二だ。神奈川第二小6年1組」

「……」

「お前が転入して間もないこと、まだ登下校を共にする友人関係が築けていないことは知っている」

「……」

「防犯面でも精神衛生面でも、一人での登下校は見過ごせない。今日から俺と登下校をしてもらうぞ」


家の門のすぐ真ん前にいたこともびっくりだし、言われた言葉もびっくり。何なんだこいつはって、正直思った。ほんとに小学生かとも思った。

まったくよくわかんなかったけど、お母さんが“あらお友達ができたのね!”なんて喜んじゃったものだから、子供心にもここは否定も拒否もしてはいけないと感じて、彼とともにその日を歩き出した。

俺と、なんて言ってたから、てっきり二人で登下校するのかと思ったけど。しばらく歩いていくと、他の6年生や下級生含めた数人のグループが、近くのパン屋さんの前で固まって待っていた。

聞くところによると、近所の第二小の生徒で登下校が一人だった子たちに、柳が声をかけて集めたらしい。


「俺もお前と同じだ」

「同じ?」

「俺も去年、転校生だった」


しばらくしてわかった。柳は目立ちたがり屋ではないけど、自分から声をかけなくても誰からでも好かれるやつだって。テニスプレーヤーとして早くも注目されてたし、頭も良くて運動神経もいい。なのに一人ぼっちの子をわざわざ自ら集めるなんて、なんで?って思った。
きっとこういう親切なところ、皮肉に言うとおせっかいなところは、今も変わってないんだろうね。

柳にとっては、私は一人ぼっちの子の内の一人だっただろうけど。私が彼に恋に落ちたのは、ただその一件だけで十分だった。



「雪菜」

「…んー……」

「雪菜。そろそろ起きんしゃい」

「………ん?」


聞いたことあるようなないような、私を呼ぶ声。ついでに体をゆさゆさと揺さぶられた。

そして目が覚めた。どうやら私はそれはそれはぐっすりと眠りこけていたようだ。目を開けても広がる視界は私の家の天井であることは間違いないけど、ぼんやりしてて、またすぐにでも寝られそう。

一人暮らし、ついでに言うと彼氏ナシなあたしが目を覚ますのは、携帯のアラームか寝覚めかのどちらか。就活も終わり大学の単位も取り切った最近じゃ、ほぼ後者ばかり。

つまりいつもと違う目覚めなわけ。さっき声がしたほう、左側を寝返り感覚で向くと。


「……っ誰!?」


もはや二度寝なんてできないぐらい、私の心臓と体は途端に飛び跳ねた。驚いたその声が大き過ぎたらしく、そこにいた人物…めっちゃ直毛でめっちゃ派手な出で立ちの男性は、私並みに驚いていた。

ここは私の家で間違いないし、私が寝てたのもいつもの自分のベッドで間違いない。


「…あーびっくりした。お前さん、起きぬけによくそんなテンションになれるのう」

「え、誰!?あんた誰!?」

「覚えてないんか?俺のこと」


盛大なため息とともに、その男性は超軽蔑といった目を向けた。

昨日の記憶を辿ってみた。確か、テニス部の同窓会に参加して、柳とほとんど話せなくて、最後ちょこっと話しかけてくれたけど結局それだけで、そのあと赤也やブン太たちと二次会に行って、たらふく飲んで……。まさか知らない男を連れ込んじゃったとか!?どうしよう!柳とどうこうどころじゃないっ!

…いや待てよ。……テニス部?


「…あ、仁王か!」

「誰じゃそれ。俺とお前さんは昨日出会ってそのままここに直行して一夜限りの契りを…」

「いやいやいや、仁王でしょ!仁王雅治!テニス部の!3年B組!」

「なんじゃ、思い出したんか」


つまらんのーと、仁王は笑った。そうだ、この人を小バカにするような…よく言えば飄々とした含み笑いは、あの仁王雅治だ。

真っ白だった記憶をどうにか呼び起こし、そういえば昨日二次会から仁王が参加したんだったと思い出した。


「…で、なんで仁王がうちにいるの?」


もう部屋中、日の光りが注がれてて電気もつけてないのに明るい。時計を見ると12時。ようするに私はこんな昼まで寝ちゃってたわけなんだけど。


「だから、昨日の夜、二次会を二人で抜け出してここに来たんじゃろ」

「…はい?」

「いーっぱい、楽しませてもらったぜよ」


クククと笑うこの顔、この声、雰囲気、まーここまで変わらない男もなかなかいない。真田とどっこい。こういう態度に関してはまるで成長していないとも言えるんだろうか。


「嘘だ!!」

「嘘呼ばわりとはヒドイのう。昨日は“仁王ダイスキー”なんて言っとったのに」

「嘘だ絶対嘘だ!!嘘であるべき!」

「なら、もう一度昨日とおんなじことをしてやろうか?」


そう仁王が不敵に笑いながらベッドの私の横に座り、私自身も自分で自分を信じられなくなり。
信じられないくせに自分への嫌悪感だけは半端なかった。

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