「先輩、今日ゲーセン寄って行きません?」
中3の、中学生最後の夏がもう始まるって季節。赤也と二人で帰っていると、ゲームセンターに誘われた。
今まで赤也は、ブン太やジャッカルたちとよくゲーセンに行ってたけど、私とも行きたいと思ってたって。
「…あ、マリオカートだ!」
「マリカー知ってるんスか?」
「うん!家にあるよ」
「へぇ。じゃあそれやりましょう!」
家にあるとはいえ、普通の家庭用ゲーム機だし、まるでゴーカートのようなこんな操縦席では初めてだった。
「私キノピオね!」
「へーい、じゃ俺はヨッシーで!」
やるときはいつもキノピオ。だから慣れてるから、そこそこ自信はあったんだけど。
何回かやっても赤也には勝てず。
「悔しいなぁ…」
「まー俺は相当慣れてるっスからね!」
「じゃあラスト一回!絶対負けない!」
「ういっス!」
ゲーセンに誘われたときはそんなに乗り気ではなかったけど。でも赤也と遊んでてすごく楽しくて。お金もかかるしそもそも寄り道自体いけないことなんだけど。
すごくすごく楽しかった。
赤也にデートを誘われてから約一週間後。結局、私は赤也とのデートを承諾した。
昔の先輩に対してみたいに断われないから…なんていう消極的な理由ではない。
きっと楽しいだろうと、わかってるから。ほんのわずかなドキドキにも気づいてる。
「え!?」
待ち合わせ場所…というか、うちの家の下にて。驚いて声をあげてしまった。
なんと赤也が車に乗って登場したからだ。
「赤也免許持ってたんだ?」
「大学入ってからすぐとったんス。…学科は苦戦しましたけど」
「でもすごいなぁ!」
「今日は安全運転で行きますんで!」
それぞれ運転席と助手席に乗り込み、私と赤也のデートが始まった。
車の中はあったかくて、いい匂いもして、小さめなボリュームで音楽が流れていた。
「これからどこに行くの?」
「それはお楽しみに」
「?」
ただ今朝の8時。かなり早いけど、どこに行くのかは秘密にされていた。絶対雪菜先輩が楽しめる場所に連れてくって、けっこうな自信だったし、私もそれを楽しみにしていた。
…赤也とのデートでウキウキドキドキとか。ほんとついこないだまでじゃ考えられない。
ふと、運転中の赤也を見た。話しながら、時折笑いながら、赤也も楽しそうにしているって嫌でもわかる。
昔のマリオカートのときの運転とはもちろん違う。あのときはゲームを楽しんでただけで、今は私とのこの時間を楽しんでくれてるんだ。
そしてその横顔も違う。無邪気なかわいい笑顔は変わらないけど、もう大人の男性だ。
「…そーいえばさ」
今、フッと思い出したことがあった。この赤也の運転姿を見て。
「昔さ、二人でマリオカートやったじゃん。ゲーセンで」
「あー、やったっスね」
「あのときの最後…ラスト一回って、やったとき。私が勝って、赤也が負けたよね」
「そうでしたっけ?」
「そう。あれさ、ほんとは赤也、わざと負けた?」
そのラストレースも最後のほうまで負けてたんだけど、でもほんとに最後の最後で、赤也は脇の湖みたいなところに落ちて、結果私が追い抜かして勝った。
当時の私は、やったー赤也に勝った!奇跡!なんてずいぶん喜んだ。でもよくよく考えたら、ゲーマー赤也が私に負けることなんてまさに奇跡なはず。おまけに最後で湖に落ちるとか。
今思うと、わざとなんじゃないかって思った。私が負けっぱなしで悔しがってたから。もちろん当時の赤也はまだまだガキっぽさ全開だったから、そんな気遣いができるなんてそれこそ奇跡に近い気もするけど。
私のことを好きだったって、聞いたから。もしかしたらそうなんじゃないかなって。
「…や、わざとじゃないっスよ。ガチで負けました」
「え、そうなの?」
「昔の俺がそんな気遣いできるわけないじゃないっスか!…でも」
さっきから、赤也って運転うまいなーと思ってた。急発進も急ブレーキもないし車間距離もばっちり、全然揺れもないし。運転に慣れてるからかもしれないけど。
「ゴール寸前、チラっと横見たら、先輩がめちゃくちゃ真剣に画面見てて。なんつーか」
「……」
「見惚れたっていうか、ずっと見てたかったっていうか。で、水に落ちちゃったんスよ」
へへっと、恥ずかしそうに赤也は笑った。でも目は真剣で、しっかりとハンドルを握り締めてる。
運転うまいなと思ったのは、慣れてる以上に、きっと慎重に運転してくれてるからだと気づいた。
「ん?な、なんスか?」
「え?いや」
「…俺、キモいこと言っちゃいました?」
私がじっと見てることに気づき、赤也はチラッチラッとこっちを気にし始めた。運転中に集中力を乱しちゃって申し訳ない。…ただ。
「ううん、そうじゃなくて。私も今そう思っただけだよ」
「そうって?」
「見惚れちゃっただけ」
赤也よりも数倍私のほうが恥ずかしい気持ち悪いことを言っちゃったかも。なに雰囲気に流されてんだって、自分が嫌になる。
柳がどうとか言ってたくせに、こうやって優しくされていい感じのことを言われて、すぐその気になっちゃう。
「…あ、アツいっスかね!ちょっと!」
ウィーンと赤也は窓を開けた。暑い、というよりはあったかい車内だけど。
「…照れてる?赤也」
「照れてないっス!」
「ほんとー?あやしいなぁ」
「先輩だってなんか、顔赤いっスけど」
そう、鏡なんか見なくても、私も顔が火照ってるのがわかる。流れ込んできた風が涼しくて気持ちいい。
気まずい?恥ずかしい?よくわかんないこの雰囲気。少なくとも居心地はいい。ウキウキドキドキ気分から、ふわふわ気分に変わってる。ドキドキはもっと強くなってる。
これって、前向きな気持ちなのかな。ついこないだまでの私を、きれいさっぱり捨てられるものなのかな。
芽生えた気持ちもここ最近の事態も、私にとってすごく目まぐるしくて。
ただ、たった今ここでこうやって赤也の隣にいることが楽しいって、その想いだけははっきりと意識していた。