煌めきだす世界


右手にかき氷、左手にイカの丸焼き。組み合わせとしては悪過ぎではある私の好物を持ち、少し頬を緩めながら足を速めた。
今日は夏休みで、遊びに来ていたいとこのお姉ちゃんと花火大会に来た。そのお姉ちゃんが場所取りをしてくれてる。もうすぐ花火も始まるし、急がないと…。


「…あれ?」


でも、いくら探してもその場所を見つけられない。…えっと、確か、トイレの場所から30歩ぐらい右に行って、そこから内側に10歩ぐらいだったよね。あれ、20歩だったっけ?わかんなくなってきた。


「ねぇねぇ、道迷ってんの?」


とりあえずお姉ちゃんに電話しようと思ってポケットからスマホを出したい、けど、両手塞がっててどうしようと思っていたら。
知らない男の人に声をかけられた。二人組の、私より3つ4つ年上ぐらい。


「キミ中学生?さっきからこの辺ウロウロしてんじゃん?」

「よかったら案内してあげよっか?」


全体的に語尾を上げ気味な話し方で、あまり好きな雰囲気の男性ではない。案内してくれなくてもいいんだけど……そうだ。


「あの、案内はいいんで、ちょっとだけかき氷持っててくれませんか?」

「え?」

「ちょっと今、手が塞がってて…」


その隙にお姉ちゃんに電話しようと思って。後ろポケットをその人たちに見せ、スマホがあることをアピールした。

するとその二人は顔を見合わせ、ニヤッと怪しげに笑う。


「じゃあ取ってあげるよ」


そう言って、片方がかき氷ではなく私のスマホを勝手に取り出した。


「ちょ、ちょっと、何するんですか!」

「俺たち暇だからさ、一緒に遊んでほしいんだよね」

「私は忙しいんですけど。それ返してください!」

「いいじゃん」

「遊ぶまで返さねーから」


ど、どうしよう…!周りに人はたくさんいるけど、大半が気づいてないし、ちらっと見て目をそらす人もいる。どうしよう…!


「おい、貴様ら!」


これはかき氷を捨てて立ち向かうしかないのかと(イカの丸焼きのほうが好き)思っていたら、後ろから何となく聞き覚えのある怒声がした。


「何をしている!」

「はぁ?誰だよてめ」

「何をしていると言っているんだ!その携帯電話はこいつの物だろう!」


スマホを携帯電話とか言っちゃったり、貴様らとかこいつ呼ばわりとか、いろいろツッコミどころはあったけど。

めちゃくちゃ声張ってるおかげで、周りの人たちも気づかないわけはなかった。ざわざわと騒がれ出す。


「返してもらうぞ!」

「チッ、うっせーやつだな。行こうぜ」


ほらよ、と乱暴に私のスマホは投げられ、助けてくれたヒーロー、もとい、真田の手に収まった。…片手でキャッチするのはすごいけど、もうちょっと慎重に受け取ってほしかった。


「大丈夫か」

「うん」

「ケガはないか?」

「ないよ。ていうか、なんで真田がここに?」


ありがとうってすぐに言わなきゃいけなかったけど…なんだか恥ずかしさがあって。休みの日に会うこともそうだし、こんな変な現場を見られたこともそうだし。
あと、なんでここにいるのか、それが気になっちゃって。真田とは去年から同じクラスで、なんやかんやと親しいほうではある。だからこそ思うのが、真田に花火大会なんてチャラついたもの、似合わないなぁって。


「部の連中と来ているのだ。今は各自食糧を調達に行っているところでな」

「…ふーん、テニス部か」

「ところで、お前こそ何をしている?」

「え、私は…」


いとこのお姉ちゃんと来てて、覚えていた戻り方が違ったみたいで迷ってて、お姉ちゃんに電話するにしても手が塞がってて、さっき声かけられた人にちょっとかき氷を持っててもらおうとして……と、そこまで言う前に、真田の顔は般若みたいに怒りに満ち満ちた表情へと変わっていた。


「お前は…、たるんどる!」

「…しょうがないじゃん。方向音痴なんだから」

「そのことではない。まず、両手が塞がるまで買い込むなど愚の骨頂だ。転んだ時はどうする?受け身さえ取れんぞ!」

「受け身て。子どもじゃないからそうそう転ばないよ」

「二つ目に、名も顔も知らぬ男子に易々と頼み事をするな。現に誘拐寸前の危機的状況であっただろう!」

「すぐにお姉ちゃんに電話しようと思ったんだって。そしたら大丈夫だって、思っ…」


もう、なんで夏休みにまで真田に説教されなきゃなんないんだか。いつもいつもえらそうにして。

でも、ほんとはちゃんとわかってる。私がいけなかった。軽率過ぎた。こうやって真田に助けてもらわなかったら、もしかしたらほんとに誘拐されてたかも。夏休みのその手の事件は毎年後を絶たない。今になって膝が少し震えている。


「…貸せ。その氷」

「……」

「早く従姉妹に場所を聞くんだな」


俯いた私に、真田は手を差し出した。お言葉に甘えて、かき氷を差し出す。
その手はやっぱり少し震えちゃってて。誤魔化すために、勝手に食べないでねと言うと、「バカもんが」と、言葉とは裏腹に優しく言われた。


「……うん。西?」

「……」

「…わかった。ちょっと看板探してみるね」


お姉ちゃんに電話したところ、どうやら我々のエリアは西エリアらしく、そのトイレ付近で待っててくれると言う。とりあえず看板を探そうと、真田からかき氷を受け取りバイバイしようとしたところ。

その真田は、めちゃくちゃしかめっ面だった。まぁいつも眉間に皺寄せてるけど、今は一段と皺が深くなってる。


「ここは東エリアだが」

「え」

「西エリアとなるとかなり離れているぞ」


もしかして、自分で思っていたよりも遠くに来ちゃったのかな。もしかして、お姉ちゃんとこに戻るつもりがさらに逆方向に行っちゃったかな。…有り得る。
そんな私の頭の中がはっきりと伝わったかのように、真田は大きくため息をついた。どうせ、困ったやつだとでも思ってるんだろう。


「と、とにかく、西なら西に進むんで。大丈夫!」


というわけでかき氷を受け取ろうと手を差し出すも、真田はなかなか渡してくれない。まさか助けた報酬としてそのかき氷を……や、嘘です。

わかるんだ、真田のことは。うるさいし、鬱陶しいけど。誰よりも優しいって。あと…。


「さっさと西エリアに行くぞ」

「でも…」

「以前にも言ったことがあるがな。お前は、自分が女子だということをもっと自覚しろ」

「……」

「先程もあの二人組に立ち向かおうとしたな。そういうことはやめろ」


あと、私のことを女子だと、めちゃくちゃ強調する。今みたいに。
確かに前も言われた気がする。女子としての自覚を持てって。そのときは真田の前でなんかすっ転んで、パンツ見えちゃったのにヘラヘラしてたときだっけ。

そのせいかな、真田といると、やけに自分は女子なんだなって思うんだ。真田が男らしすぎるせいかもしれない。…まぁ、自覚が足りないみたいに言われるけど。

頷いて、そのまま二人で西エリアのほうへ向かった。
そして歩いている途中、ちょうど花火の打ち上がる音がしたから、前をずんずん進む真田の背中をぽんぽん叩いた。


「真田、花火!」

「ん?…おお」


立ち止まり、ともに空を見上げた。開幕時だからか、それはそれは派手に打ち上げられる花火。観覧席ではないけど、ここからでも十分見られる。…そうだ。


「ちょっと待って」


スマホのカメラを起動し、次々と打ち上がる花火に向けた。そして1枚パシャリ。


「見て見て」

「ほう、随分と綺麗に写るのだな。昨今の携帯電話は」

「えへへ〜、夏休みに入ってから新しく買ってもらったんだ!このスマホ」


新しいスマホなだけに、めちゃくちゃきれいに撮れた。あと、この時間に撮るってことが重要。

なんでかって。真田といた時間だから。さすがに真田とツーショは撮れないし、単体でも撮らせてくれないだろうし。でも何かしら痕跡がほしかった。後日写真フォルダを見返したときに、ああこのときは真田と一緒だったなーなんて。
……別に一緒だったからどうってわけでもないけど。

ふと、真田にじっと見られていることに気づいた。しかもなんだか、うっすら笑ってるような。


「…なに?」

「いや。安心した」

「え?」

「…さっきはキツく言い過ぎてしまった。そのせいでお前の元気がなくなったように見えてな、その……無論、お前が女子らしくないわけではないぞ。わかるな?」

「……」

「とにかく、ようやくお前らしくなったな。よかった」


そう満足げに真田は言うけど。たとえ元気がなくなったように見えてたとしても、それは真田のせいじゃないし。百歩譲ってそうだとしても、私が悪いんだし。

でも、らしくなくうれしそうな真田を見て、なんかいっぱいいっぱいになって、私らしい反論ができない。


「真田」

「む?」

「…今日はありがとう」

「…あ、ああ、別に大したことではない」

「助けてくれて、うれしかったよ」


こんなふうに素直にお礼を言ったことなんてなかったかもしれない。真田もびっくりしたのか、直球で言われて恥ずかしいのか、そわそわしてる。

そのそわそわに胸がギューッとする。
…そっか。真田といるとき、なんで自分がやけに女子なんだなって思うのか。真田が男らしすぎるから、私を女子扱いしてくれるから、それだけじゃない。

真田の前だから。私の中の女の子が出てくる。


「…は、早く行こう。西エリアに連れてってくれるんでしょ!」


空いてるほうの手で、思い切って真田の手を掴んだ。そしてそのまま今度は私が前を歩き、ずんずん進む。
恥ずかしくて、ある意味怖くて、真田の顔は振り返れない。どんな顔してるかな。どんなこと思ってるのかな。

わからない。けど、真田は何も言わずに、私の手をぎゅっと握り返してくれた。なんなら私よりも強く、しっかりと。


「はぐれるんじゃないぞ」


そう言いながらあっさりと私を追い越し、今度はリードしてくれた。振り向きそうもないし、顔は見れないけど。がっちりした背中に頼もしさと、包まれる手に優しさを感じて。

私は自分のこの気持ちを、初めて自覚した。そんな夏の日。


END
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