あいことば
お昼休み、ご飯を食べたあとに直行したのは家庭科室。調理部として日々、お菓子やちょっとしたご飯などを作ってるけど、今朝作ったのはアイスだ。
家庭科準備室の冷凍庫を見ると、いい感じに凍ったラムレーズンアイスクリームが確認できた。…よしよし、このあとビスケットで挟んだら出来上がり……、
「ん?」
その容器に入ったアイスは、一箇所くぼみがあった。自然とできたようには見えない。まるでスプーン的な何かでほじり出したような…。
「…いるんでしょ、ブン太」
せっかくきれいに収めてあったアイスを、こんなふうにした犯人はすぐに思い当たった。
案の定、準備室の奥のほう、机に潜り込んでいたブン太が、笑いながら姿を現した。
「なんだよ、ソッコーでバレちまったな」
「だってブン太以外いないじゃん」
「味見してやろうと思ってさ」
へへっと笑ったブン太は、あたしのすぐそばまで来て、椅子へと座った。
「で、どうでした?」
「んー、まぁギリ及第点ってとこだな」
「なにそれー?摘み食いしたくせに上から」
「ははっ、いいじゃん。さっそくそれ食おうぜ」
ブン太はあたしが持っていたアイスと、そして机に置いてあるビスケットを交互に見てそう言った。
いつもこうやってあたしが作ったものをブン太は食べ、その感想を聞いてる。頼んでるわけじゃないけど、食べてくれる人がいるのは有り難いことだ。
「さっきさ、ここ来るとき」
「うん」
「一緒にいたテニス部のやつに、“名字と付き合ってんの?”って聞かれた」
「へー」
完成したアイスクッキー(ビスケットだけど)を二人でもさもさ食べながら、ブン太がそう切り出した。
「あたしも最近よく聞かれるよ。主に名前も知らない女子に、だけど」
「へー」
こうやって、度々ブン太と家庭科室やこの準備室で逢瀬…というか、お菓子品評会をしてるものだから、そう周りに聞かれるのは何も不自然ではないなと思った。
「でもさ、ブン太、夏休み前ぐらいにはE組の人と付き合ってんじゃないかって噂になってなかった?」
「あー、あったなそういや」
「その前は一個下の後輩とーとかもあったよね」
「あったあった。んで去年はテニス部の先輩だな。全部ガセだけど」
あたしとの噂以前から、ブン太は女子とのスキャンダル(?)にいとまがない。ブン太は有名だしモテるし、好奇の目にさらされるのは納得。その上、もらえるものは何でももらうから(特に食べ物)、余計にカン違いされがちだ。
「面倒臭いんじゃない?そういう噂とか」
「まぁな。でも聞かれたときは一応2パターンあるぜ、俺の気持ち的に」
「どんな?」
「うわー勘弁しろよってのと、まぁ悪い気はしねぇなっての」
「ふーん」
その噂相手が、ブン太にとってどういう人なのかが、それを分けるってことかな。
…あたしはどっちなんだろう。
「E組の人のときはどう思った?」
「前者。迷うことなく前者」
「じゃあ一個下の子は?」
「んーと、それも前者だったな」
「先輩のときは?」
「そんときはー…たぶん後者」
なるほど。すごくわかりやすい。ようするにブン太の好みかどうかってことだ。後者と選択された先輩は、あたしが覚えてる限りじゃかわいい人だった気がする。
…じゃああたしはどっちなのかな。
「お前は?」
「え?」
「そういうこと聞かれたとき、どう思うのってこと」
そういうこと聞かれたときって、あたしはブン太以外にそんな噂されるような相手はいない。
そしてもしブン太とのこと、だとするなら。答えはひとつだけ。
「さぁ?あたしはブン太以外との話なんて今までなかったもん」
「ふーん」
あーうまかったと、ちょうどブン太がアイスを食べ終えた。ブン太にとって、うまかった=ごちそうさまの挨拶でもある。だからだろうけど、食べ終わったあとのブン太から、“うまかった”以外の言葉はほとんど聞かない。
…さっきは味見でギリ及第点とか言われたけど。
たとえブン太はあたしに気を使ってそう言ってるのだとしても。ブン太からの“うまかった”は、他の誰かにベタ褒めされるよりも、うれしい言葉なんだ。
「…さっきはどうだったの?」
「なにが?」
「あたしと付き合ってんのって聞かれたとき」
あたしが誰かに聞かれたら、そのときはただただドキッとする。うれしーとか、やだ何でとか、そんなことを瞬時には考えられない。
ほんとに何を考えるまでもなく、ただ心臓の鼓動だけが速くなる。それはこういう話題に限ったことじゃない。
「どっちでもねーな。なんも思わなかったっつーか」
…だよね。そうだと思った。ていうか2パターンってさっき言ってたのに、その2つにすら入らないってことですか。
あたしとブン太のこのお菓子品評会は、ただの品評会ってだけ。逢瀬だとかそんなラブロマンス的なものじゃない。それだけのこと。
そう思うと…あれーちょっとショックだ。自分でも謎なくらいに。ほんとに自分でも謎なくらい、今力が抜けてる。ガッカリしてる。
ガッカリしててあたしは相槌もできなくなってるけど。ブン太はこっちに目を向けず、続けた。
「…や、なんも考えつかなかったってのが正しいか。ただ」
「……」
「ただドキッとした。いつもだけど、なんか考える前にドキッとする。お前の名前を出されると」
一気にそう言ったブン太の言葉を、よくよく考えてみた。
あたしはブン太と一緒にいるとき、特別ドキドキするわけじゃない。ただ楽しいし、居心地も良いし、ふんわりしたスポンジに包まれるような気分だ。
ただし、誰かにブン太の話題を出されたとき。付き合ってるとかそんなネタじゃなくても、単に流れで丸井ブン太の名前が出ただけでも。
ただそれだけでドキッとする。意識しちゃう。
「…あたしもそーだよ」
「…お前も?」
「うん。ドッキーンってする。とりあえずブン太って耳に入ると」
「俺もそんな感じ。全然関係ねー話のときでも、名字って名前が出るとさ」
「そうそう。ぼーっと他のこと考えてるときでも急に」
「それな。なんかそわそわもするし」
「わかる。なんでかね」
「なんでかって、そりゃ…」
一瞬会話に間ができて、そこでやっとブン太とあたしの目はばっちり合った。ブン太もだけどあたしも、お互い顔を見てはすぐ別のほうに視線を逸らしてて。
そして無言でじっと見つめ合った、約3秒後。二人して吹き出して、大きく笑った。
「なんでだ?」
「さぁーなんででしょ?」
「お前ほんとはわかってんだろい」
「いやさっぱり。ブン太こそわかってんじゃない?」
「さぁなー」
白々しい気もする言い合いに、また声を出して笑った。そのお互いの笑い声が少しずつ小さくなっていったとき、チャイムが鳴り響いた。
「行く?教室」
「行くか」
パパッと身の回りのものを片付け、同時に席を立った。そしてあたしが準備室のドアノブに手をかけ、開けた瞬間。
後ろからブン太の手が伸びてきて、ノブを掴む手に重なり。そのままその扉は、再び閉じられることとなった。
振り返って見上げると、テニスの試合以外じゃ見たことのないぐらい、真剣な表情のブン太がいた。
きっとブン太の目にも、お菓子の分量を測るとき並みに真剣な顔をしたあたしが、映ってる。
「「…ぷっ」」
でもそれはほんの数秒で終わった。あたしもブン太も、やっぱり笑い出しちゃったから。
同時に一気に、いつの間にかあった緊張感が消え去った。
「もーなに笑ってんの?」
「いやー、カッコつけようと思ったら笑っちまった。って、お前もだろい」
「だって、なんか」
「なんかな」
照れるね、恥ずかしいね、そんな気持ちが交わった気がする。
「とりあえず」
「?」
「俺はこれからもずっと、お前のお菓子が食いたい」
「…うん。任せて」
「で、食うときはもちろん一緒がいい」
「喜んで」
あたしの言葉にニカッと笑ったブン太だけど、少しずつその笑顔は解け、さっきみたいな真剣な表情へと変わる。
そしてそのままその顔を、あたしのおでこにくっつけた。ほんの数秒だけ。
「んじゃ、行きますか」
「…は、はーい」
「今日もうまかったぜ。サンキュー」
満足げに笑うブン太に、なに今の、なんて聞くこともできず。それよりも“うまかった”という言葉がやっぱりうれしくて、うれし過ぎて、今までにないほどにドキドキもしてきて、でもまた二人して笑えてきちゃって。
ふんわりした気分のまま、一緒に次の授業へと向かった。
『あいことば』END
ブン太流君の作ったみそ汁を毎朝食べたい。
ビスケットはCHOICEです。ナイスチョイスなんつって
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