my first hug
原因は、アレだ。赤也のせいなんだ。
普通に朝、学校行こうと歩いてたらちょっと先に名字が見えた。こないだから付き合ってる彼女。告白されたんだけど俺もちょっといいなと思ってたっていう、アレね。
だからあいつを追いかけなくちゃって思って、そしたら目の前に、「お先っス!」ってなんだか勝ち誇ったバカ面で颯爽とチャリに跨る赤也が現れた。それがちょっとムカッときたわけ。
「俺も乗せろぃ!」
「わー!ちょっとちょっと、危ないっス!」
でもバランス感覚のいい俺は、なんだかんだ赤也の後ろに乗っかることに成功。
で、あと少しであいつに追いつくってとき。
「あれ、名字先輩じゃないっスか?」
「あーほんとだー」
「へっ、どうせ追いかけるために後ろ乗ったっしょ」
「ちげーよ!とっとと漕げ……って──!?」
そう、完全に赤也はよそ見してたはずだ。絶対よそ見してた。
「あ、危ねぇ!」
「ぅわっ…!」
目の前に飛び出した猫を避けようと思い切り右に捻ったせいで、
後ろに乗ってた俺は振り落とされ、右足骨折。本日入院。
「だからぁ、ほんとすんませんでしたって!」
「お前、それが人に謝る態度か!」
「ホラホラ、丸井先輩のためにケーキとりんご買ってきましたよ!ケーキとりんご!」
「みんなで割り勘だろ」
授業終わってから赤也をはじめジャッカルやヒロシたちが見舞いに来てくれた。
「丸井くんでもケガするんだね」
バカにするように笑う名字、お前一応彼女なんだからもっと心配しろよと文句言ってやりたい。
「そーいやブン太、明日もう退院じゃろ?」
「一応な。ギブスしたまんまだけど」
そう言ってまた赤也を睨んでやった。しばらく部活も休みか。なんかつまんねーな。
「明日俺んとこに来いって、真田が言うとった」
「げ!」
「切原君もです」
「お、俺もっスか!?」
最悪だー!骨折で痛い思いした上に明日は殴られんのかよ。赤也が悪いのに。運転下手な赤也が悪いのに。
「あはは、頑張ってね」
さもおかしそうに笑う名字は、ほんとに俺のこと心配してないんじゃないかって思った。
まだ今日はしゃべってない。「大丈夫?」は聞いたけど、他のやつらと一緒にだから。二人で話してない。
「さてさて、そろそろ帰るかの」
「え、もう帰んのかよ?」
「そうだな。赤也は練習行かないとまずいだろ」
「そーっスね」
男の友情はなんて脆いんだ。もっと心配しろっつーの。
でも逆に考えればアレだ。こいつらみんな帰っちまえば名字と二人きりになれる。意外とこれは仁王のアシストなんじゃねーかと思った。が、
「じゃ、丸井くん。また明日ねー」
期待も一瞬にして打ち砕かれ。名字は仁王たちと笑顔で去っていった。
おいおい、あいつ何?何なの?何しにきたの?なんでもっと彼女らしい心配しないわけ?りんご剥こうかーとか、食べさせてあげようかーとか。ほんとに俺のこと好きなの?
イライラしてたこともあり、俺はすぐさまあいつにメールをした。
『お前なにしにきたの?』
返事は意外と早かった。まだきっと病院出たばっかだろう。
『なにってお見舞いだよ』
『なんでさっさと帰ってんの?』
『だってみんな帰るってゆーから。あたしだけ残っても変だし。てかなんか怒ってる?』
バカ!みんなはみんな、自分は自分だろぃ。なんて自立心のないやつ。てかお前は彼女なんだから変じゃないっての。
と、いろいろ言いたいことはあったけどやめといた。こんなときに喧嘩したくねーし。とりあえず、
『戻ってきて、一人で』
そう送ったら、返事はこなかった。
代わりにしばらくしてから病室の扉が開いた。
「…ま、丸井くん?」
なんだか気まずそうに扉んとこからこっちを見つめる名字。
「…おう」
「……」
せっかく戻ってきてくれたっていうのに、俺までなんだか気まずくて黙っちまった。
そしたら名字はノコノコと、ベッド脇の椅子まできた。
「ケガ大丈夫?」
「おう」
「りんご剥こうか?」
「…おう」
おう。しか言えない俺。自分で戻ってこいって言ったくせに、自分が望んでたシチュエーションなのに、ヘタレだ俺。
ちらっと名字を見ると、女の子らしい手つきで一生懸命りんごの皮を剥いてる。多分得意じゃないんだろうなと思いつつ、まだ触ったことのないその手に、見惚れた。
「そんなに食べたかった?」
「は?」
「りんご、めっちゃ見てる」
皿にりんごを乗せて、はい、と渡された。
いや、見てたのはりんごじゃなくてお前の手なんだけど。なんて言えるはずない。
とりあえず食べようと、りんごにフォークを突き刺すと。
「…あ」
「?」
「た、食べさせてあげようか?」
おう。と言う前に、皿を奪われた。
え、ちょっとそれはまずくないか?いや、さっきはしてほしいと思ったけどさすがに…。
「はい」
俺の考えをぶっちぎり、口前まで差し出されたりんご。それはもう、食うしかねーってことで。
「おいしい?」
「お、おう。………うまい」
やっと、おう。以外も発することができた。顔とか全身とか、なんか熱くなる。
「あのさ」
「?」
「もし、帰ってほしくなったらすぐに言ってね」
「…は?」
「あの、あたしは会いたかったんだけど、丸井くんに。だからさっきのメールはうれしかったんだけど」
「……」
「丸井くん、あたしに気遣ってくれたのかなーなんて…」
俺たちは付き合って間もないし、告白もこいつからで、特にラブラブといったことはやってない。
でも俺は告白された身だからかもしれないけど、不思議と焦ったりとか気遣ったりはしてなかった。別にこれからどうにかなるんだろって思ってた。
でもどうやらこいつは違ったらしい。不安なんだって感じがちょっと、伝わってきた。
「名字」
「…!」
俺は動けないから、腕引っ張ってこっちに引き寄せた。名字は俺の胸に、ぼすって収まった。
「さっきのメールじゃ、めちゃくちゃお前に会いたいって意味にならない?」
ずいぶん天の邪鬼な言い方だけど、これ以上はまだ勘弁してくれ。
好きすら言えてない今は、まだ。
「ふふ、そっか」
顔は見れないけど、うれしそうな声が聞こえてきた。
俺の背中にも、さっき見惚れた手が回される。握る前に抱きしめちまったと、順番を後悔した。
でもうれしいことに変わりはない。
「…もうちょっとこのままでいいか?」
「うん」
骨折は痛かったけど、この状況ができたことは感謝。
入院も悪くないなと思った。
『my first hug』END
なんか抱き寄せる系がやりたかっただけ。そんなすぐ退院できないと思いますけどね
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