はぐれない方法
「花火大会に行きたいです!!」
毎年恒例、海辺の花火大会。県内どころか県外からも人が押し寄せる夏の一大イベントである。その案内ちらしをホームページからダウンロードし、練習後に男子部部室まで直訴に行った。
「行けばいーじゃん」
そう即つれない返答を寄越したのは、同じ2年であり男女合わせてお互い2年唯一のレギュラーである切原だ。ちなみに男子部はレギュラー陣が居残り練習をしていて、それを待っていたので外はとっぷり日も暮れている。
そしてレギュラーたちが部室へと引き上げたので、よしチャンスだと部室に乗り込んだわけだけど、私の話にはお構いなしに、皆さんそれぞれ着替えたり携帯をいじったりと何だか忙しそう。
でも、これは大事なことなんだ。3年生は最後の夏。レギュラーとして頑張ってきたみんなで夏の思い出を作りたいという、私の提案に女子部の先輩たちは快く賛成してくれた。その“みんな”というのはもちろん、男子部も含まれる。そして今に至るってわけ。
「違うの!みんなで行きたいの!」
「みんなって誰だよ?」
やっと興味を示してくれたのは丸井先輩。あっちーって団扇であおぎながら上半身裸ということで、私はあまり直視できないけど。
「女子部レギュラーと、ここにいる人たちです」
「女子部レギュラー?全員?」
「そうです!」
力強く言い切ると、「ふーん全員か」なんて丸井先輩は何かを思い浮かべたかのような反応を見せた。これはきっと前向きだ。いいぞ、丸井先輩は来てくれなきゃ困る。
なぜかというと、女子部先輩の中に丸井先輩推しの人がいらっしゃる。誘えと言われたわけではないけど、個人的にうまくいってほしい二人なので、是非とも丸井先輩には来て頂きたいわけだ。
「ちょっとそれ見せてくれ」
「どうぞ!あ、皆さん分ありますんで、配りますね」
「お、夜店一覧書いてあんじゃん。お前準備いいな!」
「任せてくださいよー!」
私が持ってきたプレゼン資料、案内ちらしには、その裏に出店予定の夜店一覧も書いておいた。丸井先輩ならそこに食いついてくれるだろうと思って。計画は大成功だ。切原やジャッカル先輩、幸村先輩たちもどれどれとちらしを受け取って目を通してくれた。
そんなところで緊急事態。
「じゃ、お疲れさん」
仁王先輩が、一応ちらしは受け取ったものの見る間もなく鞄にしまい、部室を出ていこうとした。……大変だ!
「仁王先輩!花火大会行きましょうよ!」
「ああ、行けたら行くぜよ」
これ絶対来ないパターンの返答ですやん!どうしよう!仁王先輩推しの人もいらっしゃるのに…!そこもうまくいってほしい二人なのに!詳しくはまた連絡する旨伝えたところで、「了解」という素っ気ない返事を置いて部室を出ていってしまった。…どうしよう!
「心配するな。仁王は間違いなく来る」
私の心情をどこまで察してくれたのか。いつの間にかそばにいた柳先輩が、優しくそう言ってくれた。
「ほ、ほんとですか?」
「ああ。お前も橋渡し役だけじゃなく、花火大会自体を楽しめるといいな」
「ありがとうございます!…あ、あの、柳先輩は?来てくれますか?」
「もちろんだ」
やったー!!と、一応男子部の部室なので声は出さずに全力でガッツポーズをすると、柳先輩はフフッとおかしそうに笑ってくれた。
丸井先輩や仁王先輩推しの人がいるけど、私は私で、柳先輩推し。この様子だと皆さん来てくれそうだし、これはほんとに楽しみだ。
そして花火大会当日。待ち合わせは最寄り駅だと人がすご過ぎるから、あまり目立たない場所だけどメイン会場までは一本道のところを選んだ。そこにまず到着したのはもちろん私。女子部で唯一の後輩ですのでね。…ただし、男子部唯一の後輩はどうやら遅れるっぽいけど。
こないだ買ってもらって今日初めて着た浴衣を落ち着きなく触り、そわそわ、そわそわ。
だって、きっと一番に来る先輩は決まってるから。
「待たせたな」
到着後わずか1分で、柳先輩がやってきた。やっぱり予想通り、期待通り。柳先輩は時間にきっちりしてるし、今日もきっと早めに来てくれるんじゃないかなって、期待してたんだ。
「いえいえ、全然待ってないです!早いですね、柳先輩」
何だかこの台詞は、まるで二人でデートの待ち合わせをしたみたいだなぁ、なんて。自分で言って自分で照れていると、柳先輩が追い討ちをかけてきた。
「名字はいつも早めに来る。いくらまだ明るいとはいえ、この時間に一人でいさせたくないんだ」
「え」
「対してうちの後輩は遅れるだろうな。情けない」
「…そ、そうですね」
今の、柳先輩はさらっと言ってくれたけど。それって、私のために早めに来てくれたってことだよね。なんか、すごくじーんとして感動してしまう。最後の夏なだけに。
違うけど。ほんのちょっとの間だけだけど。柳先輩と二人で、並んで、お話をする。タイプ的にはけして盛り上がる会話ではないかもしれないけど、穏やかで、ドキドキして、幸せだなぁって思った。
でも、そんな幸せな時間はほんとにあっという間に終わってしまう。
他の先輩方も待ち合わせ時間に合わせて続々とやってきた。…よかった、仁王先輩もちゃんと来た。さすが柳先輩。
ちなみに女子部はみんな浴衣。皆さんかわいいなーと思ったところで、携帯に着信があった。切原からだ。
「もしもし?…え?場所がわかんない?」
遅れたくせに場所もわかんないとは。同じ2年としてほんとに情けない。
…というか周りが全員先輩なだけに、何だか私も連帯責任で迷惑をかけているような気分になってきた。
「あの、先輩たちよかったら先に行っててください!私、切原迎えに行ってきます!」
そう言うと、「まだ時間あるしはぐれるし赤也来るまで待ってよーぜ」って丸井先輩が言ってくれて、他の人たちも賛成してくれたけど。そんな優しい先輩たちを前に、なおのこと申し訳なさが沸き上がってきた。
今回、この花火大会を企画したのは私。とても良くしてくれた先輩たちとの思い出を作りたかったのも私。そして今足を引っ張ってる問題児は同じ2年坊主。遅れたのは置いといて、待ち合わせ場所をここにしたのも私で……。
「…やっぱり行ってきます!追いかけますんで!」
そう言い残し駆け出した。浴衣だしサンダルだしで走りづらいけど、なるべく離されないように急ごう。花火大会のメイン会場までは一本道だし、きっと大丈夫。
とりあえず切原に今いる場所を聞こうと、小走りで携帯を耳に当てるも…、すでに切られていた。折り返しかけるも、人が多いせいかなかなか繋がらない。ちょっとー…!
「わっ!」
当然、人の流れは会場に向かっていて逆だし、歩きスマホは私のせいではあるけど。大きな男の人にぶつかって吹っ飛ばされ、後ろにいた人に思いきり倒れ込んでしまった。
恥ずかしいしちょっと痛いし、最初にぶつかった男の人からは舌打ちも聞こえてきてへこみつつ。…でも、後ろの人が振り払わずに抱えてくれたおかげで、私は転ばずに済んだ。
「す、すみません…」
後ろから抱えてくれた優しい人に謝りつつ、お礼を言おうと顔を見上げると。
「歩きスマホはいけないな」
「…!柳先輩!?」
少し怒った顔の柳先輩だった。なんで柳先輩がここに…。抱えてくれたのが先輩だとわかると、触れられている肩や背中が途端に熱くなる。
「不思議か?言っただろう。お前を一人にさせたくないと」
「…あ、ありがとうございます…」
「ついでに、赤也と二人きりにもな」
「え?」
「いや、何でもない。暗くなる前に赤也を探そうか」
切原のせいとはいえ、企画したのも誘ったのも私だからという責任と、見知らぬ人に吹っ飛ばされて少しへこんだところだった。まるでそれをわかっていた柳先輩が、私を救いにきてくれたみたい。
先輩たちと作りたかった思い出。もう今の時点で最高の思い出確定だ。
柳先輩はテニス部を引退しても、中等部から卒業しても、ずっとずっと私の憧れ。
「え、えっと、じゃあとりあえず駅に向かいましょうか!」
「ああ」
そうして人の流れを分けて進もうとしたところ、後ろから手を掴まれた。
いや、掴まれたというよりは、繋がれた。柳先輩の手と。
「またぶつかるといけないからな。俺が先に行くよ」
「は、はい…!」
先輩、この手はなんですか?どういう意味でしょうか?ドキドキする胸が破裂しそうです。
ぎゅっと握られた、前を行く少しひんやりした柳先輩の手と、繋がる自分の手を見つめつつ、人混みを進んだ。
切原、もうちょっと迷子になっててね、なんて思いながら。
END
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