恋宵の夢


「お、ヒロシ?」


ジャッカルが私の後ろのほうに目を向けそう呟いた。振り返ると、確かに柳生くんがこっちに来ていた。


「仁王たちと行ったんじゃなかったのか?」

「ええ、それがあちらは二人で十分とのことでして、私はこちらに来ました」


にこっと爽やかに微笑みながら、柳生くんは答えた。

今日は男女テニス部レギュラーで花火大会に来ていて、観覧の場所取りも完了した今は、食べ物をそれぞれ調達に行っている。

私は女子部のダブルスペアの子と、ここにいる男子部のジャッカルとで焼きそばやたこ焼きを買いに来ていた。
一方柳生くんは、仁王たちと別方向に行ったはずだったけど…。


「ねぇねぇ、柳生くん」


前後に二人ずつ、私は柳生くんと並んで歩いた。そこで、前の二人には聞こえないように(騒がしいから大丈夫かな)、こそっと柳生くんに気になったことを聞いてみた。


「あの二人、うまくいきそう?」

「え?」

「あっちの二人。仁王と…」

「ああ、あちらの」


すると柳生くんは、私の言わんとすることがわかったらしく、ははっと笑った。


「どうでしょうね?」

「だから抜けて来たんじゃないの?」

「さぁ?それはご想像にお任せしますよ」

「えー!」


残念がる私を見て、またも柳生くんはおかしそうに笑う。これはしつこく聞いてもはっきり正解を教えてくれなさそうだ。優しいけど、それ以上に誠実な柳生くんは、友達の秘密事項を吐くわけがない。親友の仁王のことなら尚更だろう。

ちょっとお堅いけど。チャラチャラしていない柳生くんは、すごくかっこいいなぁって思う。これが恋なのかどうか、自分でもまだはっきり断言できないけど。
ただ一つ言えることは、憧れの人であることは間違いないということ。他のどの男子よりも素敵だということ。

そんなことを深々と思っていると、柳生くんが私のことをじっと見ていると気づいた。


「ん、どうかした?」

「あ、いえ、その…」

「?」

「名字さんは仁王君と仲が良いですよね。同じB組ですし、よくしゃべってますし」


仲が良い…まあ、いいと言えばいいかな。というかB組自体が仲良しっていうか、だからブン太とも仲が良いと言えるけど。
ただ、仁王とはブン太よりも二人で話す機会が多い。…あ、まさか。


「実はそのことで…」

「もしかして、私が仁王のこと…って思ってる?」

「…はい?」

「仁王のこと好きなんじゃ、とかって」


他のクラスの人によく言われるんだ。確か、二人きりで屋上で話してたことがあって、それからたまに噂されるようになってしまった。まぁ同じB組だったら、私が仁王を好きだなんて絶対思わないほど彼のことは雑に扱ってるんだけど。

ただそれは、私としてはけっこう困る話だった。うちの女子部には仁王のことを好きな子がいるし、仁王の好きな人もたぶんその子だから。たぶんね。
ついでに、私が柳生くん推しだということは他の部員は知らないけど、仁王だけは知ってる。さり気なくのつもりで、彼女いるのかとか好きな食べ物とか聞いたら、即バレちゃった。


「よく言われるんだけどね、全然違うんだよ」

「……」

「だから、あの二人の邪魔にもならないんだよね。安心してよ」


柳生くんはもしかしてそのことを心配してるのかなって思った。仁王は親友なわけだし、うまくいってほしいってきっと思ってるし。

あーよかった、なんて柳生くんもホッとしてくれるかなって思って、顔色を窺うと。
むしろ逆に、なんだか困惑した表情を見せた。でもそれはほんのわずかな間で、すぐに消えたけど。


「…あ、ああ、そうなんですね。それは失礼しました」

「…?」


なんだか変なリアクションだなぁと思った。思ったけど、なかなかつっこめなくて。それからしばらく、うちらの間には沈黙が流れた。

ふと、柳生くんが立ち止まった。


「柳生くん?」

「あれ、名字さんの好きなキャラクターでしたよね」


柳生くんが指さした先は、射的で景品を落とすお店。そこに並んだ景品には、確かに私の好きなキャラクターのぬいぐるみが置いてあった。


「うんうん!大好きなの!…かわいいなぁ」

「やはりそうでしたか。それなら」

「?」

「ジャッカル君。少し寄り道をさせてください」


柳生くんは前を行くジャッカルにそう声をかけた。え?と思ったら、なんと柳生くんは射的屋さんに寄りたいからって。ちょうど、ちょっと行った先に焼きそば屋さんを見つけたところだったので、ジャッカルたちはそっちに行くことになった。


「あの、柳生くん…」

「お任せください。射的のコツは仁王君に習ったので」


そう自信満々に笑った柳生くんは、射的屋さんのおじさんにお金を渡した。

…そうじゃなくて。そんな、私が好きだからってわざわざ取ってくれるってことに、すごく驚いてる。同時に、めちゃくちゃうれしくて。狙いを澄ませる柳生くんの視線が、いつもの穏やかな雰囲気とは違って鋭くて、ドキドキする。

そういえば、なんで柳生くんは私があれを好きだって知ってるんだろう。


「…!」


そんなことを考えていると、宣言通り柳生くんは2発目で狙いのぬいぐるみを見事落とした。


「わぁ!すごい!」

「フフッ、やりました」

「やった!すごいよ柳生くん!やったぁ!」


うれしさと立海らしい見事な勝利に興奮して、ついつい……ハグを求めてしまった。いつもダブルスペアの子とやってるの。ゲーム取ったときに、両手を広げて駆け寄るの。
やってから、しまった…!と気づいて。やばいって思った。

でも柳生くんは優しく笑いながら、そっとハグに応えてくれた。けしてぎゅっとするようなものではなく、ほんとにふんわりと、私の背中に手を回してくれたんだ。
…対して私は、自分から求めたくせに体が固まっちゃって。何やってんだろ。

たったの2秒ほど。でも、私にとってはとてもとても永く感じた。ドキドキして、熱くなって、なぜか息苦しさもあって、とにかく詰め込まれたこの瞬間。


「ご、ごめん!つい…」

「いえいえ。喜んでもらえてうれしいです」


そんな私とは対照的に、柳生くんはまったく動揺していないように見えた。
そして射的屋さんのおじさんから景品を受け取り、そのまま私にくれた。


「ほ、ほんとにすごいね!」

「仁王君に変装することもあるので、彼の特技は一通りマスターさせられるんですよ」

「へぇ、そうなんだ。…そういえば、なんで知ってたの?」

「え?」

「これ、私が好きだって」

「ああ、それは以前………はっ」


そこまで言ってから、柳生くんは、「しまった…!」と呟き、すごく狼狽えた様子を見せた。珍しい気がする、こんな柳生くん。


「以前に?なに?」

「い、いえ…その…」

「なになに、気になる!」

「……実は先程も言おうと思っていたのですが」


追及する私から逃れられないと思ったのか、柳生くんは理由を話してくれた。でもその理由はとんでもない話だった。

知っての通り、柳生くんと仁王はたまに入れ替わる。テニスをしているときだけでなく、たまに普段の生活でも入れ替わるそう。…ここまでは冷静に聞いていられた、けど。


「…私が仁王君になっていたときに、名字さんとお話する機会がけっこうありましてね」

「……」

「名字さんは気づいていなかったようですが…、その」

「……」

「度々、込み入った話を、させてもらったというか」


とてもとても柳生くんは言いにくそうに、かつ、照れ臭そうにしている。
私が仁王と話す込み入った話題なんて、一つしかない。


「……つまり、柳生くんのこと、かっこいいとか憧れの人だとか言ってた?私?」

「まぁ、そのようなことを」

「うわあああ!!」

「だ、大丈夫ですか!名字さん…!」


その通り憧れの人である柳生くんを前に、叫んで頭を抱えてしゃがみ込んだ。最悪だ最悪だ最悪だ…!まさか柳生くん本人に言っちゃってたとは!二人が入れ替わってるのは知ってたのに!私のバカバカ!!

なんかもう息止めて死にたくなった私の前に、柳生くんもしゃがみ込んだ。


「すみません。騙していて。申し訳ない」

「いや、私がうっかり者なだけだから……」

「…最初は、このまま黙っていようと思ってたんですが。でも」

「……」

「仁王君の姿とはいえ、名字さんと仲良くさせてもらっていくうちに…、私自身に聞かせてほしくなってしまって」


何を、と思って顔を上げると。いつも見ている、落ち着きのある柔和な笑顔の柳生くんと違って。

さっきの射的のとき以上に、真剣な顔だった。真剣なだけじゃなく、彼の心臓の音まで聞こえてきそうなほどの緊張感もある。


「冗談だったのなら忘れます」

「……」

「でももし、本当なら……」


本当なら……?
続く言葉を待つ間は、きっとほんの一瞬だけど、時間が止まったように感じた。呼吸もドキドキも周りの雑音もすべて消え去ったようで。ただ眼鏡の奥で私を見つめる、きれいな瞳に吸い込まれそうだった。


「あ、花火始まったよ!」

「急ごー!」


それが破られたのは、周りの人の声だった。その言葉とともに、花火の打ち上がる音が次々と聞こえてくる。


「始まってしまいましたね」


先に立ち上がったのは柳生くん。続いて立ち上がった私は、立ちくらみか少しよろけてしまったけど、柳生くんはすぐさま支えてくれた。


「あ、ありがとう」

「いえいえ。…ジャッカル君たちもちょうど会計中のようですね」


その言葉通り、少し先にいるジャッカルたちがお財布からお金を出しているところだった。…やばい、射的やっただけで何も買ってないようちら。

「ではあちらに向かいましょうか」と言い、柳生くんが歩き出した。
その腕を無意識に掴んだ。


「続き、いつか話してくれる?」


さっきの話は、私にとってはものすごく恥ずかしいものだったけど。
でももしかしてって。期待しちゃうには十分なほど、柳生くんはまっすぐ私を見つめてくれていたから。


「もちろん。日を改めて」


少し恥ずかしそうに笑った柳生くんは、いつもの落ち着き払った雰囲気よりもずっとずっと、かっこよかった。

人混みをかき分け柳生くんと歩きながら、さっきの話の続きを夢見て。それからずっとドキドキしっぱなしだった。


END
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