いつだって溺れかけ

暑い暑い真夏の日でも、涼しげな表情が印象的だった。寒い寒い冬真っ只中では、北風になびくサラサラの髪の毛が魅力的だった。
仲良しな人でも、面識のない人でも、惜しみなく親切心をさらけ出せる人だった。

それが私の初恋だ。


「……“同窓会のお知らせ”?」


大学4年、就活も終わり秋が深まってきた頃。私の元へ、一本のメールが入った。件名は、“立海テニス部同窓会のお知らせ”。本文にはその件名通り、中学時代の部活仲間たちとの同窓会についての概要が書かれてあった。

そのメールの差出人は幸村精市。私が中3のとき、男子部の部長をしていた人だ。
のちに後輩たちにも語られていくほど、うちらの代は男女ともに仲が良く、そして特に男子には華があった。


「……あの人も来るのかな」


私は高校から立海も神奈川も離れていて、大学生となってからは実家も離れ現在は一人暮らし。いつでもすぐに帰れる距離だけど、中学卒業して以降は特に仲が良かった女友達としか会っていなかった。もちろん当時は幸村や、他の男子テニス部たちとも仲は良かったけど、男女混合でわざわざ会う機会はなかった。

だから今の“彼”の姿を想像することは難しい。かの日の輝いていた、部活に一生懸命だった“彼”しか、思い描けない。

そう、同学年の中でも背が高くて、髪の毛がサラサラで、頭がとてつもなく良くて、少し表情は硬いけど、たまにフフッと笑う顔がカッコよくて……。


……いや絶対カッコよくなってるよね。あの顔立ちだしさ、ルックスでしょ、で、あの頭の良さ。キョーレツなメンバーの多い男子テニス部の中じゃどっちかっていうと目立たないほうだったかもしれないけど、今思えば将来有望株大本命だったよ。


「ぜひ会いたい…!柳!」


ほんの少し迷った気もするけど、私は即“行きます”と返信をした。幸運にも全然予定はなかったしね。ていうか幸村、超久しぶりのくせに“久しぶりだね、覚えてる?”とか“元気?”とかのご挨拶的なもの一切なかったんだけど。一言添える的なものもなく、ほんとにそのまんまの転送メール。…まぁ幸村が誰かに忘れられることなんてないしな。私のことは忘れてるかもしれないけど。

翌日、私はジムに通うことを決めた。なぜって、もちろん少しでも体を絞って魅力的な女性として柳に会うためだ。化粧品も新調した。当日着ていく服も靴も新たに買った。私だけじゃなく、他にも女子テニス部の面々が来るだろうからね、一歩でも前へ!


「楽しみだなー!」


来る日を心待ちにし、今夜もサラミを肴にビールをあおりながら、次の日の昼過ぎまで眠りこける私であった。


そしていざ、同窓会当日。めちゃくちゃ楽しみだったくせに、そのいざ当日になると、ちょっと緊張してきてしまう。

時間は夜の18時から。もうみんな大人ということで、会場は小洒落たカフェバーを貸し切りにしているらしい。2時間飲み放題のコースで、会場内にはデカいテレビだったりダーツなどもあったりで、まぁ飲み会としてはつまらなくてもそれなりに暇は潰せると思うよ、とのことだった。

もちろんその情報は幸村から。私からの“行きます!ちょー楽しみにしてます!”というメールに律儀にも返事をくれ、そこから少しやり取りをしたんだ。最初の転送メールじゃ、久しぶりなのに素っ気ない気がしたけど、それはやっぱり久しぶり過ぎてどう接しようかと模索した結果らしく、“別にスルーしても構わない”という意図があったそうだ。私からの返信で、昔のままの態度でいいんだと思った、とのこと。

その幸村にしても、そして柳や他の一部男子たちも、当時は中学生にしてはあり得ない大人びたところがあったけど。少なくとも幸村は、今も変わらず気遣いがあるんだなぁと感じた。


「もしかして、雪菜?」


そのカフェバーに着いたもののなかなか緊張するもので、少し立ち竦んでいた私。すると、後ろから声をかけられた。


「……ブン太!?」


振り返るとそこには、昔と比べてけっこう背が伸びた、丸井ブン太がいた。


「おう!久しぶりだなー!」

「ね!ちょー久しぶり!」

「元気してたか?」

「うん!ブン太も元気そうだね!」


久しぶりに会ったブン太は、背が伸びただけじゃなく、昔のかわいらしさから脱却しての大人びたカッコよさがあった。いや、かわいらしさはなくなってない。明るく笑う顔はかわいらしいままだ。


「やーマジで久しぶりだな!ってか、なんで入んないの?」

「え?いやー…ちょっと緊張するっていうか」

「緊張?なーに言ってんだよ、中にいるのはテニス部じゃん」


そう、明るく笑う顔も、こうやって小さいことを吹き飛ばす優しさも、昔と一緒。

とりあえず入ろうぜーと、先に足を踏み入れてくれて、私もブン太に続き中に入ることができた。
入った直後、会費を払いつつ、私の目は会場を大きく見渡した。


「ん?誰か探してんの?」

「いや、そういうわけじゃないけど…」

「じゃ、あっち一緒に行こうぜ」


ぱっと見、一番仲も良かった女友達は見つからず。…まぁ探してたのは柳なんだけど。ありがたくも誘ってくれたブン太に続き、一つの塊となっている集団へと足を進めた。


「よー、みんな久しぶり」

「あ、ブン太、来たね」


ブン太に続き到着したのは、男子テニス部数人が陣取るエリア。ブン太を見るなり、そこにいたみんなからにこやかな顔で迎え入れられる。一人一人の顔を見渡すと、それなりに変化はあるものの、名前やちょっとした思い出なんかも走馬灯のように蘇ってきた。

そしてたった今、ブン太に声をかけたのは、幸村だ。昔よりもずっと男らしく色気も醸し出してて、でも間違いなく幸村。


「あれ?」


その幸村の目が私に向き、ドキッとした。メールでやり取りしていたとはいえ、直接会うと緊張するね、やっぱり。


「黒川だよね?」

「うん!お久しぶりですー」

「ほんとに久しぶりだなぁ。まぁメールではもう再会してたけどね」


男性らしくちょっと色気もある幸村も、笑った顔は私の記憶の中とそう変わらなかった。

その他の人たちからも、久しぶりーとか、元気だった?なんて声をかけられ、さっきまで緊張してた自分がバカみたいに思えるほど、自然と溶け込めた気がする。


「そういえば、蓮二は遅れてくるという連絡がきていたな」


そう切り出したのは真田。男子部の副部長だったアイツ。ブン太や幸村はそれなりに変化した部分もあったけど、真田に関してはまったくもって変化はない。見た目もそうだし、話し方も。…いやー、昔は散々真田に説教食らったなぁなんて、こっそりブン太と笑い合った。

ここに一部レギュラーもいるけど、残念ながら柳はいない。違うところにいるのかなーと思ったけど、よく考えたら柳が幸村や真田とバラバラに座るはずがなかった。


「そっか。来年の準備で忙しいのかな」

「しばらくは休む間もないと嘆いていたな」

「でもまぁ、さすがって感じだよね」


幸村と真田の会話から、どうやら柳は来年に向けての準備でいろいろ忙しいらしいことがわかった。私も春から研修で缶詰めになるし、どこに就職しても1年目はほんと大変なんだろうな。

そこからそれぞれの進路、というか就職先を教え合った。さすがエリート揃いの立海男子テニス部。皆さん進むところが大手・大手・大手ばっか…!テニスができるだけじゃなく、なんていうか社会的な能力も高い面々だもんな……。


「すまない。遅くなった」


進路のあとは近況も話したり、昔話にも花が咲いていた頃。後ろから声がした。
途端に胸が痛いぐらい、心臓が速くなる。この声は……。

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