HAPPY★BABY


「お姉さん?」

「そう、おととい退院して、明日うちに来るんじゃ」



昨日帰り際、仁王にそう言われた。仁王のお姉さんはもう結婚してて、ついこないだ初めての赤ちゃんを産んだばかりだった。



「赤ちゃんも?」

「ああ、もちろん」

「いーなぁ」



ちょっと前までは子どもを見たって生意気としか思わなかったけど、何だか最近は赤ちゃんや小さい子を見るとすごく可愛いって思う。あたしも少しは大人に近づいたってことかな。



「来るか?」

「え?」

「ちゅうか、お前も来ると思ってもう言ってあるんじゃけど」



仁王家に行ったことはまだ3回しかない。会ったのはお母さんと弟だけで、お姉さんには会ったことがない。
ちょっと緊張するけど、でも仁王のお姉さんならきっとすっごくきれいだろうし、見てみたい。何より赤ちゃんが生まれたなんてめでたい。お祝いしたい。



「うん!」

「じゃあ明日、学校終わったら下で待ち合わせな」



あたしの家のすぐ近く、角のところで立ち止まり、仁王はおでこにチューしてくれた。いつものバイバイの挨拶。
でもいつもよりも機嫌が良さそうだ。前々から仁王は、お姉さんの赤ちゃんを心待ちにしてた。病院にも見に行ったみたいだけど、また明日会えるってことで、うれしいんだろう。

仁王と別れ、あたしは家の前まで行く。扉を開けようと思ったけど、ふと、明日のことが気になった。
仁王家に行くのはいいとして、せっかくのおめでたいことなんだから何かプレゼントでも渡したほうがよくないか。いや、絶対いいに決まってる。お姉さんとは初対面なんだから、何か渡したほうが絶対印象は良くなる。今後のためにも…。

ちょっと“将来のこと”前提にしている自分に照れながら、あたしは駅前のデパートへ急いだ。



─次の日。



「もう家に赤ちゃんいるんだよね?」

「ああ、昼過ぎに着くって言っとった」

「あー、何だか緊張するなぁ。お姉さんもだけど赤ちゃん……あ、赤さんのがいいかな?ちゃん付けだと失礼かな?」

「赤さんはおかしいじゃろ。ってお前さん緊張しすぎ」

「だって緊張するよー。生まれたての赤子なんて触れ合う機会ないもん」

「そうじゃの。…それよりそれ、持っとるの、何?」



仁王はあたしが左手に提げてる紙袋を差した。それは昨日、仁王と別れた後で買いに行った赤さんへのプレゼントだった。



「ふふっ、秘密ー」



そう答えると、仁王もケチじゃのーと言って笑った。



「ただいま」



仁王が家の扉を開けて中に入り、あたしも続いて中に入った。



「おかえりなさい。お姉ちゃん来てるよ。…あら、名前ちゃん、こんにちは」

「こ、こんにちは!お邪魔します!」

「どうぞー、中に」



お母さんに会うのは三度目だけど、何回会っても慣れない。どうして仁王みたいな性悪な子どもになったのか、神様に聞きたいぐらいとても穏やかなお母さんだ。



「あ、雅治。おかえり」



リビングに通され中を覗くと、赤さんを抱っこした女の人がいた。
お姉さんか…!きれいだ。思っていた通り。はじめまして!



「おう。遠いところご苦労さん」

「ちょっと遠いんだよねぇ。でもやっぱり実家が一番落ち着く…って、あれ?その子もしかして」



お姉さんの目があたしに向けられた。挨拶せねば。はじめましてとこんにちはとこれからもよろしくお願いしますと…いや、これからもよろしくはおかしいか。雅治くんと交際させて頂いております?ちょっと堅いか。雅治の彼女です?いやいやそれは柔らかすぎる。とりあえずはじめましては言わないと。それから名乗らないと……。

あたしが冷や汗とともに硬直してるのがわかったのか、仁王がプッと笑った。



「まぁ、こんな感じの彼女じゃ」

「あはは、なるほどね」



仁王に合わせ、お姉さんも笑うと、あたしの方を見てさらににっこり笑った。



「雅治のお姉ちゃんです。よろしくね」

「あ、よ、よろしくお願いします!」

「そんな緊張しなくてもいいから。名前ちゃんだっけ?雅治から聞いてるよ」



何を?とは聞けず、とりあえずお姉さんはとても愛嬌のある方ということと、先に仁王が自分のことを紹介してくれてたことはわかった。



「赤ちゃん抱っこしてみる?」

「あ、いいんですか!?」

「どうぞどうぞ」



お姉さんからあたしの腕に、赤ちゃんが移る。ちっちゃくて柔らかくて、力を入れて抱きしめたら潰れてしまいそうで。でも確かに生きてる。温かくてちっちゃな身体からも立派な鼓動が伝わる。



「うまいうまい。そんな感じの抱き方」



潰さないように、落とさないように、動きを締め付けないように、小さな子を抱っこするのは、微妙な加減がいるのだそう。弟はまだその域には達していないらしい。

しばらく赤さんを抱っこさせてもらいながら、仁王とあやした。まだ泣くばかりみたいだけど、今は眠いのか目をうつらうつらさせていた。何だかあたしまで穏やかな眠たい気持ちになってきた。

ふと、赤さんの着ている(包まれているのほうが正しい?)服を見て、今までののほほんとした気持ちにピキッと亀裂が入った。

…超有名海外ブランドのロゴが入ってる…!赤さんなのに!
見ると靴下にも同じロゴが。お姉さんはセレブなのか?こんなんじゃあたしのプレゼントなんて渡せない。あたしのなんてその辺のデパートでいくらでも売ってるものだ。



「ん?どーした?」



赤さんのほっぺたをツンツンしながら仁王はあたしの異変に気付いたようだった。仁王、その感触気に入ったんだろうなーと思いつつ。そういえばあたしのほっぺたもよくツンツンされるけど、赤さんのほっぺには負けるなぁと、勝手に敗北感を味わっていた。



「や、別に…」

「?」



その後、お茶も頂きのんびりしたところで仁王家を後にした。
結局、プレゼントは渡せず。渡したところでお姉さんも困るかもしれない。優しそうだったし、無理に使わせるのも悪い。



「やっぱ赤ちゃんはいいな」



帰り道、家まで送ってくれている仁王は満足そうに笑った。ずっとほっぺた突いてただけに見えたけど、よっぽどあれが満足だったんだろう。



「だねー…」



あたしはというと、お姉さんにしっかり挨拶できなかったし、プレゼントは渡せなかったし、赤さんにほっぺたランキングで負けるしで、ちょっとどんよりだった。…まぁほっぺたはしょうがないけど。



「…!?」



いきなり仁王があたしのほっぺたを突いてきた。



「なんかさっきから元気ないじゃろ?」



ぷにぷに。ぷにぷに。傍から見ればただのバカップルなんだろうけど、あたしはその仁王の言葉や行動に、ちょっと涙が出そうだった。



「…赤ちゃん、可愛いなーって」

「何じゃ、赤ちゃん欲しいんか?」

「違うし!…あたしは赤ちゃんでもないのにちゃんとやるべきことできないなーって」

「よし、じゃあ作るか」

「いやいや、違うって…」

「でもまだまだいいな。俺らも子どもじゃし、しばらく名前は俺のものだけでいてほしいからのう」

「おい、話聞いてる?」



聞いてるんだか聞いてないんだか、仁王はハハッと笑ってあたしの手に下がってる紙袋を奪った。



「これ、俺らの赤ちゃんにってことにするか?」



お姉さんに渡せなかったプレゼント。全然自分のためにとかじゃないし(ちょっと邪な考えもあったけど)、第一先のことすぎてどうなるかわかったもんじゃない。プレゼント自体もうちらも。



「…プロポーズですか?」

「そう聞こえんかった?」

「え!…いや、聞こえ…なくも…」



まったくもって先のことすぎてわかんないけど、でも今の気持ちはうれしいし、大切にしたい。
戸惑うあたしを、仁王は笑った。



「…でもやっぱ赤ちゃんっていーよね」

「名前のほうが可愛いぜよ」

「え!」

「ほっぺた」



ほっぺたかよ。と思ったけど。仁王はまた笑って、あたしのほっぺたを突いた。
やっぱり赤ちゃんは、みんなを幸せにすると思う。あたしみたいなくだらない理由でも。

仁王に渡した赤さんへのプレゼント。あたしたちにはまだまだ先ということで、結局お姉さんに渡してもらった。大変喜んでくれたらしい。第一関門クリア…かな?



『HAPPY★BABY』END

仁王はぴば★(てか仁王の甥っ子はぴば?)遅くなってゴメンネ★家に行くのは四度目、お母さんに会うのは三度目。空白の一日はご想像にお任せします。

そして勝手にみのり様に捧げます!超祈ってます!
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