乙夜の誓い


ドーンという音が遠くから聞こえなくなって小一時間。もう花火大会は終わったのかなと時計を見ると、9時半を過ぎていた。

塾から帰ってきて遅めのご飯後、勉強前にちょっと休憩のつもりでベッドに転がる。


「…あ」


ちょうどそのとき電話がかかってきた。
画面に表示されたその名前は、“幸村精市”。


「もしもーし」

『もしもし、名前?こんばんは』

「こんばんはー。もう終わったの?」

『うん。今帰ってるところだよ』


今日、幸村くんは同じ部活の人たちと花火大会に行っていた。ほんとは、二人で行かないかって誘ってくれてたんだけど。私は夏期講習でどうしても間に合わなそうで、泣く泣く断ることになってしまった。

幸村くんは中高一貫の私立だから受験はなくて、でも私は公立で来年は受験だし、この夏からが大忙しなんだ。
少しうらやましいと思いつつ…、でも自分のためだから。幸村くんも、「俺のために頑張ってね」って激励してくれてるし。


『勉強中かい?』

「ううん、ご飯食べ終わって休憩中だよ」

『そうか。じゃあ少し話せるかな』

「うん!」

『よかった。たくさん話したいことがあるんだ』


幸村くんとは小学校が同じだった。卒業後はあまり連絡をとってなかったけど、彼の入院を機に南湘南小メンバーでお見舞いに行ったりと、また交流が始まった。
再会できたのはうれしいことだったけど、療養中の彼を思うと複雑な気持ちはあった。でもそのときからお互い惹かれあっていったから、それがなければ今の二人はないと、幸村くんはよく言ってる。

そして今は、友達と花火大会に行って楽しめるぐらいにもう復活してるから。ほんとに元気になってよかった。


『だからね、俺はあまり気が進まなかったんだ。蓮二にしてもブン太にしても、これを機にって狙ってるのが丸わかりだったからね。それなら各自で行けばいいだろ?』

「ま、まぁそうだよねー…」

『そう、あと仁王たちも付き合ってるんだよね。本人たちは隠せてると思ってるけど、バレバレだよ。そこもいつ抜け出してもおかしくなかったし』

「…ふーん、そうなんだ。銀髪の人だよね」

『ああ。予想外だったのは真田かな。同じクラスに好きな子がいるのは知ってたけど、まさか広い会場内で会うとはね。今頃柄でもなく運命でも感じてるんじゃないかな』

「真田くんね、彼の見た目からは片思いとか想像できないな〜」

『うん。そういえば名前がお気に入りの赤也も、遅刻した挙げ句結局姿を見せないし、明日会ったら注意しておかないとな』

「え!?べ、別にお気に入りじゃないよ!」

『フフッ、前かわいいって言ってたの、俺覚えてるからね』


私は立海の生徒ではないけど、幸村くんがいないときも試合を観に行ったことが何度かある。それプラス、幸村くんに入院中からずーっと、部活仲間の話を聞かせてもらってた。だから私は話したことはないけど、それぞれどんな人なのかわかるし、幸村くんがその中でいろんな意味でドン的なものだってことも、ひしひしと伝わってきてる。
…私に対してもたまに意地悪するしね。それ以上に優しいからいいけど。

今日はなんだか、陰口嫌いの幸村くんにしては珍しい話がいっぱい。言葉通りに受け取れば、せっかくのテニス部最後の夏のイベントが、次から次へと部員の不祥事(?)によって崩れてしまったという感じだけど。
どちらにせよ楽しかったんだろうなぁと、幸村くんの弾んだ声で、それはちゃんとわかる。


『長々と愚痴って苦労かけちゃったね』

「全然!おもしろかったよ」

『そうかい?…名前とも何か、夏の思い出を作りたいな』

「そうだねぇ。何かないかなぁ」

『どこか遠くに行くのは難しいけど、何か一緒にするっていうのはいつでもできるよ』

「え?」

『たとえば、花火とか。そこの公園でこっそりとね』

「花火!いいね!」


今日の花火大会は行けなかったけど、確かに手持ち花火なら、いつでも二人でできる。私の塾や幸村くんの部活がある日でも。

……あれ?今幸村くん、何て言った?


『早くおいで』


柔らかく笑う声とその言葉が耳から聞こえたと同時に、私は自分の部屋の窓から外を見下ろした。
そしたら家の前に、笑顔で手を振る幸村くんがいた。逆の手にはバケツとビニール袋。花火らしきものが少し飛び出している。

慌てて階段を駆け下り、リビングにいるお母さんに声をかけた。


「ちょ、ちょっと外散歩してくる!」

「え?一人で?」

「ううん、幸村くんがそこまで来てて」

「あら、そうなの?上がってもらったら?」

「今日は大丈夫!じゃ、いってくる!」


私が勉強を放って外へ行くって言うとお母さんは微妙な反応を示すけど、“幸村くんと”を付け足すことで話は変わる。彼のことをだいぶ気に入ってるんだ。とんでもないハイスペックだからなぁ。

家の扉を開けると、すぐそこにいた幸村くんはにっこりと笑って迎えてくれた。


「お待たせ!」

「やぁ。突然来ちゃって悪かったね。しかも外に連れ出しちゃって」

「全然大丈夫!休憩中だし」

「ほんとはお家に直接行こうかと思ったけど、もう遅いから申し訳ないし。名前と花火したいなって、思って」


そして幸村くんは「じゃああっちに行こうか」と、公園のほうに歩き出した。

今日は花火大会に行けなくて残念だったけど、きっとその気持ちをわかってくれてこうやって会いにきてくれて、しかも同じく花火をしようって。幸村くんはほんとに優しい。

まもなく公園に着いたところで、ふと疑問が。


「…ところで、この公園って花火やっていいの?」

「どうだろう?」

「……」

「何からやりたい?名前はドラえもんのやつがいいかな?」

「あ、それドラえもんのやつなんだかわいー……って、ちょ、ちょっと待って!」


私はここでやったことないけど、よくよく考えたら普通公園って花火禁止だよね。木も生えてるし、火事とかになったら大変なわけだし。

ぐるっと見渡すと、何やら看板が目に入った。暗いし少し離れてるし、何が書かれてるのかまでははっきりわかんないけど…。なんとなーく、“犬のフンは〜”とともに、“火気厳禁”が見えるような見えないような。

私が一人であたふたしていると、幸村くんは普通にロウソクをつけ始めた。


「ね、ねぇやっぱりまずくない?警察とか来ちゃうかも…」

「静かにやれば大丈夫じゃないかな」

「いやいやいや、花火を静かにってものすごく無理難題…!」

「うーん、じゃあ仕方ない。せめてこれだけ、どう?」


そう言って幸村くんは線香花火を出した。というより、最初から持ってた。

幸村くんはわがままではないけど、けっこう頑固なところもある。特に自分で決めたことはほとんど譲らない。
つまり今みたいにあっさり引いたということは、きっと始めからそのつもりだったんだろう。にっこり笑うその顔を見て、確信した。


「うーん…、わかった。じゃあそれだけね」

「うん。勝負しようか」

「いいよ!最初に落ちたほうがなんか罰ゲームにする?相手の言うこと一つ聞くとか」

「いや」


幸村くんは、丁寧に線香花火に巻かれている帯を剥がした。そしてそこから1本、私に渡す。


「勝ったほうが、相手に望みを叶えてもらえるってことにしよう」

「?なんか違うの?」

「ああ。敗者ではなく勝者の視点だからね。負けないことより、勝とうとすることをより意識するようになる」

「なるほどー…?」


理解してないであろう私を見抜いて、幸村くんはクスッと笑った。そして静かに二人の線香花火勝負が始まった。

……が、しかし。


「おかしくない!?」

「どこが?」

「だって…、もう3本連続で秒殺なんだけど!」


そう、まず1本目、よーいスタートと言った次の瞬間、私の火の玉はあっさりと落ちた。あまりにもあっさり過ぎたことが幸村くんにとってもつまらなかったんだろう。「新しいやつで続けていいよ。俺はこのままでやるから」と言われ、その通り新しいやつでスタートするも、またしても3秒ほどで落下。そして「ラストチャンスね」と言われ、3本目に火をつけると、また数秒で落下。

対して、幸村くんの線香花火はいまだご健在。おかしいですよね?線香花火の五感(?)までも奪えちゃうの?


「あーあ、落ちちゃった」


そしてようやく幸村くんの線香花火も終わりを迎えた。いかにも残念そうだけど、そこまでもつのは奇跡に近いレベルだと思う。まぁ幸村くんならそうでもないのかな。


「さてと、じゃあ俺の望みを聞いてもらおうかな」

「うっ…、はい」

「とりあえずベンチに座ろうか」


出していた花火などを片付けて、ベンチに並んで座った。気づかなかったけど、今日は夏にしては風が涼しいなぁ。


「俺の望みはね」


そう言って幸村くんは、私の背中に腕を回してきた。瞬時にドキッとして、体がびくっとした。
きれいな顔立ちからは想像できないほど、体つきや中身は男らしいんだ、幸村くんは。


「俺の望みは、ただ一つ」


ぎゅっと抱きしめられ、耳元で甘い声で囁かれた。
幸村くんの、私へ望む唯一の願いを。


「ずっと健康でいてほしい」

「………え?」

「風邪ぐらいはいいけどね。ケガとか病気とかしないで、元気でこれからも生きていってほしい」

「……」

「もちろん俺と一緒にね」


抱きしめられてるせいで心臓がバクバクいいすぎてるし、今日は涼しいはずなのに顔とか体とかめちゃくちゃ熱いし、早くも健康に悪い状況ではあるんだけど。

なんでだろう。幸村くんの声が、腕の力の割に弱々しくて、やけに切なくて……。ドキドキしていた胸が、苦しいほど締めつけられた。


「名前…」


少し体を離した幸村くんは、ほんのちょっと、びっくりしてる。私が思わず泣いていたからだろう。


「ごめん。なんか、泣いちゃった」

「…俺のせいだよね。ごめん」

「ううん。うれし涙でもあるから」


俺と一緒にって、ずっと一緒にいようって言われたも同然。プロポーズじゃない?これ。
加えて、幸村くんが前を向いてるってわかったから。入院中の彼は、いつ諦めてもおかしくなかったぐらい、沈んだ日も多かった。

今はここで、前を向いて生きてる。それだけでうれしいんだ。


「安心して!健康には私、自信あるからね。まだピチピチの中学生だし」

「フフッ、そっか。でも受験勉強での寝不足にも気をつけるんだよ」

「それも大丈夫。いっぱい寝る!」

「うん。寝つつ、しっかり頑張ってね。一緒に通いたいから」


とても優しく幸村くんは笑ってくれた。そう、私は来年、立海大附属高校を受験する予定なんだ。もちろん幸村くんがいるから。


「俺の望み、叶えてくれそうだね」

「うん!まかせ……」


最後まで言い終える前に、唇を塞がられた。
不意打ちだけど、どこか私自身、これを待っていた気もする。幸村くんの望み、これじゃないかなーって。

でも違った。もっと尊いものだった。そしてキスは望みなんかじゃなく、普通に愛を伝えるためにやるもんだと。そう言われた気がした。

この夏、幸村くんには最後の戦いが待ってる。悔いなく、この線香花火のように、燃え尽きるまで頑張ってほしい。私も勉強を頑張ります!


END
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