夜空の下で


電車内は満員だった。浴衣姿の女子グループや家族、カップルなどの花火大会帰りっぽい人たちがたくさん。私もそのうちの一人だ。


『ジャッカルくん、テニス部の人たちと行くんだって。残念だねぇ』


うちのクラス、3年I組で、仲の良い人たちで花火大会に行こうって話が持ち上がった。私がジャッカルに思いを寄せていることを知っている友達が、すぐに誘ってくれたけど。ジャッカルには先約があったんだ。他の女子と比べ比較的仲は良いとはいえ、いちクラスメイトである私なんかじゃ絶対に越えられない壁である、テニス部との約束。

自分んちの最寄り駅の改札口で友達とは別れ、一人に。
外への階段を下りていく中、足にかなりの痛みを感じた。今日の服に合わせて今年買ったばかりのサンダルを履いたけど、靴擦れを起こして血が滲んでる。もうあとは家に帰るだけだけど、駅から少し歩くし…。


(コンビニで絆創膏買おう…)


ついでに喉も乾いたし、お茶も買おっと。階段を下りたちょうど右手にあるコンビニへ入った。

帰り道の人が多いのか、コンビニ店内はかなり混んでいたけど、なんとか絆創膏とお茶を買えた。外に出てさっそく足に絆創膏を貼り付ける。


「名字?」


ちょうど貼り終わったところで、頭上から私を呼ぶ声がした。顔を上げると、そこにいたのは。


「…ジャッカル!」

「よう、花火大会の帰りか?」

「うん!ジャッカルも?」

「おう。すげぇ人だったな」


一緒に行くことができなくて残念だったけど、偶然とはいえ、会うことができるなんて。…うれしい。途中まで帰る方向同じだし、これは一緒に帰れるんじゃ……。


「つーか、何してんだ?」

「え?」

「それ…、ケガしてんのか?」

「いやいやいや、ケガっていうか、ただの靴擦れね。大したことないよ」


大丈夫アピールをしつつ、急いでサンダルを履き直した。会えたのはうれしいけど、靴擦れはバレたくなかったなぁ。ダサいし。
ジャッカルは、「痛そうだな」と心配そうに呟いた。


「…あ、気にしないで。ほんと大丈夫だから」

「そうか?ならいいけどよ」

「うん。じゃあ、また新学期に」


ほんとは一緒に帰りたかったけど。ジャッカルのことだから靴擦れってわかって、歩くのめちゃくちゃ気遣ってくれそうだし、申し訳ない。そう思って手を振り、別れを切り出した。

でもジャッカルは、「は?」って反応を見せた。


「途中まで一緒なんだから一緒に帰ろうぜ」

「えっ」

「足痛そうだし、ゆっくり歩くからよ」


だからこそ先に帰ってほしかったんだけど…。でもジャッカルの、何の他意もない優しさに私の本心、一緒に帰りたいという気持ちが逆らえず。お言葉に甘えてゆっくりと一緒に帰ってもらうことにした。


「でよ、結局、ブン太も柳も赤也も最後まで合流しねぇし。真田は真田で、戻ってきたのが花火がちょうど終わったところで、幸村はカンカンだし」

「へぇ〜!柳くんも真田くんも、輪を乱すなんて珍しいね」

「まぁ、なんかいろいろあったんじゃねぇか?」


ジャッカルの話によると、今日は男女テニス部レギュラーたちで花火大会に行ったのに、切原くんは遅刻、その彼を迎えに行った柳くんも行方不明、丸井くんは女子とこっそり抜け出すし、真田くんも途中ではぐれてしまったとか。

思っていたテニス部のイベントとは、ちょっと違ったのかもしれないけど。ジャッカルはいい笑顔で、すごく楽しそうに話してくれた。
1年の頃から苦楽をともにした仲間と、最後の夏。きっといつ振り返っても、テニス部との素敵な思い出で溢れてるんだろうなぁ。


「…ん、どうした?なんか急に」

「え?」

「あ、もしかして足痛いのか?歩くペース速かったか?」

「や、違う違う!めちゃくちゃちょうどいいペース!」


急に私の元気がなくなったように見えたのかな。そんなつもりはなかったけど…、でもそう見えちゃったのかもな。

でもそれは足が痛いからじゃない。ジャッカルにとっては、テニス部が最高であり唯一なんだろうなって思ったら、切なくなって……。


「無理すんな。…そうだ」


まさか本音なんて言えるはずないと思っていたら、ジャッカルが私の目の前に背を向けしゃがみ込んだ。
…え、ちょっと待って。この体勢って。


「家までおぶってってやるよ。乗れ」

「ええ!?いやいやいや、大丈夫!」

「遠慮すんな。お前んちまでまだけっこうあるだろ」

「で、でも…!」

「ほら、早くしろ。帰るの遅くなったら親が心配するぜ」


こんな…こんなことって…!うれしいの?ラッキーなの?でも重いって思われたら?ちょっと汗かいちゃったし、汗臭いとか思われたら?

…でも、よく考えてみたら。確かに、ジャッカルにとってはテニス部とのことが一番の思い出かもしれないけど。
じゃあ、私にとっての思い出は?私にとって、今ここでジャッカルとの思い出ができたら。それは絶対、幸せなことだと。はっきり思う。


「……じゃ、じゃあ、お願いしよっかな」

「おう、任せとけ」


思い切って、でもできる限り丁寧にジャッカルの背中におぶさった。軽々と私を乗せたまま立ち上がり、さっきと変わらない歩調で歩き始めた。

いつ以来だろうなぁ、人におんぶしてもらうの。小学校低学年とか?覚えてないや。
記憶もないし、もちろんそのときの気分だったり感情だったり、おんぶ中に何をしてたのかとか、どんなことを考えていたのかも全然わからない。

でも今は……。背中、広いなぁとか。力持ちだなぁとか。体温あったかいなぁとか。優しいなぁとか。頭も肌もキレイだなぁとか。
ジャッカルは今何を考えてるんだろうとか。少しでも私のこと、頭の中にあるかなぁとか。
私はジャッカルが好きだなぁとか。たくさんたくさん、頭の中をぐるぐる回ってる。


「えーっと、ここを左だったよな?」

「……」

「おーい。もしかして寝てんのか?」


こんなに近い距離は初めてだし、これから先もないかもしれない。今日が終われば次会うのは新学期。また普通に仲良いだけの、ただのいちクラスメイトだ。
そう思ったら、今を離したくないって気持ちがこみ上げてきて。

少し体を離しつつ控えめに肩に乗せていた手を、ジャッカルの首にぐるっと回した。回して、ぎゅーっとした。くっついてる体から、ドキドキいってる心臓の音が伝わっちゃってるかも。ジャッカルの耳元で呼吸が響いてるかも。

何やってんの私。
それまで順調に進んできたジャッカルの足は、ピタッと止まった。


「……………」


怒られるかな。嫌われるかな。びっくりして振り落とされるかな。どんなことを言われるだろう。
今さらになって後悔がこみ上げてきた。ただのクラスメイトだって、自分自身が一番わかってたのに。

でもジャッカルは何も言わず。再び足を進めた。自然と私も腕を緩め、体を離す。


「……ごめん」


何も言われなかったら言われなかったで、それも辛いなって、感じて。後悔の気持ちも含めて、ひとり言のように呟いた。

聞かなかったことにしてくれてもいいかなって、一瞬思ったけど。ジャッカルはそんなことしないって、私はよくわかってる。


「なんだ、ごめんって」

「…今止まったでしょ。変なことしてごめん」

「なんで謝るんだよ。ちょっとびっくりしただけだ」


相変わらずジャッカルは順調に進んでいるけど、少し声がふわふわしている、気がする。


「…嫌じゃなかった?今の」

「なわけねぇだろ。むしろ…」

「むしろ?」

「…それは置いといてだな。とにかく、全然嫌じゃねぇ。ただし、物事には順序ってもんがあるだろ。俺としてはその辺はしっかりと…」

「順序って?」

「だから、そのー…」


質問攻めの私に対し、ジャッカルらしい誠実な物言いだ。これじゃみだりに抱きついた私が変態みたいじゃない。…そうなのかな。でもジャッカルのことが好き過ぎて。かっこいいだけじゃなくて、こんなふうにドギマギしてるとこもかわいくて。


「夏が終わったら言う。俺から、ちゃんとしたときにちゃんと言わせてくれ」

「何を?」

「…だから、夏の大会が終わったらな。なんつーか」

「……」

「大事にしたいんだよ」


そこまで言っておきながら、夏が終わるまでお預けなんてヘタレめ、そう言うのは簡単。でもなぜかそうは思わない。
ジャッカルにとって一番はテニスだ。それは当然のことだし、そこがジャッカルのかっこいいところでもあると思う。

そしてジャッカルは大事にしてくれようとしてる。それはきっと、私とのこと。彼いわく順序ってやつ。その上で時期は今じゃないと、思ってるんだろう。


「心変わりしちゃダメだよ、ジャッカル」

「…するかよ」


そんなうれしい言葉とともに、小さく小さく「バカ」と呟かれたので、さっき以上にぎゅーっと首を締めつけた。
苦しそうだったけど、そのあと笑ってくれたジャッカルのこと、やっぱり大好きだなぁと思った。


END
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