Brand-new you
雨、雨、雨。ここ毎日雨ばかりでほんとに嫌になる。朝から晩まで降ってて、寝てる間は都合よく止んでたりして、また朝は乾く間もない傘の出番だ。
学校までの道のりを一人歩いていたら、横から傘を傘でツンツン突かれた。
「おはよ」
「おっす」
「あ、ブン太、ジャッカル、おはよ」
同じB組のブン太と、同じクラスではないけど同じテニス部のジャッカルだ。彼らの男子テニス部も、あたしが所属している女子テニス部も、ここ最近雨ばかりで外での朝練はなく、このまま学校へ着いたら筋トレやら階段上り下り、部長の気まぐれによっては廊下などの雑巾がけメニューなんかが待ち受けてる。
「最近練習、中ばっかでかったりーよな」
「ほんとにね。ずっと筋肉痛だよあたし」
「昨日女子、体育館の雑巾がけだったんだろぃ?」
「そうそう。蒸し暑いし死ぬかと思ったよ」
「今日は男子がやるかもしれねぇな」
「うわー最悪。ジャッカル俺の分もやっといて」
「はぁ?無理に決まってんだろそんなの」
「使えねーなぁジャッカルのくせに」
「理不尽なこと言うな」
憂鬱だーと思いながらもブン太とジャッカルの、いつもの変わらないやり取りに笑いながら、学校へはあっという間に着いた。
そこから部室に向かう途中、後ろからバシャバシャ豪快に水が跳ねるような音が聞こえた。3人で振り返ると、傘もささず走ってくる切原くんがいた。
「うぃーっス!」
「あれ、お前傘は?」
「なんか途中でぶっ壊れたんで捨ててきたっス!…あ、ジャッカル先輩入れて」
「ああいいぜ…って、押すなよ!」
「狭いんスよこの傘が」
もうすでにずぶ濡れの切原くんにぐいぐい押され、今度はジャッカルが体半分濡れてしまったようだ。かわいそう。
朝早くからギャーギャーと元気いっぱいで、彼もほんとにいつも通り。
「じゃあなーまた」
「うん、またね」
男子と女子で部室は別。その手前でブン太たちとは別れた。このあとみんな着替えて、練習メニューを聞いて、それぞれの場所に向かう。
どうか今日はミーティングだけとか、せめて軽い筋トレで済みますように、そう願いながら部室のドアに手をかけようとしたところ。急に開いた。
「…っと、すまん」
中から出てきたのはなぜか、男子の仁王くん。なんでここから出てきたのか不思議で、少し固まってしまった。
「…ああ、これ借りにきたんじゃ」
そう言って仁王くんは、手に提げているバケツを揺らした。中には無造作に雑巾が入ってる。昨日女子テニス部が使ったものだ。
「……っ、今日男子雑巾がけなの?」
どもってない、はず。スムーズだったはず。
「そう。借りてこいって、参謀にパシられた」
「あ、そうなんだ。朝からお疲れ」
さも面倒そうな言い方だけど。面倒そうなだけでなく仁王くんはいつも以上にちょっと、声が小さい。もしかしたら寝不足なのかもしれない。
実はここ最近、ちょうど雨が降り続き始めた頃から、あたしと仁王くんは毎晩のようにメールのやり取りをしていた。昨日も例外ではなく、むしろ昨日はいつも以上に遅くまでやり取りは続いた。あたしも少し、寝不足気味。
「じゃ、また」
昨日のことを思い返していたら、少し間ができてしまった。だからたぶん、ちょっと気まずい雰囲気に思わせちゃったのかもしれない。仁王くんは走って行こうとした。
でもよく見たら、仁王くんは傘を持ってなかった。別に切原くんみたいに壊れたわけじゃないんだろう。男子部の部室から近いし、ちょっとなら雨の中走ればいいと思ったんだろうな。
「…に、仁王くん」
「?」
「これ、傘、使って!」
もう行きかけていたのに、わざわざ引き止めて余計だったかも。でもこのまま去って欲しくなかった。
毎日同じような雨で、同じように朝練の時間に登校。ブン太やジャッカルのいつも通りのやり取りや、切原くんのいつも通りの元気、何も変わらない。
そんないつも通りの朝だけど。あたしと仁王くんだけ、いつもと違うんだ。
「…ありがとう」
もうすでに濡れてしまった仁王くんがあたしに歩み寄って、同じ傘に入った。そして、あたしが持ってる柄の部分より少し上を掴んだ。
「借りたらお前さんの傘がなくなるし、時間あるならあっちまで送ってってくれんか?」
「…あ、そうだよね!いいよ!」
「よろしく」
仁王くんは右手にバケツ、左手に傘を持ち、あたしはほんの少しだけ寄って、ゆっくり歩き出した。
男子部の部室まではすぐだ。数十秒後に着いてしまう。何か話題を…何か話さないと…。
「あのな」
雨やだなーとか、それはさっきまでの話。むしろ雨でよかったーなんて思いつつ、早く話さないとって頭をフル回転していたら。仁王くんから口を開いてくれた。
「さっきブン太たちと一緒だったじゃろ。部室の中から見えたんじゃけど」
「う、うん」
「なんか、聞かれた?」
なんか。仁王くんの言う“なんか”が何を指しているのか、すぐわかったけど。ブン太たちからは何も聞かれなかった。
「いや、特に何も…」
「そうか」
「知ってるの?ブン太たち」
「知ってるっちゅうか、する、とは言っとったから」
「へー…」
意外だ。仁王くんがブン太たちのような騒がしい連中に言うなんて。柳生くん辺りにはさっそく言ってるかな、とは思ったけど。
「まずかったか?」
「え!いやいや、全然、大丈夫!」
「お前さんも友達に言っていいぜよ」
「…そう?じゃあ…あ、クラスの子はまずいかな?」
「いや、平気。秘密にしたいんなら別じゃけど」
まさかそんな。ちょっと恥ずかしい照れる気持ちもあるけど。すごくすごく、うれしいことで。めでたいことで。
逆に仁王くんこそ秘密にしたいタイプだと思ってた。昨日の時点では、誰に言うとかみんなに秘密とか、そういうことは何も言われなかったし……。
「じゃあここで」
男子部の部室前に到着。ほんとにあっという間だった。仁王くんから傘を差し出される。今度はあたしが、柄の上の方を掴んだ。
たとえほんの少しでも触れられない。今はまだ。
「うん。じゃあ、雑巾がけ頑張ってね」
「ああ。送ってくれて助かったぜよ」
お互い控えめに手を振って、軽く笑い合って、あたしはたった今来た方向に体を向けた。
「名前」
今までは名字だった。でも昨日、これからは名前で呼びたいって言われた。言われたといってもメールだったから、仁王くんの口からあたしの名前が出たのは初めてだった。
「昨日はメールじゃったけど…その、やっぱり直接でも言わんとって、思って」
「う、うん」
「俺、ほんとに、名前のことが好きじゃき」
昨日の夜。メールをしてて、そろそろ寝ようかってなったとき。最後に話があるって切り出された。なんだろうと思いつつ、“話がある”なんて意味深で、送られてくるメッセージを待ったその10分弱は、ドキドキと期待が抑えようもなく膨らんだ。
「…あ、あたしも直接言いたかった」
“ずっと前から好きだった”、仁王くんからきたその文字を見て、すぐに顔も体も熱くなった。心臓もバクバク、眠気なんて吹っ飛んだ。
そしてベッドに座りながら、緊張で震える指をゆっくり動かして、誤字がないよう入念にチェックして、心のすべてを返事に込めた。
「あたしも好き、ずっと前から!」
そう送ったメールへの返信は、ありがとうとか、うれしいとか、喜びいっぱいの言葉だった。それももちろんうれしかったけど。
やっぱり文字よりも、直接仁王くんの顔が見たかったなって、思ってた。
やっぱり今日は小さめの声だから、少しだけ聞き取りづらかったけど。仁王くんはいつものきれいな顔を緩ませて、ありがとうと笑った。
「…なんか、やっぱりちょっと照れるもんじゃな」
「…あたしも」
その後の朝練は筋トレフルメニュー。いつもと変わらない日だったけど、あたしと仁王くんにとっては特別な日だった。
付き合って、1日目。雨は憂鬱だけど、これからのことを考えて、胸がいっぱいだった。
『Brand-new you』END
元拍手。最近ピュア仁王がアツイ
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