スイートハート


「丸井先輩」

「……」

「丸井先輩ってば」

「…ん?」



朝練中。何度かわかんねぇけど、とりあえず赤也にしつこく呼ばれてることに気づいた。



「靴、変っスよ」



言われて思わず足下を見ると、確かに変だった。

左右の靴が違う。赤と黒。
そういや今日はやたら左足がブレーキかかんねぇなと思ってたんだ。



「げっ」

「まだ寝ぼけてんスか?」

「ちげーよ!………ん?」



バカにするように笑う赤也を睨むと、赤也も変だった。



「…お前、短パン黄色だったっけ?」

「は?………ああっ!」



慌てるように赤也は自分の短パンを見た。瞬間、顔が真っ赤になった。

だよな。そのハチミツが大好きなクマの柄のやつは明らかにトランクスだよな。合宿んときも履いてて、ハチミツ食べたいナリ〜って仁王にからかわれてたもんな。

黄色い生地が、ジャージと完全に同化してる。



「だっせ。まだそのクマパン愛用してんのかよ」

「こ、これしか洗濯したやつなかったんス!」



ハイハイ。まぁ、今日の俺のネズミも似たようなもんか。絶対言わねぇけど。



「ちょ…下履いてくるっス!」

「赤也」

「ん?」

「良かったなー。例の子、今日は来てねーから見られてないぜ」



大きなお世話っス!と、さっき以上に顔を真っ赤にした赤也は叫んで走ってった。例の子ってのは、赤也が今片想い中の子。

赤也と俺、今日こんなくだらないミスをしてるのには、ちゃんと理由があるんだ。

2月14日。
そう、本日はバレンタインデーだ。

“アイツ”からもらえるか、もらえないか。
そこに全希望を注ぎ込む俺たちがいる。



「あ、ブン太おはよー」

「お、おう。遅ぇぞ」



下駄箱で名字に会った。朝練がなかったのか名字は、今ちょうど学校に来たみたいだった。いきなり会うなんて偶然っつーか運命っつーか…。

まぁ嘘だけど。15分前から影に隠れて待ち伏せしてたけど。



「あのさ、ブン太、今日…」



笑顔に見惚れながら、思わず名字の身の回りを目でチェック。カバン以外に何やら紙袋も持ってやがる。

これはもしかしてアレだな。



「…ってもいい?」

「……へ?」



あまりにそっちに集中してたもんだからうっかり聞き逃しちまった。なんか聞かれたはずなんだけど。“行ってもいい?”とかなんとか…。どこに?

あれこれ考える俺を見ながら、名字は一瞬膨れたような表情をすると、すぐに楽しそうに笑った。



「もう、バレンタインだからって浮かれてるんでしょ」

「ち、ちげーよ」

「血糖値気をつけてねー」

「うるせぇ!」



こいつとは普段から、こうやってバカみたいな話ばっかしてる。俺もいい加減素直になりたいとこなんだけど。



「名前おはよー!」



あっちのほうから、名字を呼ぶ女子の声が響いた。

おい、邪魔すんなよ。



「あ、おはよー!…じゃあね、ブン太」

「あ…、ああ」



惜し気もなくさらっと行っちまった。

目だけ名字を追うと、さっきあいつを呼んだ女子と、ラッピングされたチョコを交換してた。

…俺にはねぇのかな。

別に付き合ってるわけじゃねーし。好きだとも言ってないし、あいつの好きな人も知らない。てか男として見られてるのか疑問なぐらい。

でも義理でも何でもいいんだ。例えチロルチョコでも。あいつからチョコ、もらいたいだけなんだ。

そんなことを考えながら、今日は一時間一時間と過ぎていった。

クラスの違う名字が、わざわざ俺のクラスまで来ることもなく。



「今年も大漁じゃな」



放課後。一緒に部活に向かう仁王が、俺の周りを見渡しながらため息混じりに言った。

なんか仁王、朝より痩せたんじゃね?げっそりしてね?
チョコもらう度に呼び出されたり泣かれたり、大変だったもんな。



「お前もじゃねぇか」

「こんな食えんのになぁ。いる?」



仁王は自分が提げてた袋を軽く上げた。俺と同じぐらいチョコたちが詰まってる。



「お前な、せっかくもらったんだから有り難く自分で食えよ」

「お、珍しいのう。去年はいるいるー!って目輝かせとったくせに」

「俺も成長したんだよ」



と言いつつ、一応仁王の袋ん中、覗かせてもらった。ケーキだったら弟も好きだし、多めにもらってもいいかなって。

ピンクや赤、いかにもラブな気持ち込めてまーすみたいなチョコたち。みんな気合い入ってんなぁ。

ふと仁王の逆側の手を見ると、大漁に詰め込まれた紙袋とは別に、青い袋を持ってた。



「仁王、それは?」

「ん?」

「その、青いやつ」

「…ああ、これは違う」



本命だな?本命からもらったんだな?
去年は紙袋丸々俺にほいっと渡したくせに、今年はそんな別にしてとってるんだな。

お前も成長したのかよ。



「聞いてねーんだけど」

「まぁ…、言ってないからのう」

「彼女?」

「いや、まだ」

「誰だよ」

「………。安心しろ、名字じゃないぜよ」



教えてくれる気ねぇんだな。

なんだよ、こいつちゃっかり本命からもらってやがんの?いーなぁ…。
もしかしたら赤也もすでに、あの例の子からもらってるかも。

もしかしたらもらってないの俺だけかも。

毎年2月14日は俺の大好きな日。
けど、今年はそわそわしたり、浮き足だったり、期待してんのに実らなかったり。

大好きじゃなくなりそうだぜ。



「うぃーっス!」

「おっす」

「丸井先輩、今年もすっげーもらったんスね!よかったっスね!」



放課後の部活では、朝のそわそわした雰囲気とは一変。やたら上機嫌な赤也がいた。

なんだよ、やっぱりこいつも本命からもらったのか?



「いやー、でも丸井先輩。そろそろ本命一本に絞ったほうがいいっスよ?」

「大きなお世話だ」



あーなんかムカつく。上機嫌な赤也もウザいけど、俺一人、思ってたやつからもらえなかったなんてよ。

ちらっと仁王を見ると、やっぱりなんだか上機嫌。ラケットブンブン振り回して遊んでら。



「…ちょっと糖分補給してくる」

「ん?ああ、大丈夫っスか?」



近くにいた赤也にそう声をかけ、俺は部室へ向かった。

そうだ。このイライラは、糖分が足りてないからだ。うまいこと動かねぇ体も頭も、糖分が足りないから。

せっかく今日はバレンタインなんだから。あいつにはもらえなかったけど、いーっぱい、もらったから。食ってこよう。

8割もうあきらめモードだった俺は、とぼとぼ歩いて、あと少しで部室ってとこ。



「ブン太!」



いきなり誰かと思ったら、名字だった。

なに、なんでこいつがここにいんの?部活は?もしかして俺のこと見にきたの?まさか俺に…。

いろいろ考えるところはあったけど。ダメだ期待しちゃ。違ったときのショックが半端じゃねーぞ。



「お、おう。どーしたんだよ」



頭ではわかってはいても、やっぱり期待しちまう。うまくいつも通り話せねぇ。



「どーしたって…、朝言って…」

「朝?」

「い、いや!あのちょっと、用事が…」

「用事?」

「それよりブン太は?なんでここに?」



名字は、手に持ってた何かを体の後ろに隠した。



「え?あー…、ちょっと疲れたから糖分補給しようかと思って」

「あ、チョコ?」

「そう」

「今年もたくさんもらってたもんね、あはは」

「ま、まぁな。ははは…」

「……」

「……」



おい、何だよこの空笑いと気まずい空気。

なんでいんのか詳しく聞きたいとこだけど。
もし、その手に持ってるやつが俺宛てじゃなかったらって思うと。

一年で一番いい日なのに、何ネガティブなこと考えてんだろ、俺。



「じゃ、じゃあ俺そろそろ…」



てゆうか俺にチョコ渡すんだったらさっさと渡すよな。こいつは俺に対して緊張しちゃって〜とか言うタマじゃねぇし。

あと5歩で部室のドア、ってところで、
腕、掴まれた。



「…え?」

「あ、あのね、ブン太…」



暖かいこいつの手の温度が、ジャージ越しでも伝わってくる。



「えーっと…、あの…その……」



口ごもって完全に下を向いちまった名字につられて、俺も自分のつま先に視線を落とした。

うわ、俺こーゆう雰囲気苦手だ。どーすりゃいいのかわかんねぇ。
顔も耳もなんか熱い。身体中ふわふわして、そわそわして、落ち着かねぇ。
あんだけ欲しがってたこいつからのチョコも、へこんでたことも、すっかり忘れちまうぐらい。



「ご、ごめん、チョコ食べにいくんだったよね…っ」



沈黙に耐えきれなくなったのか、名字は、腕を掴む手を緩めた。

苦手なはずなんだけど、こーゆう雰囲気。

行っちゃうかもって思ったら、嫌で。
俺は掴まれた腕が離れた瞬間、引き止めるようにこいつの手を握った。

思ったよりずっと暖かかった、こいつの手。



「あー…っと、糖分な」

「え?」

「糖分足りた。これで」



握った手を軽く上げた。
俺も名字もなかなか顔を上げられないもんだから、お互い視線は手に集中。

チョコ食べたわけじゃねーけど、なんか身体中甘ったるい。

握ってる手から伝わる体温のせいで、甘ーい何かが俺の身体をドキドキさせてる。



「…これっ」

「ん?」



名字は俺の胸に、なんか押し付けてきた。

これは……。さっき隠したやつか?



「もう、必要ないかもしれないけど…」

「……」

「それ食べて、…が、頑張って!」



そこまで言うと名字は走って逃げてった。

何あいつ、緊張してたの?俺なんかにチョコ渡すのが?

なんだよ、めちゃくちゃ可愛いじゃねーかよ!
ちくしょーもっと手ギューッと握っときゃよかったぜ。

赤いラッピングのそれは、今日はもう見慣れた他のやつからのものよりずっとキラキラして見えた。

糖分補給して、元気いっぱいになったはずなのに。
膝に力が入んなくてそのまましゃがみ込んだ。



「これは……、本命チョコ、だよな。絶対そうだよな。本命ってことにしとくぜ。お返しどうすっかな」



やっといつもの俺らしいポジティブな独り言も出たところで、
俺は部室に置いてある自分のカバンの奥底に、大切にしまっておいた。

コートに戻ったら、どうやら赤也と仁王に独り言含め一部始終見られてたらしく、散々バカにされた。けど、やっぱり糖分、甘い気持ち、たっぷり補給できたし。許してやるぜ。



『スイートハート』END

ハッピーバレンタイン★期待する男の子♪パンツのくだりはいらなかったかもしれない
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