へたくそなラブソング
「名前!」
廊下でいきなり名前を呼ばれ、振り向いたらブン太だった。
「なに?」
「名前」
「?」
ブン太はあたしの名前を呼んだまま、じっとあたしを見つめるだけだった。軽く眉間にシワも寄せちゃって、ぱっちりした目が鋭くなってて、ずいぶん気合いの入った見つめ方だった。
「だからなにってば」
「…はぁー、やっぱだめか」
「だめって?」
ブン太はため息をついてやっとあたしから目を逸らした。
「いや、テレパシーだよテレパシー」
「はい?」
「お前なら名前呼んだだけで俺の考えてること、わかるんじゃねーかって」
アホかこいつは。そんなもんわかるはずない。幸村君じゃあるまいし。
「ジャッカルも無理だったしよ」
「普通無理でしょ。で、何を言いたかったの?」
「ガムくれ」
「…はいよ」
今度はあたしがため息をつきながらブン太にガムを渡す。だってこいつ、“ガムくれ”なんてたった四文字言うのすらめんどくさがってるわけ?
「だってお前、名前呼ぶだけで気持ち通じるってかっこいいじゃん」
「え、どこが」
「夢がねーなぁ。とりあえずテレパシーの練習しようぜ」
「やだよ、あんたなんかと通じ合ってどーすんの」
言ってからしまったと思った。いつものことだけど可愛くない態度。そろそろ素直になれってこないだ仁王に釘さされたばっかなのに。
「なんだよ。別に俺もお前なんかと通じ合わなくたっていいし」
不機嫌そうに、またあたしの方をじっと見つめるブン太。あ、今はわかりそう。
「可愛くない女って思ってんでしょ」
そう言うと、またしてもブン太はため息をついた、とともにガムも膨らませた。
「お前ほんとテレパシーの才能ねぇな」
「そんな才能ある人見たことないし。じゃあ何が言いたいのよ」
「…えーっと、……ガムくれ」
「今噛んでますよ」
「ストックだよストック」
ほんとにガム中毒なんだから。とりあえず持ってたガム全部渡した。
「じゃ、あたしもう行くよ」
バカバカしくなってしまった。そりゃあたしはブン太が好きだけど、ブン太があたしに求めるものは“ガム”や“お菓子”だけだ。
一瞬、ブン太の言うようなテレパシーの才能が、ブン太になくてよかったと思った。ブン太がアホでよかった。こんな気持ち悟られたら、恥ずかしくて死んじゃう。
「名前」
去ろうとするあたしの右手を掴み、まだテレパシーに拘るブン太。ちょっと君、いい加減にしなさいよと。
「もー次は何よ、お菓子?」
「名前」
「だからお菓子でしょ?今ポッキーしかないよ」
「名前ってば」
「あたしの名前呼んでるだけじゃわかんない──…」
じっとあたしを見つめるその目は、鋭くて眉間にシワが寄ってる。ガムでもなければお菓子でもなく、今はあたしだけを見てる。ということは?
「………あたし?」
自信なさげに問いかけてみた。やっぱテレパシーって難しいよ。
でもブン太は満足そうに笑って、ウンウンと頷いた。
「ふぅ、やーっと伝わった」
「なにが?ねぇ、なにが?」
悪いけど、全然伝わってないよ。ブン太の考えてることが“あたし”ってことしか伝わってないよ。しかもテレパシーじゃなくて声に出してるよ。
「お前はバカだけど」
「ちょっ…」
「名前呼ぶだけで気持ち伝えられる俺って、天才的だろぃ?」
どこがどう天才的なんだかわかんないし。ブン太が考えてるのはあたしで、それが気持ち?
頭を抱えるあたしを置き去りに、ブン太は廊下を駆け出した。
「ちょっと、ブン太っ!」
あたしだって是非、こうやって名前を呼ぶだけで気持ちを伝えられたらいいのにって思った。
“意味わかんないけどそんなとこも好き!”
ちょっと長いか。
『へたくそなラブソング』END
OVA立海過去編のブン太が笑顔でウンウンって頷くのが可愛すぎて可愛すぎて。脳内補完してください
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