Touch me


「うーん…」

「まだ書いてるんか」



あたしが部室でウンウン唸ってると、仁王がやってきた。

その姿に、ドキッと心臓が高鳴る。
周りをキョロキョロ見渡しても部室にはあたしと仁王しかいない。

今あたしは、幸村くんからの任務に苦戦しているところ。



「だ、だって“皆のダメ出し”なんて書けないよー…」



任務。それは、入院中の幸村くんに明日渡す“部活日記”。
レギュラーを対象に、それぞれの練習内容や課題、よかったところをマネージャーのあたしが書けって。



「こんなの柳に任せればいいのに」

「参謀は参謀でやることがあるんじゃろ」



苦笑しながら仁王はあたしの前に座った。

座った瞬間、バッチリ目が合って。あたしは即座に目を逸らした。



「…か、帰らないの?」



目を逸らしたまま聞く。

部活はとっくに終わってて、ブン太たち他のレギュラーはみんな帰ったから。一緒に帰ったと思った。



「んー、もう少しお前さんを見てこうと思ってのう」

「…そですか」

「気にせんと書きんしゃい」



そんなこと言われたって、目の前でそんな見られたら…。

書こうと思ってたことがどんどん頭から抜けてく。

とりあえずノートだけを見つめて、集中してるふりをする。

一瞬、一瞬、目の前の仁王を盗み見するけど、相変わらずこっちを見てるようで。



「…!」



急に仁王の左手が伸びてきて、あたしの右目瞼に触れた。

反射的に目を閉じる。



「ああ、すまん。睫毛長いと思ってのう」



クラスの友達に、最近言われてることがある。
“最近仁王といい感じじゃない?”って。

まさか、まさかとは思うけど。最近二人きりになると、いつもこんな感じで。
でも相手が仁王なだけに、信じられない。

そのせいか、違うって自分に言い聞かせてはいるはずなのに、

目を合わせてしゃべれない。
完全に意識しちゃってます。



「髪、きれいじゃな」



今度は肩まで伸びるあたしの髪を触ってきた。

直接身体に触られてるわけでもないのに、
身体中熱くなってきて。

絵で表すならドッキンドッキンって、ハートが飛び出す感じ。

恥ずかしくて、目の前の仁王は見れなくて、
でも笑ってるような気がした。

やっぱりからかってるだけなのかしら。



「名前」

「な、なーに」



優しく、名前を呼ばれたけど、

あたしはまだ顔を上げられず、ノートを見つめたまま答えた。

でも仁王は何も言わなかった。

もはや部活のことなんかあたしの頭の中にはなくて、次に仁王は何を言いだすのか、そればかり気になった。



「名前」

「だ、だからなに…」

「こっち向きんしゃい」



顎を軽く、上げさせられた。

思ったより近い仁王の顔は、あたしが思ってたように笑ってはなくて、

ただちょっと、困ったような顔だった。



「…最近どーした」

「…は?」

「ちっともこっち向かんじゃろ」



やっぱり仁王にはお見通しでしたか。

でも、それならその理由もわかってるでしょ。

この距離で不自然なまでに目を逸らすことはできず、

蛇に睨まれた蛙。あたしは固まった。

仁王に触れられてる顔が、熱くて。

赤くなってるんじゃないかって、仁王に突っ込まれたらどうしようって、心配だった。

でも仁王はしばらく無言で、あたしを見つめるだけ。



「なーんてな」

「……え?」



仁王はあたしから手を離すと、立ち上がった。



「や、俺がなんか悪いことしてお前さんが機嫌損ねとるようじゃったら謝ろうと思っただけじゃ」



鞄を掴み、ドアの前まで仁王はゆっくり歩いていった。



「言いとうないなら仕方ないの。じゃ、日記頑張れよ」



振り向きもせず手を振り、外へ出ていった。

なんだかその後ろ姿がひどく寂しそうで。
さっきのドキドキとは打って変わって、胸はズキズキし始めた。

もしかしてあたしのせいで、
あたしが仁王を嫌ってると思って…?

あたしは立ち上がってドアを勢いよく開けた。
でも仁王の姿はもうなくて。

明日も会えるはずなのに。そしたらまた今日みたいに髪とか触ってくるはずなのに。
なぜかもう二度と仁王に触ってもらえないような気がして。

熱い涙が、ポロポロ零れてきた。
バカだ、あたし。周りの言葉に左右されて、大事なこと気付けなくて。

あたしは仁王が好きなんだ。
だから、意識もするし、触られてドキドキもする。
でも仁王だから信用できないとか、余計なことばっか考えちゃって。



「におー…、行かないで…」



あたしはしゃがみ込んだ。
久々に呼んだ仁王の名前は、懐かしかった。



「ここにおるよ」

「っ!」



突然、頭の上から声がした。

見上げると、びっくりした顔の…、
というよりは、あたしのよく思い描く仁王、人をからかうような笑みの仁王がいた。



「に、仁王…!帰ったんじゃ…!」

「いや、お前さんが俺いると日記書きづらそうじゃったから、外出とっただけじゃ」



ニッと笑う仁王は、

あたしの泣いてる理由も聞かず。それはわかってるからだろう。

パンツ見えるぜよと、あたしの腕を優しく掴んで立ち上がらせた。



「で、書き終わったんか?」

「…ま、まだ」

「そうか。手伝ってやろうか?」

「ほんと…?」

「おう。その代わり」



仁王はあたしをふわっと抱きしめた。

あまりにも軽く、だから、
抱きしめたというよりは、包み込んだ感じ。



「これは同じ気持ちってことでええんじゃろ?」



仁王とこんな近づくのは初めてだから、

こんなに体温があったかいとは思わなかった。

心地よくて、でもドキドキする。

今度こそ、顔は真っ赤で。

仁王はあたしのほっぺたを優しく撫でると、笑った。



「続きは中にしようか?」



あたしの返事を聞く前に、仁王はあたしの手を掴んで再び部室の中に入っていった。

今、二人になるのは危険な気はしたけど、

とりあえず、あたしが信用できるまでと、仁王はあたしに愛の言葉を捧げ続けてくれた。

初めて感じた仁王のあったかい体温に包まれて、うれしそうに笑う仁王に夢中で。

結局、部活日記は書けなかった。
幸村くん、ごめんなさい。



『Touch me』END

におたんに包み込まれたい(本気)
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