しあわせは片道切符

「…柳先輩から、なんて?」


あの、赤也とデートした日。偶然にも届いたメールは、柳からだった。メール内容を問う赤也の声が少し震えてるような気がした。私も少し。

だって、メールがきたこと自体驚いたけど。もっと驚いたのは、今の私のアドレスをこの、赤也に聞いたって書いてあったから。
柳から私に連絡がくるって、知ってたんじゃないのって思った。

無断でアドレスを聞いてメールを送った勝手の謝罪から入り、その本題は。


「…配属先決まったみたい。名古屋だって」

「……」

「もしよかったら、みんなと一緒に見送ってくれないかって」


私のその言葉に、赤也は無言で自分の携帯を差し出して見せた。

それは、差出人が同じく柳からのメールだった。
配属先が名古屋に決まり、住居もそっちに移るという内容。
前に幸村が言ってたように、あの頃のメンバーで見送りに行くと決まっているのか、旅立つ日にちや新幹線の時間などが書いてあった。


「昨日夜きたんスよ、このメール。他の先輩たちにも送ってると思いますけど」

「……」

「俺、…雪菜先輩も連れてっていいですかって、返信して。それなら自分から声かけるって、柳先輩が」

「なんで」


なんでそんなことをって、そのまんま不満の気持ちを込めて言った。確かにさっき赤也に言われて、そうしたほうがいいのかって、私の気持ちはちょっと揺れてた。

でも現実的に考えたら、想像したら、会うことも話すこともできそうもないってわかるから。


「俺の考えっつーか、キモチは、さっき言った通りっス」

「…なんでよ。自分の気持ちがそうだからって」

「……」

「勝手に決めないでよ」


初めてかもしれない、赤也に対してこんなに声を荒げたのは。荒げたのは、赤也に対して、柳に対して、そして自分に対して、苛立ってしまったからだ。

赤也は私のために、というのはわかってる。それはあの同窓会後の飲み会を企画したときから一貫してる。せめて私の心残りを消せるように、かつてのようにまたみんなで仲良くできるようにするためだ。

そして柳もやっぱり変わらない優しさがあるからだ。赤也と、どういうやり取りをしたかは詳しくはわからないけど。でもきっとそれも私のために、柳自身から誘った手前にしてくれたんだ。

どちらの優しさも躊躇われなかった。それは私には目まぐるし過ぎた。そして受け入れようとしない自分自身に一番、腹が立った。


「もう帰るね」


バタンと車のドアを閉めた。車の中はずっと息苦しかった。それは、ほんとは赤也と二人きりでドキドキしていたからなのに。

昔と同じように、私は赤也に対して優しくできなかった。リベンジどころか、後悔を重ねることになってしまうなんて。



そして年の瀬も押し迫った今日、私は、来ている。

新横浜駅に来ちゃってる。


「元気でね」

「またこっち戻ってきたときは連絡しろよな!」


幸村やブン太たちが何やら柳に声をかけているらしいのが見える。私は少し離れた階段の影に隠れてそれを見つめている不審者。

意を決して来たものの、やっぱりあの場には近づけなくて…。だって赤也にあんなにキレちゃったし、柳からのメールもスルーしちゃったし、ブン太や仁王からも来いよーとメールが来たけどそれもスルーしちゃったし。
…あの同窓会を機にまたみんなと仲良くしたいと思ってたくせに、ほんと自分勝手だ。

今、あの場に行かなきゃ、きっともう二度とみんなと会う資格はない。
もちろん、赤也に対しても、一緒にいたいなんて言う気持ちを持つ資格だってない。

…そういえば赤也はどこだ?ここから見えないけど、あの柱に隠れちゃってるのかな……。


「雪菜先輩?」


赤也の位置を確認しようと、屈んだ体を伸ばすと。…後ろから声が。


「…あ、あ、赤也!?」

「なにしてるんスか?こんなとこで」

「なにって……赤也こそなんでここに!?」

「俺遅刻しちゃって、今着いたんス」


そうだった…!赤也は大事なときでも遅刻しちゃう子だった…!どうりであっちに見当たらなかった。まさか後ろから現れるとは私も詰めが甘いっていうか、絶対めちゃくちゃマヌケな姿だったっていうか……。

頭を抱え項垂れていると。赤也の小さな笑い声が聞こえてきた。


「来てくれたんスね」

「……」

「柳先輩も喜ぶっスよ。ほら、こんなとこにいないで、あっち行きましょ!」


そう言って赤也は、私の背中をぽんと押した。
理不尽に怒ったのに、なんでまだ優しいの。


「…柳のためじゃないから」

「え?」

「自分の情けないガキっぽいところに、ケリつけに来ただけ!」


もうそんなこと言う時点で情けないしガキっぽいんだけど。
そんな私を見て、赤也は吹き出して笑ってくれた。


「頑張れ!」


その言葉は何にも代えられない、何よりも今の私の支えとなった。


「柳!」


近くにつれて少し足が震え出した。それを打ち消すように、大きめに名前を呼んだつもりだったけど。その前に柳は私に気づいたらしく、すでにその視線は私を捕らえていた。

そして私の声に反応したのは柳ではない、その他のメンバー。


「あ、雪菜!お前なぁメール無視してんじゃねーよ!」

「ごめん!」

「まーた生死不明になんのかと思っただろい!」

「ごめんって!」

「俺も、メール無視されて傷ついたぜよ。一緒に寝た仲なのに」

「…いやそれは違うでしょうが!」

「違わんじゃろ」

「ちが……くないっていうかそれはもういいから、面倒臭いからとりあえず一括でごめん!」


出会い頭にブン太と仁王からグチグチ文句を言われ、正直あんたらと会話してる暇はないんだよ!…と思ったけど。

それを見てか、柳は楽しそうに笑った。
ふんわりしたこの笑い声も顔も、全部全部私がかつて好きだったもの。
またときめく?揺れる?やっぱり柳が忘れられないなんて思っちゃう?

赤也が気を利かせてくれたのか、みんないつの間にか私と柳から離れていった。


「来てくれたんだな。無理を言ってすまない」

「ううん。…あのね、柳」

「ん?」


昔の面影は昔の面影だ。今の柳は今の柳で、きっと男性としての魅力がたくさんある。
でも私はそれを知らないし、これから先知ることもない。

ここしばらくいろいろあって、目まぐるしい中、私がわかったのはその事実と。
私の背中を押してくれた、“彼”の魅力だ。


「ありがとう」

「……」

「昔、別れたとき、私何も言わずに柳のこと無視して帰っちゃったでしょ。だからずっと、後悔してて」


柳から別れ話をされたあの日、桜舞う中。私は、ただ“わかった”とだけ告げた。泣きもせず別れたくないとも言わなかった。それは別に物分かりのいい彼女だったからじゃない。

その代わりに、“ありがとう”も“大好きだった”とも言わなかったんだ。
ずっとずっと柳を想い続けていたわけじゃない。でも、それだけはずっと心残りだった。


「…それは俺もだな」

「え」

「ありがとう。この言葉はずっと言いたかった」


確かに柳からも、ありがとうとは言われなかった。たとえ言われていたとしても、当時の私じゃ受け入れてない。だから何よってブチ切れてたはず。

でも今は違う。昔と変わらないどころか、もっと情けなくガキっぽくもなってるかもしれないけど。


「これからも頑張ってね」

「ああ。お前もな」


ホームいっぱい、発車のベルが鳴り響く。柳から差し出された手を見て、私もその手を握ることができた。
こんなに晴々しい気持ちの握手は、今まで味わったことがない。自分が一歩、頑張れた証拠。でも一人では踏み出せなかっただろう。
“彼”が今日も、いたから。


「お幸せにねー!」


離れ行く新幹線に向かって、小さくても自分の気持ち目いっぱい込めて叫んだ。
私の初恋は、思い出もその相手も、スピードに乗って遠いところへと旅立っていったんだ。


「終わりました?」


新幹線が見えなくなった頃。さっきから思い浮かべていた彼、赤也の声がした。
振り向くとそこには赤也一人。他のみんなは見当たらなかった。


「うん。もうスッキリ」

「ほんとスッキリした顔してるっスね。泣いてたら慰めようと思ったのに」


冗談っぽくヘラっと笑った赤也だけど、きっとそれは本心で、ほんとに心配してくれてたと思う。
そしてこの赤也の笑顔のおかげで、私ももうすでに笑えてる。


「他のみんなは?」

「ああ、もう帰ったっスよ」

「もう帰ったの!?」

「どうせまた会うだろってことで、さっさと帰っちゃって」


そういやそうか。柳自身は離れても、地元はここだし卒業はまだだ。帰省すれば会えるわけだし、何より彼女がこっちにいるんだもんね。

…と。話が途切れると、赤也は少し俯いた。気まずいのかな。そしてそれは私もだ。なんていうか、今日は普通に会っちゃったけど、前回の別れ際は酷かったし。私がね。


「あのね、赤也」

「はい」

「こないだは、ご」

「ストップ!」


とにかく謝らないとと思ったけど。それは赤也に止められた。


「俺も勝手にイロイロ悪かったんで。おあいこってことにしましょう」

「でも」

「いーからいーから!」


いいの?いやよくないと思うんだけど…。でも赤也が譲らないから、これ以上はもっと悪いのかもしれないし。おあいこってことにしてもらった。


「それより!これからなんか予定あるんスか?」

「ううん、ないよ」

「んじゃ、どっかで飯食いません?」


そういえばそろそろお昼時。お腹もちょっと減ってる。…でも、それだったら。


「俺ね、この辺は詳しくないんスけど、さっき丸井先輩が教えてくれた店が…」

「それよりどっか行かない?」

「どっか?え?どっか行くって…」


私の言葉の意味がちょっとわかんなかったようだけど。不思議そうな顔をした赤也の手を取り、歩き出した。


「電車に乗ってさ、どっか行こうよ。適当にぶらぶら〜っと」

「行き先を決めずにってこと?」

「そう!」


思いつきかつ勝手な私だけど。でも二人で電車に乗るのって、懐かしいし初心に返るって感じがする。
そう言うと赤也はハハッと笑い、確かにそうっスねと言ってくれた。

ありがとう赤也。私がスッキリできたのも、今こうやって笑えてるのも。全部、赤也のおかげだよ。そして今度はね。


「私にチャンスちょうだい」

「チャンス?」

「こないだのデートのリベンジ!」


正確にはリベンジのリベンジかな。こないだは結局最後、ああやって赤也にきっと嫌な思いをさせちゃったし。

今度こそ今度こそ、最初から最後まで楽しみたいし、赤也を楽しませたい。

そう思っていると。赤也の手がゆっくり、こないだのデートのときのように動いた。恋人繋ぎになった。


「雪菜先輩」

「ん?」

「言うの忘れてましたけど」


改めて改札から入り、東京行きの電車のホームへと到着したとき。私より背の高い赤也が、少し屈んで耳元で囁いた。


「俺、先輩のこと大好きっス」


いつまで経っても変わらないであろう、無邪気な笑顔の赤也。
それにつられたのと、うれしかったのとで、私も子どものように笑顔になれる。きっとそれも変わらない。

そう思うと、二人でならどこへでも行けそうな気がした。
そんな幸せ気分いっぱいの電車内で、これからのことを話したいな。


END.

戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -