シークレット・ラブ


「仁王先輩って、名字先輩のこと嫌ってるんスか?」


部活の帰り道。何人かでダラダラ歩いていると、赤也にそんなことを聞かれた。


「なんじゃ、急に」

「さっきあの人たちに会ったとき、他の人とは普通に話してたのに名字先輩のことは一瞬足りとも見なかったっしょ。無視してるみたいっつーか」


さっき会ったあの人たちっちゅうのは女テニのこと。コンビニにおったらガヤガヤとやって来て、ちょこちょこと話したあと、俺らは先に帰ってきたって流れ。


「おったの気づかんかっただけじゃき、普通に」

「ふーん」

「でも俺もそれ思ったことあんだよな」


そのコンビニで買ったアイスをかじりながら、ブン太は赤也の話に同調した。


「去年はそこそこ話してた気がすんだけど、3年になってから見ねーし。俺と一緒のときあいつが近くに来ると、お前逃げんだろい」

「あ、俺もその現場見たことあるっス!」


たしかに、こいつらの言う通りのことを俺は何度となくやっとる。逃げるっていうと聞こえが悪いが、実際にその場から消えとる。

ただし、それには理由がある。今ここでこいつらにそれを打ち明けるつもりはないが。


「逃げとるつもりはないんじゃけど」

「「けど?」」

「別にわざわざ話す必要がないだけじゃ」


この話題に挙げられとる名字は同じクラス、同じテニス部。なのに話す必要もないってのは、ちょっと変な理由だったかもしれんけど。
でも単純なブン太と赤也には、その点に関して揚げ足取りはされなかった。

ただ揚げ足取りこそされなかったが、俺にとってあまり喜べない話題は続く。


「でも名字先輩ってかわいいっスよね」

「ああ。クラスでもけっこう人気あるんだよな」

「へー。彼氏とかいるんスかね?」

「いないって言ってたぜ」

「へぇーーいないんスかー」


彼氏がいないと知って、なんだか赤也は少しうれしそうにしとった。まさか狙っとるとか?

それはむちゃくちゃ困る話。


「彼氏はおらんでも好きな人はおるじゃろ」

「え!?」

「仁王、なんか知ってんのか?」

「…いや、ただのカン」

「カンかよ。適当なこと言いやがって」


俺自身も思わず出た自分の言葉に驚いた。焦った。こんなこと言ったら絶対つっこまれるってわかっとるのに。

この二人にではなく。俺の右隣にいるやつに。
その予感は的中したらしい。フッという笑い声が聞こえてきたから。


「仁王は名字のことが苦手、というのはある意味合っていると俺は思うぞ」


二宮金次郎の実写版かのように、本を読みつつ歩いていた参謀。いつもは真田と帰るはずが、今日は俺とのダブルスの練習を居残りでしとったから、俺らと一緒に帰っとる。


「どういう意味っスか?」

「そもそも仁王とは真逆だろう。あの手のタイプは」


あの手のタイプ。参謀が名字の何を知っとるのか知らんが、その表現の意味することはなんとなくわかる。

名字は明るい。とにかく明るい。太陽のように自ら発光して、周りの人を元気づける。いわゆるムードメーカー。そして素直な性格。クラス内でも人気者。おまけにテニスも上手いし部内でも中心人物じゃし。あいつが学校で一人でいるのは見たことがないほど。

一方俺は、別にぼっちとかじゃないが、割と一人を好む。そして自慢じゃないが人の元気をなくすことのほうに長けとる。捻くれ者。つまりあいつと俺は対極なタイプってことじゃ。


「てことは、やっぱり仁王先輩は名字先輩が苦手ってこと?」

「それは一方面から考えた場合だ」

「「……」」

「逆側から見るとその実、裏には何があるんだろうな」


そこまで言ってフフッと笑った参謀は、再び本に目を向けた。この帰り道、たいして俺らの会話に参加しとらんかったくせに、こういうときだけ乗っかる。下世話なやつじゃき。


「すんません、俺難しくてよくわかんないっス」

「ん?じゃつまり、苦手のその裏っつーか、また違う意味もあるってこと?」

「違う?ならどういう意味になるんスか?」

「うーん…、好きだから逆に避けてるとかか?緊張とかして?」


ブン太のその言葉に、ブン太も赤也も俺を見た。じぃっと見て、すぐに同時に笑い出した。


「ありえねー!」

「仁王先輩が!女子を意識してとかそんなことありえねー!」

「なぁ!そんなピュアさなんてこいつには皆無だろい!」


わははとアホっぽい笑いを響かせるこの二人には腹が立つが。

この際、それがいいと思った。参謀だけはアホっぽい笑いではなく、見透かしたような笑みを浮かべていたのだけ引っかかるが。


その後ブン太たちと別れ、俺一人別方面に歩いていると。


「…っ!」


バタバタと走る音が聞こえてきたかと思うと、いきなり後ろから腰の辺りに抱きつかれた。

いきなり、とはいえこの状況がどういうことなのか、振り返らなくてもわかる。


「はーい、捕まえたー」


でも一応、抵抗はせずに顔だけ振り向くと。
俺の腰にしがみつく名字がいた。ニコニコと笑いながら、さっき言った通りの太陽のような光を見せられる。


「追いかけてきたんか?」

「うん!でも大丈夫だよ、他の人には見つかってない!」

「ほーう、よくできました」


頭をぐりぐり撫でるとようやく俺の体から離れ、今度は腕を絡めながら真横にぴったりくっついた。


「珍しかったね、柳もいるなんて」

「今日はたまたまな。…名前」

「ん?」

「手のほうがいい」

「オッケー!」


ほんとは腕にしがみつかれるのも好き。密着するし胸が当たるから。でも今は手と手、指と指を絡ませたかった。俺と名前の繋がりを感じたかった。


「そういやさっきヤバかったぜよ」

「え?」

「ブン太と赤也にいろいろつっこまれてのう」

「うちらのこと?」

「そう。まぁあの二人は大丈夫そうじゃけど。問題は参謀」

「……」

「あれは気づいとるな。俺らのこと」


それは、俺と名前が周りには一切秘密にしてこっそりと付き合っとるってこと。

苦手だなんだとつっこまれたが、それは真逆。好きで大好きで、付き合っとることがバレたくないからあえて避けてるってのが正解。…別にあからさまに避ける必要はないかもしれんけど、名前の前だとどうも、いつもの仁王雅治を保つ自信がない。みんなの前で接したらすぐバレる気がする。

そしておそらく参謀は、もうほとんどその正解にたどり着いとるってことじゃ。


「やっぱなぁ。柳鋭いし」

「あいつはそうそう騙せんよ」

「あれー?弱気だね詐欺師」

「名前のことになるとバカ正直になっちまうんじゃ」


俺の言葉にうれしそうに笑った名前は、ブンブンと繋がった手を前後に振った。


「柳は置いといて、ブン太たちにはバレる前に言ったほうがいいのかな」

「のほうがいいかもしれんな。そろそろ限界を感じるぜよ」

「うーん…ただ、今大会中だしねぇ」


そう、俺らテニス部は今関東大会の真っ只中。最初は恥ずかしさもありみんなに言いづらくて、終わったあとに一斉に言おうって話になった。

それならそもそも引退してから付き合えばいいと、前はそう思ってた。
でも言った通り名前は人気者。終わったあとまで待ってたら、どこかの馬の骨に取られるんじゃないかと俺の小心が駆り立てられ、我先にと告白したんじゃ。

そして秘密にしようと言い出したのも俺。つまりすべてが俺のワガママ。
ただ、そんな俺を名前は笑って受け入れてくれる。だからこそもう限界を感じる。


「まぁその辺は仁王に任せるよ」

「じゃあさっそくLINEで」

「え、今!?早くない!?」

「思い立ったが吉日。というよりほんとに限界じゃし」

「そんなヤバかったの?さっき?」

「いや、そういう意味の限界じゃなくて。俺の精神衛生上っちゅうか」

「……」

「みんないるとこじゃ俺だけ名前と仲良くできんじゃろ。それがキツい」


さっきのことを思い返した。それはブン太たちとのコンビニからの帰り道、ではなく、そのコンビニ内でのこと。

バレちゃいけないと名前を避ける俺の一方で、ブン太や赤也と名前は楽しそうに談笑しとった。
それは何も今日だけのことじゃない。いつもそう。みんながいるときは俺だけ輪から外れ、名前は他の男との会話を楽しんでる。それを遠巻きに見る間とそのあと一晩は、イライラとモヤモヤの入り混じった感情で胸がいっぱいになる。

仕方ないといえば仕方ないし、すべて俺のワガママってのもわかっとるけど。


「わかった!ヤキモチだ?」

「そりゃ妬くじゃろ。俺は話したくても二人のときしか話せんのに」

「おおぉー!」


ほんとにマジで、名前のことになると詐欺師としての仁王雅治は跡形もなく消え失せる。代わりに名前の彼氏という嫉妬深い独占欲の塊を持った仁王雅治が出てくる。情けない話じゃ。


「仁王かわいいー!」


横からぎゅっと抱きつかれ、さらに情けなくなる。ドキドキしてうれしくて、俺は名前のことが心の底から大好きだと湧き上がってくるんじゃ。他に何も考えられない、いらないとさえ思う。


「安心してよ。他の男子と話してるときいつも、頭の中では仁王のこと考えてるよ」

「他のやつのことカッコいいとか実は思っとらん?」

「思わないから!仁王が最高で唯一だよ!」


ぴったりくっついてニコニコ笑いながら俺を見上げる名前も、俺にとって最高で唯一。

知り合いがいなければ所構わずベタベタしてくる名前と違い、俺は若干恥じらいもあって。キョロキョロと周りを見渡し誰もいないことを確認したあと、名前を腕の中に収めた。


「もうちょっと我慢するぜよ」

「ほんと?大丈夫?」

「大丈夫。今は」


心配だなぁと疑う名前の唇に、一瞬だけのキスをした。

周りに人がいないとはいえ、やっぱり屋外だと少し恥ずかしい。名前もそうだったらしく、照れたようにはにかんだ。

そしてまた手を繋ぎ、ブンブン振りながら歩き出す。


「引退したら一緒に帰ろうね」

「おう。楽しみじゃな」

「引退はまだしたくないけどね」

「俺は今すぐでもいいぜよ。名前が心変わりする前に」

「もー変わんないって!だから、一試合でも多くやってね」

「了解」


コート上の詐欺師。周りからその異名やプレー内容、普段からの素行、ついでにこの髪型のせいで恐れられとるって話じゃけど。
名前の前じゃただのバカ正直な男。名前しか見えない情けない男。

これから全力で突っ走る夏の大会。そのあとの幸せを頭の中に描きながら、今だけのこの二人の秘密にも、かすかな幸せを感じた。



『シークレット・ラブ』END

影から柳が見てたんじゃないかと思います
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