ふわふわあまい


「じゃあ俺たちは先に向かって場所取りでもしておこうか」


そう切り出したのは幸村。窺うように周りを見渡すと、私をはじめみんなが同意した。
みんなというのは、男子テニス部女子テニス部レギュラー全員のこと。
今日は、毎年恒例の花火大会の日。一緒に戦ってきたレギュラー陣で最後の花火大会へ行きたいですと、女子部レギュラーのかわいいかわいい後輩が企画してくれたんだ。

そして今は、待ち合わせに遅れて迷子になった切原を、柳たちが探しにいってくれたところ。これからますます人も多くなるし、場所もどんどんなくなるだろう。ここで待つより先に行って、柳たちに追っかけて来てもらったほうがよさそうだ。

…にしても、花火大会。最初企画を聞いたときは、もしも万が一ブン太だけ、「俺約束あるから行けない」とかって断ったりしたらどうしようって思ったけど。


「今日あっちーなぁ。喉乾いた。ジュース買いに行ってくんない?ジャッカル」

「行くかよ!もうすぐ夜店が出てる通りに着くから我慢しろ」

「あちー」


来てくれてほんとによかった。素敵な夏の思い出になるに違いない。なんて素晴らしい後輩を持ったんだろうね、私たちは。

ただ、暑いし人混みだしたぶん空腹だしで、ジャッカルと並んで前を歩くブン太は、ちょっと機嫌が悪そう。
…いつもはもっと私に絡みにきてくれるんだけどな。


「おお!食いもん屋いっぱい!わたあめ食いたい!」


その機嫌が悪そうだったブン太は、しばらくして夜店の並ぶ通りに着くと、一気にテンションが上がったようで歓喜の声をあげた。…ていうかわたあめって、さっき喉乾いたって言ってなかったっけ。真逆だけど。


「ブン太、買うのはあとだよ」

「え!?」

「場所取りをせねば、先に来た意味がないだろう」

「ええええ!」


先頭を歩く幸村と真田にそう言われ、らんらんと舞い上がりかけたブン太の心は、今度は一気に地の底へと沈んだようだった。「わたあめ…俺のわたあめ」と呟きながら。
…可哀想だけど、幸村と真田がそう言ってるんなら仕方ない。平部員の私は逆らえない。


そこから少し歩いたところで、ふと、前を歩いていたはずのブン太が消えていることに気づいた。あれ?っと思った瞬間。
突然、後ろから腕をぐいっと引っ張られた。振り向くと、私を引っ張ったのはなんと消えていたブン太。驚く私にシーッと合図をして、そのままみんなや周りの人の流れとは逆に進んだ。


「え、あの、ブン太?どこに…」


いつの間にか人がさらに増えてて、ちょっとの距離を逆流しただけでたくさんの人とぶつかってしまった。私の腕を掴んだままのブン太もあちこちぶつかってるけど、怯むことなく一直線に進んだ先は……。
うん、何となく察しはついたけど。


「一緒にわたあめ食おうぜ!」


目的地だろう、さっき通り過ぎたわたあめ屋さんの前に着き、ようやくブン太は私の顔を見てにっこりと笑った。

この笑顔に私はいつだって元気をもらえるし、ドキドキときめくし。
逆にまれに、面倒事に巻き込まれることもある。


「食べるのはいいけど…、抜けるって幸村たちに言った?」

「や、言ってない」

「えぇ!?大丈夫なの!?」

「だって、バカ正直に言ったらダメって言われるだろい」

「でも、勝手に抜けたことバレたほうが怒られるんじゃ…」

「平気平気。お前がいるし!」


自信満々に笑ったブン太の言いたいことは、何となくわかる。ブン太一人、もしくはジャッカルと一緒であっても、きっと幸村と真田から容赦ない説教が飛んでくるだろう。
でも、女子部である私なら。正確には、“私が食べたいって言った”とでも言えば、おそらく二人ともさほど怒ることはないだろうと。

…なんだろう、この利用されてる感。でもまぁいっか。
どんな理由だとしても、今ブン太と二人きりでいられるんだから。逆に楽しんじゃおう!


「おっちゃーん、わたあめ1個!」


上機嫌にわたあめを注文したブン太の横で、スマホを構える。そしてわたあめを受け取ったところで「ブン太ー」と呼びかけると、アイドル顔負けの笑顔とピースで、わたあめとともに画面に収まってくれた。…ふふ、一生の宝物にしよう。


「さーて、食うか!ちゃんとお前にもやるからな」

「うん!じゃあみんなを追いかけよっか」

「あ、ちょっと待ってくれ。俺も」


お店の前から花火会場へ向かう人の流れに乗り込もうとすると、ブン太に引き止められた。
俺もって、何かと思ったら。ブン太もスマホを出して私に向かって構えた。


「せっかく浴衣だしさ。記念に」

「え…!」

「これ持って、わたあめ。撮るぞー」

「は、はい!」

「ははっ、なに緊張してんの」


そりゃあ緊張しちゃうでしょう…!ブン太のスマホに私の浴衣姿が残るわけだし、なんかじっくり見られているようで恥ずかしいし。変じゃないかなぁって、髪の毛を今一度整えたり胸元を揃えたり、何より心の準備ってものが…!

手に握るわたあめから、ふわりと甘い甘い匂いが香ってきた。……あ。そうだ。


「よーし撮れた。んじゃ、行くか」

「あ、あのさ!」

「ん?」

「一緒に、撮らない?」


自撮り棒はないけど。その辺の人にお願いするのも難しそうだけど。せっかくの、最後の夏だから。

そう思って思い切ってお願いしてみた。…けど。ブン太は一瞬、戸惑ったような反応を見せた。


「…お、おう、撮るか!」


あれ、もしかして撮りたくなかった…?そんな不安が過ぎりつつ。お店の邪魔にならないように少し脇道に逸れて、私のスマホをブン太が内側カメラでセットしてくれた。


「…じゃ、撮るからな!」

「う、うん」

「ちょ、ちょい暗いか?逆光?」

「えっと、大丈夫…じゃないかな。ちょっと暗いけど」

「待てよ、位置が悪いのか?ちょっと向き変えるか…」


…あれあれ、なんか、当たり前かもしれないけど、さっきよりずっとずっと緊張してきてしまった。画面に映る自分の顔が緊張丸出しで。
そればかりじゃなく、ブン太も何だかそわそわしているというか。

ブン太がスマホを持つ代わりに私がわたあめを持っている。二人の間に、薄いピンクのふわふわわたあめが写るように。そのせいか、またふわりと甘い甘い匂いがして……。

でも今度は同時に、胸がドキンと高鳴った。ようやくいい構図になって、さぁ撮るぞってときに。ブン太の左手が私の肩に回されたから。


「よ、よーし撮るぜー!」

「う、うん!」


手だけじゃなくて体ごとくっついていて、私の頭にはほんの少し顔も触れていて。体温も伝わってくるようだった。そしてわたあめとはまた違うような香りも。…これはブン太から?

薄暗くてよかった。一生の記念になりそうなこの写真、緊張丸出しの赤い顔がごまかせたみたい。


「今日の企画、今年が最後だからって話だったけどさ。俺としては、また来年も来たいなって」


わたあめを少しつまんだあと、心なしかブン太は寂しげに呟いた。でも私は、ブン太のその言葉に、持っていた寂しさが一気に消えていくように感じた。

最後の夏だと私自身も思っていたけど。ブン太はそうはしたくないと思ってくれてる。


「そうだよね!私も、今年がみんなで遊ぶ最後にしたくないよ」

「あー…いや、それはそうなんだけどな。ちょっと言い方間違ったわ」

「え?」

「…二人で来れたらなーって、来年」


そう言ったブン太は「そろそろ行こうぜ!」って、慌てるように先に歩き出した。
二人で?……二人で!?


「ブン太」

「ん?」

「約束だよ!今の!」


少し先を歩くブン太の手を両手で捕まえて、ぎゅっと握った。そしたらブン太は、私の手を握り返してくれた。恋人のように指を絡ませて。


「…ああ、約束な。忘れんなよ」

「私は覚えてるよ、絶対」

「俺だって覚えて……いや」

「?」

「やっぱ忘れちゃうかも」

「ええ!?」

「だから、普通に二人で行けるように」


人混みで周りの人の声がたくさん行き交う中、それでもはっきりと聞こえた。ブン太の声だけじゃなく、自分のうるさい胸の音も。


「俺と付き合ってください」


返事をする前に、ブン太はわたあめを私の口にぐいっと押し付けた。思わず食べると、甘ったるくておいしいけど、口もとが少しべたついてしまった。


「ちょっとぉ!」

「悪い、照れ隠し」


膨れた私にそう笑い返したブン太は、今まで以上に素敵で。今度は私がわたあめを持ってブン太の口元へカウンター。

「よろしくお願いします」と言ったところで、器用にもわたあめをもぐもぐしながらはにかんだブン太に、また十分過ぎるほどときめいた。


END
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