喧騒に紛れて
今日は男女テニス部のレギュラーたちで、年に一度の花火大会に来ている。私ら3年は今年で最後の夏だからと、うちの後輩が企画してくれたんだ。
でも、その企画はどうやら崩れつつある。
「まったく、丸井達はどこへ行ったんだ!どいつもこいつも…」
そう憤慨するのは真田。怒るほどではないけど、まぁそう言いたくなる状況ではある…かな。
事の始まりは待ち合わせ時に遡る。男子部の2年が遅刻した挙句迷ったとかで、うちの後輩が探しに行き、さらにそれを柳が追いかけて行った。なんで柳が?とは思ったけど、「参謀が慌てるとは珍しいのう」という楽しそうに呟く声が横から聞こえてきたので、何となく察した。
じゃあ残りのみんなで先に場所取り行こうかって、本会場に向かったんだけど、その途中、やたら夜店に寄りたがっていた丸井がいなくなった。同時に女子部も一人行方不明。…まぁその二人はまだ付き合ってないとはいえ、「時間の問題じゃな」って話だったし、今頃イチャついてるんだろう。
「買えたか?フライドポテト」
「うん。仁王は…、何その袋?」
「唐揚げ。おまけもたくさんくれてのう。袋にまで入れてくれたぜよ」
「へー。…おばさん?」
「って言ったら怒りそうなタイプじゃったき、お姉さんって呼んだらおまけくれた」
なるほど。仁王はもちろん同年代にもモテるけど、年上のおばさんとかお姉さんにもモテる。飄々としてるけど頭の回転が速いから、瞬時に気の利いたことも言えるんだろうな。
…あーなんか、フツフツと湧き上がってきた。些細なことなのに。
「…じゃ、みんなのとこ戻ろっか」
「おう。ポテト、こっちに入れるか?」
「や、大丈夫」
一旦みんなで場所を確保したあと、それぞれ食料を調達してくることになった。私は柳生と仁王の3人で向かったはずだけど、いつの間にか仁王との二人きりになっていた。「柳生はジャッカルたちのほうに行ったぜよ」とのことだけど。
ただ、私は仁王との二人きりはちょっと避けたかった。だからお互い別の物(向かいの店だけど)を買ってこようって提案して、実際買ってきて今に至る。
「わ、すごい人…!」
「…これはさすがに通れんのう」
来た道を戻ろうとするも、何に並んでいるのか人がぎゅうぎゅうで前に進めない。この先はうちらも観覧場所として選んだけど、無料の中では最もひらけていて花火を見やすいエリアなんだ。
しばらくここでこの人混みが流れるのを待つしかない。
…と、ここで花火が打ち上がってしまった。
「始まっちゃったね…」
「戻れるんか?これ」
仁王の言う通り、これはみんなの元へ戻れるのか疑問だ。花火が始まったことで余計に周りの人の足が止まってしまう。…どうしよう。うちらまで幸村と真田に怒られちゃう。そう内心困っていたら。
ぎゅっと、後ろから腰辺りに腕が回され抱きつかれた。恐る恐る後ろを見上げると、彼にしては珍しく、にこーっとかわいらしい笑顔で。
…ああ、これは完全に“二人のときモード”だわ。
「…あのね仁王」
「ん?」
「ん?じゃないよ、何してんの」
「名前が拗ねとるみたいじゃき、機嫌とらんと」
「拗ね…拗ねてませんけど!おばさんとのやりとりなんて別に…」
「はは、わかりやすいのう」
「……。ていうか誰かに見られたらどうすんの?」
「誰も見とらんよ。みんな花火に夢中じゃ」
さらにぎゅーっとしつつ、「俺は名前に夢中」と言った。ウマイ!とか、いつもなら言ってるかもだけど。正直気が気じゃない。確かに周りの人は花火に夢中だし、うちらのことを見たとしても、イチャついてるなって思われるだけだけど。
じゃなくて“みんな”よ、“みんな”。テニス部の。
だってうちら、私と仁王は、みんなに内緒で付き合ってるから。一応、ずっと前から私が仁王を好きなことは女子部みんな知ってるけど、大会中で士気も上がってるし、引退するまでは内緒のつもり。
つまり、こんな光景を見られたら大変ってこと。だから仁王との二人きりは避けたかったんだ。こうなりそうだったし。
「そもそも今日は二人で来る約束だったじゃろ。これぐらいはしたい」
「……」
「穴場スポット調べとったのにのう。カップルだらけの」
「…だってしょうがないじゃん。かわいい後輩がさ、先輩たちとの思い出作りたいって」
「まぁ気持ちはわからんこともないが。俺との思い出も必要じゃろ」
「おまけにさ、“これを機に名前先輩と仁王先輩がうまくいってほしいんです!”って、目キラキラ輝かせながら言うんだよ?断れないでしょ?」
「……」
仁王は無言になり、はぁ、と軽いため息をついた。これはイラつきを通り越して呆れた感じかな。
確かに最初約束してたのは仁王なわけだし、私だって仁王との思い出も作りたいし、申し訳なさも葛藤もすごくあった。でも……。
「…ごめんね」
ポテト持ってるから片手だけど、回されてる仁王の手に重ねた。
すると仁王は小さく笑って、私の後ろ頭にたぶん、キスしてくれた。なんかあったかくて柔らかいのが触れたから。
「別に謝る必要はないぜよ」
「なんかブツブツ言ってたじゃん」
「構ってほしかっただけ」
そう言いながら私の手を握りつつ、またぎゅっと腰回りの腕を締め直した。
仁王の手には唐揚げ入りのビニール袋がぶら下がってて、ああ、袋に入れてもらって正解だったなぁなんて思っ………あれ?もしかしてこれをやりたいがために袋に入れてもらったのかな。片手を塞がれないように。有り得るなぁ。
熱くて、暑くて、背中にじんわり汗をかいてきた気がする。
「ね、暑いから一旦離れない?」
「くっついたまま涼むって手もあるぜよ」
「涼む?」
「このまま二人でどっちかの家行ってそれ脱ぐ」
仁王の言う“それ”とは浴衣のことだろう。超絶不器用なうちの母親がどんだけ苦労してこの浴衣を着せてくれたと思ってるのかね、仁王くん。ちなみに、部のみんなには二人のこと内緒だけど、だからこそ家デートが多くお互いよく行くので、家族公認ではある。
「却下です」
「つれないのう」
「これ以上人消えたらテニス部崩壊の危機だよ。真田とか二度と一緒に遊びに行ってくれないよ」
「確かに。まったく、参謀とブン太は早い者勝ちで得したのう」
おっしゃる通りです。まさか企画してくれたうちの後輩が真っ先に抜けるとは思わなかったけど。まぁそれは置いといて。
そこでようやく、目の前の人混みが流れていくようになった。
「よかったー、やっと進んだ。早く戻らないと…」
「名前」
「ん?」
腰回りの腕は解かれ、さぁ進もうかと言うところで仁王に呼ばれてくるりと振り返ると。
チュッと、今度は唇にやられた。
「今日はこれで勘弁してやるかの」
「…もー」
「さてさて、行くぜよ」
「今ので唇にリップついたよ」
「とって」
「…はいはい」
少し屈んで顔を寄せ、彼女に唇を拭ってもらう仁王のこの姿は、表の顔を知ってる人にはおよそ想像もつかないものだろう。
そう、私だけの、特別で秘密の顔なんだ。
「今度は二人で東京の花火大会でも行こっか?」
「おう、行きたいのう」
みんなの姿が見えるまで、たとえわずかな時間でも。人混みに隠しつつ、私と仁王は手を繋いでいた。
END
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