さびしい
「仁王くんて、かっこいいよね」
照れるような笑顔でそう言われたのは数ヶ月前。夏休み明け学校帰りにたまたま会って、一緒に帰ったとき。
いいムードになったわけじゃない。なんかいいこと言ったわけじゃない。会話が止んだらいきなり言われた。
「テニスもうまいし、髪の毛きれいだし、雰囲気もかっこいい!」
「はは、そんなに誉められると嘘臭いじゃろ」
「ほんと!かっこいい!クールだし大人っぽいし、かっこいい!」
そのとき、その会話はこんな感じのことがループしただけ。好きとかそんな具体的な言葉もなかったし、俺も適当な返事しかしとらん。
うれしいっちゃうれしいが、別に俺は好きだとも思ってなかったし、特別喜ぶことでもなかった。おまけに全国終わって脱力してた時期。部活これから後輩に邪魔扱いされるんかなとか、やっぱ決勝は悔しかったとか、そんなことを思う毎日。だから別に好きでも嫌いでもないやつに言われても、何も思うところはなかった。
ただ、“あいつは俺のことかっこいいと思ってるらしい”、そんな他人事のような事実だけ、何度か思い返した。
「仁王くん!」
「ん?」
それから、毎日のように話しかけにくるようになった。クラスが違うから、廊下を歩いてるときとか。
「これね、クッキーなんだけど」
「…へぇ」
「調理実習で作ったからあげる!」
「おう、サンキュ」
「仁王くん用に甘さ控えめだからね。甘いの苦手なんてかっこいいね!」
「そりゃどうも」
今みたいに作ったお菓子くれたり、弁当作ってきたときもあった。
そうすると決まって隣にいるブン太がうらやましそうに見てくるんじゃ。
よかったらやるけど。
「今の、名字さん?」
「ああ」
「何お前のこと好きなの?最近よく食い物もらってんじゃん」
「さぁな。…食う?これ」
「食う!」
せっかくのプレゼントなのに悪いが。
ちゅうかあいつ俺のこと好き…なのか?別に言われとらんし。こうやって物くれることはあっても、デートとか申し込まれるわけじゃない。携帯の番号すら実は知らん。去年同じクラスだっただけで、たいして仲良くもなかった。
でもあいつは俺のことがかっこいいと思っちょる。だからこうやって話しかけにきたりするんだよな。
あまりにももてはやされるとなんだか嘘臭いっちゅうか、あーマジで好きとは違うんじゃろなって思ったりもして、イマイチ真剣には受け取れんから。
「仁王くん、頑張って!」
少し経つと、廊下でキャッチするだけじゃ足りなくなったのか、部活中にも来るようになった。休憩中に俺のいるベンチに寄ってきたり。
「まだ帰らんの?」
「うん、仁王くんのテニスしてるところ見たいから。かっこいいもん!」
なかなか可愛いとこあるんじゃな。
いや、でも何か微妙な、変な関係。
別に練習見てってもいいんじゃけど。応援してくれるんは有難いんじゃけど。
「あのな」
「うん?」
「お前さん…」
俺のこと好きなんか?
…っちゅうことは聞けんかった。
言い出したまま止まった俺を、名字は不思議そうに見つめた。いや、不思議なのはこっちじゃから。
口を開けばかっこいいかっこいい。それ以外誉めるとこないんか。ってそんな問題でもないな。
かっこいい〜ってオープンにして、一体どうしたいんじゃ?
俺の素直な気持ちはそれだった。
普通、こんだけくっついてくるんじゃったら好きなんやろが、それなら好きって言う→付き合って!じゃろ。いいぜよorすまん今付き合う気はなくて…で告白終わり、と。これ一般的じゃろ。まぁ俺に一般的とか問われとうないやろが。
いかん、考えてたら嫌になってきた。かっこいいって言われること自体は悪い気せんけど。好きかどうかはっきり言わなくて、ただかっこいい〜だけ言われまくるとどうも、引いてしまう。何が目的なのかわからん。
「仁王くん!」
「………げ」
ある日の学校帰り。家に着くと、後ろから声かけられた。
なんじゃこいつ、うちまで来たんか?ちょっとそれはやり過ぎじゃないか?
「今日仁王くんに会ってなかったから、会いにきちゃった」
「…あ、そう」
会いにきちゃったってお前さん、かわいい彼女みたいなこと言うんじゃなか。
彼女でもないのに。
「じゃ、俺はこれで」
「あ…うん、また明日ね!」
せっかく会いにきてくれたのに悪いが、立ち話する気はなかった。
俺が家に入ろうとすると、名字は後ろからついてきた。
「…え、なに?」
「い、いや…!あの……」
で止まった。
もしかして告白?
この、妙な関係も終わり?
「や、やっぱ、何でもない!」
「……あ、そう」
心無しか顔も赤くして、指先もじもじ照れるような雰囲気じゃき、きっと喉まで出かかってたんだろうことはわかったんじゃけど。
その先を聞けず、俺としてはさらにイライラが募った。
そんなイラついた俺を余所に、名字はまたね〜と笑顔で帰ってった。
何がしたいんじゃ。
「あ、あのね、仁王くん」
それから数日経った日。…というか、バレンタイン。毎年恒例のようにいろんな女子からチョコをもらう。
こいつからは初めてのことだったが、何となく予想はついとった。
「これ…、あの…」
「……」
「あのね、…えーっと」
休み時間に校舎裏に呼び出されて今まさに渡される瞬間。
手に持っとるのは明らかにチョコ。日も日なら、場所も場所。そんな躊躇ってもなぁ。
「あー、チョコか?」
「え?…あ、うん。えっとね…」
「ありがたくもらっとくぜよ。じゃあな」
「あ…」
半ば強引にチョコを受け取ると、俺は背を向け教室へ戻ろうとした。
休み時間は基本、昼寝の時間。貴重なこの時間を割かれることが嫌じゃし。何より、
またどうせ、何でもない〜とか、仁王くんかっこいいね〜で終わるんじゃろ。
「よう、仁王。お前も呼び出し?」
教室に戻る途中、ブン太に会った。手に紙袋を提げてる。
お前もってことは、こいつも誰かに呼び出されとったんじゃな。
「ああ。ブン太もか?」
「それがよ、いや〜参ったぜ。チョコのついでに告白もされたんだけど」
「へぇ」
「断ったら泣かれちまって…まぁチョコはもらったけどさ」
俺らはけっこう告白もされとるから、今さら驚きゃしない。ついでに俺もブン太も、今はテニス以外興味ないから全部断っちょる。
それよか驚いたのは、フッてもなお、チョコを受け取ったこと。
「お前さん、それでよく受け取るのう」
「あ?だって食いたいじゃん」
まぁ、ブン太なら当然っちゃ当然か。
納得しながら自分の、手に収まってるチョコを見つめる。
自分の手なんじゃけど、ずいぶん無造作に持っとるのう。
「じゃ、これも食うか?」
「え?いいのか?」
「ああ。どうぞ」
俺は別に告白されたわけじゃなか。ただバレンタインという日に当たり前にチョコをもらった。それだけじゃ。
「サンキュー!」
「あげといて何だが、ほどほどにしときんしゃい」
「おー任せとけって……………あ」
ブン太が何かを見つけたように止まった。つられて俺も止まった。
そしてブン太の視線を辿る。
「…………げ」
目の前には、さっき置き去りにしたはずの名字。
いつもくっついてきとるから、回り込まれようがさほど違和感はないんじゃけど。
いつもとは違う顔。
「に、仁王くん…」
「あー…」
そうか、見てたんか。
お前さんのチョコを、ブン太にやったところ。
ブン太も一目見てそれがわかったのか、気まずそうにチョコを握り締めとる。ていうか、とりあえず隠せ。
「…さ、さっすが〜!」
「は?」
何て言い訳しようと考えてた俺の耳に響いた声は、予想と全然違った。
きっと泣きつかれると思ったのに。
「…チョコもらっても、…う、浮かれないし」
「……」
「丸井くんに…渡しちゃうとか……、余裕な…感じ?」
「……」
「やっぱり、か…かっこいいね!」
正直、何言ってんのって感じじゃけど。
声が震えとった。
笑顔のまま。
「…っ、じゃあね!」
「おい」
一応引き止めようとは思った。謝らないとと。
でも俺の言葉を無視して、名字は走り去った。
「…なぁ、仁王」
「ん?」
「これ」
ブン太は、さっき俺がやったチョコのラッピングを早くも開けてた。おい空気読め。
そしてその中身を、俺に見せつける。
「“仁王くん だいすき”…だって」
「……」
「今時ハートの手作りチョコに、こんな文字入れんの、珍しいよなぁ」
口を開けば俺のこと、かっこいいだの何だの。結局あいつの口からそれ以外の気持ちは聞けなかった。
でもこのチョコに、すべて詰まってた。
普段、誉めちぎられるのは、嘘臭いと思っとったはずなのに。
この手作りチョコに書いてある、ちょっとガタガタな言葉だけは、本当のこと以外なにものでもないと、
痛いぐらい伝わった。
「いいのか?追っかけなくて」
「…別に。あいつもこれで懲りるじゃろ」
「ふーん」
「いい加減やめてほしかったしのう」
「んじゃこれは俺がもらっていいのか?」
かっこいいだけ言っとれば、何か伝わると思ったのか?
好きって言うのは怖いけど、でも何かしら気持ちは伝えたかったのか?
卑怯じゃろ、そんなの。
「ああ、どうぞ」
それから、あいつは俺のところへ来なくなった。
最後までかっこいいとしか口にできなかったあいつもバカじゃけど。
「やっぱあれ以来、名字さんこねーのな」
胸にぽっかり、穴が空いたような気がする俺は、
100倍バカじゃな。
「さびしい」
勝手過ぎる
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