好き


─♪〜♪♪〜



「……あー」



日曜午前10時。普通なら起きてるこの時間、俺はまだベッドの中にいた。昨日サークルの飲み会があって飲み過ぎた挙げ句朝帰ってきたからだ。

頭も痛いし、まだまだ寝てたいんだけど。



─♪〜♪♪〜



「……しつけーな、誰だよ!」



なかなか鳴りやまない枕元の携帯を無造作に取って、画面に出てる名前に思わず舌打ちした。



『よー、ブン太。おはようさん』

「おはようじゃねぇよ。俺何時に帰ってきたと思ってんの?」



6時は過ぎてた。
昨日の飲み会、こいつにさんざん飲まされたんだ。なのに終電じゃから〜ってそそくさと消えやがって。

というわけで今俺の頭が痛いのは9割仁王のせい。あとの1割は世の中。



『昨日言い忘れたことあってのう』

「なんだよ」



ベッドから這うよう出た俺は、その辺に転がってるペットボトルを掴んだ。



『今度、中3のときの同窓会あるじゃろ?』

「あー。行くかわかんねーけど」

『そのときなんじゃけど…、同じクラスだった名字って女覚えとる?』

「名字……」



まだ半分寝惚けてたけど、すぐに頭が冴え渡った。

名字名前。
忘れるわけねーじゃん。



「あー…同じだっけ?」

『そうじゃ。巨乳の』



中3のくせに巨乳でけっこうかわいい顔してて、でもガサツで女らしくないやつだった。



「よく覚えてんな」

『それしか覚えとらん。あんま話したことなかったし。ブン太は仲良かったじゃろ?』



あーそうだな。



「ブン太ブン太!聞いて聞いて、やっとボス倒したよ!」

「おせーよ。俺なんかもう裏面行ってるから」

「裏面!?何それ!裏なんてあんの!?」

「あるんだよこれが。あいつ倒した後にちゃんとイベントがあって……」




女のくせにゲームが好きで、よく裏技とか攻略法とかで盛り上がってた。
漫画も少年系が好きで、貸し借りもよくした。

一番仲良かったやつ。
いや、仲良かったときが一番楽しかったやつ。



「その名字が何」

『来年結婚するって』

「けっ…こん?」

『同窓会のとき、サプライズでお祝いするんじゃと』



マジかよ。早くね?てか、

久しぶりに聞いたあいつの話が、まさか結婚なんて。



『もしプレゼントとか用意できれば持ってこいって幹事に言われた』

「プレゼントって…」

『ブラでも持ってくか?』

「やめとけ」



仁王ならマジで持ってきそう。

結婚かぁ。あいつが。
あんなガサツだったのに。

名字と仲良くなったのは中2からだった。同じ委員会で話すようになって気合う、つーか女なのに気も使わず接することができる居心地いいやつだった。3年になったら同じクラスにもなったから余計に仲良くなった。でもそんな長くはなかった。

転機は中3の夏休み前。俺はテニス部で学校内外問わず多少有名にはなってたけど、そこそこ普通の中学生だった。

テニス部だけじゃなくてクラスの友達とも遊ぶし、恋もする。普通の中学生。

広いようで狭い。そんな俺の世界に、名字もいた。





─中3の夏



「ブン太」

「ん?」

「約束のブツ、持ってきたぜよ」



そう言いながら周りをキョロキョロ見渡し、仁王は俺に袋を渡した。



「おー、サンキュー」

「これ俺のオススメじゃき。かなり充実しとる」



テニスですら見たこともないぐらい誇り高い顔をした仁王から渡された、それ。

そう、AV。機器のほうじゃねーぞ。



「カモフラージュで耳をすませばのケースに入れといた」

「俺が耳すま持ってるほうがおかしくね?」

「耳すまもオススメじゃき。ジブリの中だと割と俺ら寄り」

「もう俺らにはトトロ見えねーもんな…」

「トウモコロシ、メイちゃんと食いたかったのう…」



そんなバカみたいな会話しかしない、中学生。真剣なのはテニスのときだけだ。



部活も終わったその日の夜。俺は耳をすませた。
仁王の言った通り、かなり充実してた。
それが寝る前だったこともあって、俺はとんでもない夢を見ちまったんだ。
その内容は起きたら忘れてたけど。

次の日、学校も部活もない日曜日。思わぬ形で思い出した。



「ブン太ー」



朝の10時過ぎ。今日は何もないからと昼過ぎまで寝るつもりだったのに。



「ブン太ー、友達きたよー」



下から母ちゃんの声が聞こえた。
友達?今日は誰とも約束してないんだけど。

髪はボサボサ、パジャマ代わりのTシャツ短パンのままで、俺は下まで下りていった。
誰かと思ったら。



「あ、おはようブン太!」

「名前?何でお前…」

「ちょっと裏のダンジョンで躓いちゃって…、助太刀頼む!」



朝っぱらからゲームやってたのかよこいつは…。

そう思った瞬間。名前の笑った顔を見た瞬間だった。
思い出した昨日の夢。



「じゃ、お邪魔しまーす!」

「っておい、ちょっと…!」



何も知らない知るはずもない名前はずかずかと、俺の部屋に上がってった。
まぁ、何度かうちに来たことあるし、母ちゃんも知ってるし、別にいいんだけど。

二人っきりは初めてだ。



「部屋汚ーい」

「うるせー。お前の部屋も似たようなもんだろい」



漫画やらゲームやら服やらしっちゃかめっちゃか。でもまぁこいつだし。前に行ったこいつの部屋も汚かったし。女っつーより男友達に近いかな。
そうは思っても、昨日の夢は消えない。

俺がそんなことに気を取られちまってたせいで、散らかりまくった部屋を漁る名前を放置してた。しかも一番厄介なものが見つかった。



「あ、耳すまだ!」



耳すま…?って何だっけ。カントリーロ〜……あー、そっかDVD……、



「あたしこれ大好きなんだよね」

「ちょ…!待て!」



止めるのが遅かったらしく、名前はバッチリ、ケースを開けた。

もちろん入ってるのは、思春期の悩める少女とバイオリン職人を目指す少年の歯がゆい青春ストーリーではなく。



「………え」



中身を見て固まった名前からすぐさまそれを取り上げた。

つーか気まずいのは見つかった俺なんだけど。
笑い飛ばすとか何とか言やいいのに、何黙ってんの。



「いや、…まぁ、男のたしなみだ」

「……」

「みんなそうだから。てかこれ仁王のだから」



悪い、仁王。ちょっとここで男の友情借りるぜ。



「あーえー…っと、…ラスダンだっけ?俺がやってやろ…」

「ブン太も」

「ん?」

「ブン太もそーゆうの、したいって思うの?」



そーゆうのって。カントリーロード的な青春?じゃないよな。
中身のこと言ってんだろう。



「そりゃそーだろ。男だし」

「ふーん…」

「男はみんなそう思ってんの。仁王なんかド変態だぜ。あ、もう一回言うけどこれは仁王の…」

「あたしとは?」



は?…と、数秒たってからずいぶん間抜けな声が出てきた。



「あたしとしたい、とか、…そういうことは、思わない?」



仁王が言ってた。名字さん、胸でけぇって。マジあいつどこ見てんだよ。

そのせいもあってか昨日見た夢。仁王から借りたAVと重なって、よく知ってる女と俺がイロイロと。
その女は、こいつだった。

したいどころか、まさか夢に出てきたなんて言えねーし。
もしかして俺は、自分でも気づかないうちに、こいつのこと好きなのかもって、思った。
夢の中では幸せそうだった俺。AVとかそんなふしだらな感じじゃなくて、普通のカップルだった。まるで本当の耳すまみたいな。
ちょっと前にももしかして俺…って考えたこともあったけど。

でも昨日のは夢だから。
名前とはゲームとか漫画とかの話をするのが楽しい。
セージくんとシズクちゃんとか、かゆいにも程がある。



「何言ってんの」

「……」

「お前は女じゃねーだろ。男友達みたいなもんだし」

「…そ、そーだよね。…ごめん」



自分でそう突き放したのに、なぜか胸が痛くなった。

名前は俺から顔を逸らし、早くゲームやってとテレビをつけた。頼まれたダンジョンは難なくクリア。その間名前は、ほとんどしゃべんなかった。

それからすぐ夏休みに入っちまったこともあって、名前と話すことはなかった。
夏休み明けたら、また前みたいに仲良くやるのかと思ったのに。
笑い合ってた毎日は、もう戻ってはこなかった。





「じゃ、3年B組の再会にかんぱーい!」



仁王から連絡があった1ヶ月後、予定通り同窓会は行われた。

行くかどうか迷ってたけど。
ちょっと昔を思い出して。懐かしくて、結局来ちまった。

でも肝心のあいつは、ずいぶん離れた席。
これじゃあ、久しぶりだな〜最近なんのゲームやってんの?なんて自然な会話もできない。
諦めかけてた俺は、途中トイレに立った。

サークルとは違って久しぶりの同級生。気心の知れた輪でもないせいか、いつもより酔いが早く感じた。
先月の飲み会が若干トラウマ気味だった俺は、一次会で引き上げようと決めてトイレを出た。

そしたらばったり、名字と会っちまった。



「……あ」

「…!」

「…ひ、久しぶりだね」



久しぶり、なんてもんじゃねぇ。
最後に会話したのはいつだ?思い出せない。
真っ正面でこうやって、こいつの顔見るのも久しぶり。



「元気だった?」

「…おう」



結婚式を控えてるだけあって、昔よりずっときれいになってた。
いや、あれから何年もたってるんだ。そりゃーガサツだったこいつも、大人の女になったんだろうよ。

あの日からの、真っ白けな俺らの時間は、それだけ長かった。

お互い気まずいことは承知だったから。何から話せばいいか、しばらく黙りこんだ。

数秒後、あっちから口を開いてくれた。



「あのね、ブン太」

「…?」

「あたしね、昔、ブン太のこと好きだったんだ」



ああ、知ってたよ。
あの日のお前は初めて、俺にあんな顔見せてくれたから。あの妙な質問も、お前なりの好きの伝え方だって。

ちゃんと俺の目には、女として、映ってたんだから。
わかってたんだ本当は。

ただあの頃の俺は、そーいうのがくすぐったくて。
嘘吐いてでも、認めたくなかった。



「マジか」

「マジだよー」

「お前、人妻になんのに誘惑すんなよな」

「ふふっ、昔の話だもん!」



こんなふうな他愛もないやりとりが懐かしすぎて。
ずっと待ってた、あの楽しかった毎日がほんの数秒だけ戻った。



「5年前の告白終了!じゃ、トイレ行ってくる!」



すれ違った名字は、ずいぶん背も小さく感じた。俺の身長が伸びたせいかな。

5年か。そんな経ってたんだ。



「名前」

「ん?」



昔よりずっときれいだけど。もう女じゃねーとか、男友達なんて言えないけど。

にっこり笑って振り返った名字は、あの日と何も変わってない。

話さなくなってからさびしくて、どーやったら前みたいになれるのか考えたりもした。
それでもうまくできなくて、ずっと否定してきちまったけど、

俺もな、たぶんあの頃、お前のこと──……、



「結婚おめでとう」



ありがとうと笑った名字は、あの日と変わらないのにやっぱりきれいだった。

5年前の告白。
俺は過去に戻るなんて怖くてできない。
言っちまったら、今よりも昔よりもずっと、胸が痛くなりそうだから。

仁王ー、次の合コンいつにする?



「好き」

  …だった、今は過去系。
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