夏の夜風に乗せて


せっかくの浴衣に汗が滲むんじゃないかってほど。私は裾を捲りつつ走っていた。

なぜかって、それは待ち合わせに大大大遅刻しちゃったから。
今日は年に一度の花火大会。同じD組の女子たちで、みんなで浴衣着てこようって約束だったんだけど。うっかり昼寝が長引いちゃって、みんなには先に会場へ向かってもらってる。そして私はマリオもびっくりなダッシュで向かってるところ。

ようやく夜店の出ている通りにさしかかった。ここまで来たら、あとは確か東エリアの催し会場に迎えにきてくれるって話。よし、電話しよう。


「クソッ!なんスか、このチビ魚!」


走るのをやめ歩きながらスマホを取り出すと。並んだ夜店のうちの一つ、金魚すくいのお店に知ってる顔がいた。おまけになんだかめちゃくちゃ怒ってる。金魚に対して。


「おーい、赤也ー!」

「ん?……あ、名前!」

「偶然だねー!赤也も花火大会来てたの?」


金魚にご立腹だった男子は、同じクラスの赤也だった。近寄っていくと彼は立ち上がり、「ま、まぁそんなとこだな」なんて、言葉を濁した。

なんだか様子が変だなと思いつつ、ふと赤也の足元を見ると。…ポイがたくさん捨てられてた。ポイって。なんちゃって。
でもパッと見、赤也は1匹も持ってない。


「まさか全部失敗?」

「…苦手なんだよ、こういうの」

「じゃあやめればいいのに。金魚好きなの?」

「いーや?暇だからやってただけ」

「…暇?」

「あ、いや…」


なんで暇なんだろう。花火大会にきて、ただいま絶賛打ち上げ中で、そもそもきっと一人で来たわけでもないだろうに。

その不自然さをそろそろ吐きなさいと詰め寄ると、観念した赤也は、これまでの出来事を話してくれた。

どうやら午前練だけだった今日、テニス部レギュラーたちで花火大会に来たそうなんだけど、とりあえず赤也は昼寝が長引いちゃって遅刻したと。…やだ、私と一緒じゃん。で、待ち合わせ場所がよくわかんなくて迷ってたら、柳先輩と女テニの2年の子が迎えにきてくれたけど…。


「えっ、手繋いでた!?」

「そうそう。まぁ、俺の前に来たら離したけどよ。その前にバーッチリ俺、見ちゃったもんね」

「へぇ〜!付き合ってんの?その二人」

「知らね。でもよ、なーんか俺、邪魔じゃねぇかなって思って」

「うーん、まぁそれ聞く限りすごい邪魔臭かったろうね」

「な?だから、俺ちょっと用事思い出したっつって抜けてさ。で、とりあえず丸井先輩にLINEしたんだけど、“今取り込み中”って返事きたっきり」

「なんか丸井先輩も女子とどっか行ってそう」

「あの人なら有り得るよな。でさ、今行ってもどうせ幸村部長と真田副部長に叱られんじゃん?だからどーすっかなって、思ってたとこ」


遅刻したとはいえ、みんなで一緒に来た花火大会で散々に扱われる赤也が、ちょっと可哀想になった。
いつもなら柳先輩や丸井先輩が間に入ってくれたりするらしいけど、その二人は不在なわけだから…、赤也にとっちゃ居づらいイベントになっちゃったってことか。

赤也とは同じクラスで、最も仲がいい男子の一人だし。…うん、ほっとけない。


「じゃあさ、一緒に花火見ない?」

「へ?」

「って言っても、もうだいぶ始まってるけど」

「アンタは誰かと待ち合わせしてんじゃねーの?」


一応うちのクラスの女子6名での約束だったけど。そこに入るか聞くと、間髪入れずに「やだ」って言われた。…まぁそうか。私もクラスの男子の中に一人放り込まれるのは、絶対やだもん。


「じゃ、私と二人でどう?」

「えぇ!?」

「驚きすぎでしょ。せっかく来たんだし」

「名前と二人…?二人!?」

「…なによ、そんなに嫌なら別にいいよ」

「いや!違う!嫌ってことじゃねぇ!つまりだな、行く!」

「う、うん。行こう」


驚きすぎたりなんだか渋ってる空気もあった割に、ずいぶん力んで返事をした赤也。やっぱり変な雰囲気。
でも、小さな声で、「よっしゃ」って言ったのが聞こえた。喜んでくれてるってことだよね。

実は私こそ喜んでるんだけどね。なんでかな。なんだかわくわくする。
夏休み、花火大会、浴衣、夜、そして赤也と二人きり。特別感があって、ドキドキする。

友達にドタキャンの連絡を入れたところで、赤也が「いいこと思い出した!」って言い始めた。…なぜだろう、逆に嫌な予感がするのは。


「俺、穴場スポット知ってんだ」

「花火の?」

「ああ、すっげーよく見えるとこ!小学生んときに見つけた場所でさ。ちょっとついてこいよ」

「あ、待って!」


赤也はそう言うと、本来の花火大会会場とは真逆に走り出した。「早く早く!」って、仮にも浴衣の私を急かす急かす。なんとか遅れをとらないように、できる限りついていくと。

たどり着いたところは、方角的には花火がドンピシャで見れるであろう…、古ぼけたビル。


「えっ、ここ?」

「ああ。ここの非常階段の一番上に行くと、すっげーよく花火が見れるんだぜ。しかも誰もいないし」

「でもそれってまずくない?勝手に入るってことでしょ?」

「気にしない気にしない!どーせ誰もいやしねんだから!」

「えー…」

「んじゃ、先に行くぜ」

「あ、待ってよー!」


止めても止まってくれない赤也は、非常階段1階部分の横からよじ登った。そして中から鍵を開け「ほら、早く!」って、不法侵入じゃない?これ。
仕方ない。せめてこっそり入って見つからないようにしてよう。


「終わる時間何時だっけ?」

「えーっと、確か8時半じゃなかったかな?」

「まだ時間あんな。よかった」


3段ほど先を行く赤也は、一番上に着くまでに何度もこっちを振り向いていた。
「アンタが抜けがけで逃げないように!」なんて言ってたけど。振り向く度にこにこ楽しそうに笑うもんだから、いけないことをしている罪悪感よりも、さっき感じたドキドキがさらに強くなっていく気がする。


「よし、ここだ!」

「ふぅ、けっこう足にきたぁ…」

「へへっ、運動不足じゃねぇの?」

「そうかも。……あ!」


一旦中断タイムだったのか、しばらくの間花火の音が聞こえなかったけど。うちらが最上階に到着したところで、再び大きな花火が打ち上がった。


「ほんとにすごいよく見えるね!」

「だろ?ちょうど目の前に高い建物もねぇし」

「うわー、すごい!キレイだなぁ…」


最初は反対だったけど。今まで見たことないぐらい、キレイにはっきり見える花火に感動しちゃって。今はもしかしたら赤也より楽しんじゃってるかも。

そう思って隣の赤也を見ると。赤也は花火じゃなくて、私のことを見てたみたい。


「え、ど、どうしたの?」

「や、楽しんでるかなーって」

「う、うん。楽しんでるよ。ほんとにベストスポット」

「そっか。そりゃよかった」

「……」

「……」


あれ、なんか変な空気?変っていうか…、悪い空気ではないんだけど、いつもと違うっていうか、なんか……。

再びちらっと赤也を見ると、また赤也は私を見ていて。目が合うと、今度はふいっと逸らされた。
……なんだろう。いつもと違うの。胸が、すごくドキドキする。


「…なんか名前、いつもと違うな」

「え?」


それは私もたった今思ったところだった。赤也がいつもと違う。
でも、赤也じゃなくて、私が?


「浴衣、似合ってんじゃん」

「そ、そうかな…?」

「ああ。……か、かわいい」


その言葉に驚いて赤也を見ても、今度は私を見てなかった。花火も見てない。私と真逆方面の、どこか遠くを見ているような。

でもそれでよかった。だって赤也からの一撃で、私の顔、絶対赤いもん。…まぁ、周りは薄暗いけど。

さっき変な空気だって思ったけど、違った。全然変じゃない。むしろ、いい雰囲気。ちょっとくすぐったくて、なんだかほっぺたが緩んじゃう感じの。


「…あのさ、名前」

「…うん」

「ずっと言おうと思ってたこと、あるんだけど」


そっぽを向いていた赤也は、私に向き直りまっすぐ目を見つめた。
この雰囲気で、この赤也の真剣な顔。どんな言葉が繋がるんだろうと、ドキドキがもっともっと高まる。…………けど。


「おい、君ら!勝手に忍び込んだな!どこの学校だ!」


突然最上階フロアから、見知らぬおじさんの声が響いた。顔を見合わせ、お互い「やばい…」と呟いた。そう、ほんとにやばい。

何がやばいって、補導だとか学校の先生に怒られるのとかもほんとやばいけど。
たぶん赤也の頭の中は今、テニス部の諸先輩方の顔(特に部長副部長)でいっぱいだろう。失神しそうだ。


「…逃げよう」

「は?」


私の言葉に驚いたのか、赤也は一瞬ぽかんとしたけど。申し訳ないけどもう道は一つしかない。
赤也の手を掴んで、勢いよく階段を駆け下りた。「待て!」というおじさんの怒声が聞こえてきたけど、もう止まるわけにはいかない。ほんとにごめんなさい!二度と忍び込みませんので!

無事ビルから出ることに成功したけど、そこからもとにかく走った。花火客に紛れちゃえばきっと大丈夫。
その間、ずっと赤也と手を繋いでいた。最初は私が手首辺りを掴んでいただけだったけど、いつの間にか赤也も私の手を握り返していた。


「はぁ…はぁ…、そ、そろそろ大丈夫かな?」

「あ、ああ…、もういいだろ」


最初に赤也と出くわしたところよりもさらに会場より、人混み溢れる場所で、ようやく止まった。
もうすぐ花火が終わりそうなのか、人の流れが逆の、駅方面へと向かっている。その流れから外れるように、道の端っこに寄った。

そしてお互い顔を見合わせ、プッと吹き出したのを皮切りに、しばらく大きく笑い合った。


「やばかったね!」

「やばかったぁ!ダメかと思ったぜ!」

「赤也、めっちゃ青ざめた顔してたよ!」

「そりゃそうだろ!テニス部の先輩たちにバレたら、俺もう死ぬしかねぇじゃん!」

「あははは!」


いけないことをしたのは事実。だけど、なぜか爽快感があった。いろんな意味でのドキドキも。
きっと赤也と一緒だったから。


「なぁ」

「うん?」

「さ、さっきの話の続きだけどよ」


走ったせいでたくさん汗をかいちゃった。それは赤也も一緒だった。今もずっと繋ぎっぱなしの手にも、ほんの少しだけ汗が滲んでる気がする。
そこにふんわりと風が吹いた。夏にしてはまだ涼しい風。


「大会終わるまでは休みも何もないんだけど。そのー、それ終わったらさ」

「うん」

「二人でどっか、遊びに行こうぜ。名前の好きなとこ、どこでもいいから」

「…うん!」

「いいか、二人で、だからな?いい?そこすっげー重要だからな?」

「もちろん!…赤也と、デートしたい」


そう伝えると今度は、「ぅよっしゃー!」と大きな声でガッツポーズをした赤也。

それがおかしくて、かわいくて、ドキドキして。
また吹いた夏の夜風にも、このほっぺたは冷まされることはないだろう。


END
※ビルやマンションの無断立ち入りはダメです
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