卒業


連日の雨で本番が心配されたけど、今日無事、今年度立海大附属中学卒業式が行われた。


「ちゃんと人数分花束あるか?」

「うん。15個!」

「色紙は?」

「もう1年生まで全部書いてある!」

「よし!じゃあみんな呼んで、担当決めようぜ」

「オッケー!」


テニス部の部長である切原とマネージャーの私で、今日謝恩会で先輩たちに渡す花束と色紙を整えていた。そしてこれからそれぞれ誰が誰に渡すかを決める。レギュラーは特に、女子にもだけど男子からも人気だから、その担当については2年生部員のクジ引きってことになってる。

ただし。部長は部長に、副部長は副部長に、マネージャーはマネージャーに、という3点についてはもう決定事項だ。
つまり幸村先輩には切原が、真田先輩には現在の副部長が、そして私は先輩マネージャーに渡すことになってる。

…ほんとは渡したかったんだけどな。幸村先輩に。


「じゃー来たやつからクジ引いてけー」


次々に部室へ現れる部員たちに、切原がそう言った。運良く柳先輩や丸井先輩に当たって、うおおー!なんて野太い声も聞こえる。


「全員決まったな。そんじゃ、早いとこ会場まで行こうぜ!」

「…あれ?」

「ん?どした?」


それぞれみんな花束たちを持ち、ぞろぞろと部室を後にした。でも一つ、花束が残っていた。それだけ端っこの椅子に乗せてあったし、おまけにうちらが用意したものより数倍も豪華な花束だった。


「誰のだろう?これ」

「余りもんじゃね?」

「いや、注文したやつと違うし…」

「…あ、なんかここに」


切原がその花束の中から、ガサゴソとメッセージカードのようなものを見つけた。そんなことしたらせっかくの花が傷んじゃうのに。


「“幸村精市”…ってことは、幸村部長のやつだな」


つまりこれは、誰かが部用のものとは別に、個別に用意したものということなんだろうか。まぁ幸村先輩だから、個別に送りたいって人がいても不思議じゃない。…それなら私もこっそり用意しておけばよかったなぁ。

と、そこで、切原がずいぶんニヤけた顔で私を見ていると気づいた。


「…なに?」

「しょうがねーな。ほら、俺のと交換してやるよ!」


そう言って切原は、自分で持ってた花束と色紙を差し出した。
これは、幸村先輩に渡すやつ。


「交換って…!」

「アンタ、幸村部長に渡したいんだろ?いいぜ、譲ってやっても」

「い、いいよいいよ!」

「ほらほら、じゃないと他の女子に譲っちまうぜ?」


他の女子に…それは絶対イヤ。
でもそんなあからさま過ぎて、なんか…。


「卒業式は先輩たちが主役だけど、俺たちのためのモンでもあるじゃん」


そー…なのかな。でも言われてみればそうかも。主役は送り出される側だけど、送るこっちも、悔いのないように見送ることが一番大事だから。

切原に諭されるなんて心外だったけど、ここは素直に交換してもらうことにした。


そして始まったテニス部謝恩会。会場は第二体育館で、他の部活とも一緒だけど、テニス部はテニス部で固まっている。


「じゃあ、花束贈呈ターイム!」


切原の呼びかけで、みんなそれぞれ担当の先輩たちに渡していった。
…そして私も。


「あの、幸村先輩…」

「ん?…やあ、お疲れ様」


幸村先輩は真田先輩や柳先輩たちと一緒で、当然ながら人がすごく群がってる。呼びかけると、すぐに気づいて微笑みながらこっちに近づいてきてくれた。
花束を持つ手が少し震えるけど、頑張って差し出した。


「卒業おめでとうございます!」

「俺には君がくれるんだね。ありがとう」

「すみません、切原じゃなくて…」

「ううん。うれしいな」


幸村先輩は花束を受け取ると、言葉通りうれしそうに笑ってくれた。
…やばい、それだけでもう泣きそう。

幸村先輩。ずっとずっと憧れでした。好きでした。


「君も本当に今までよく頑張ってくれたね」

「いえいえ!私なんて全然、足手まといで…」

「フフ、謙遜しないで。いつも最後まで俺たちの自主練にも付き合ってくれたし」

「……」

「本当にありがとう」


それは私の台詞ですよ、幸村先輩。私こそ幸村先輩にどれだけ感謝してるか。
やばい、もう……。


「来月から寂しくなるな」


それも私です幸村先輩。来月から先輩がいないなんて……。

やばい、もう限界だ。すぐに下を向いたけど、全然堪えきれない。きっと幸村先輩にもバレバレだ。
一度こぼしてしまえばもう止まらなくて。私の目からはとめどない涙が溢れ出た。


「す、すびばせん…!ちょっと抜けます!」

「待って」


トイレに行こうと走り出そうとすると、幸村先輩に引き止められた。
振り向いて、優しく微笑む幸村先輩の顔が涙で滲む。対照的に私の顔はくしゃくしゃだろう。


「抜けるなら俺と散歩しない?」

「…え」

「さぁ、行こう」


そう言って、私の返事を待たず、人並みをかき分け幸村先輩は進んだ。私も涙で前が見えづらいけど、見失わないように必死で追いかけた。

散歩と幸村先輩は言ったけど。目的地は最初から決まってるかのような歩き方だった。
迷うことなく辿り着いたのは、部室の裏、まだ蕾ばかりの桜の木の元だった。


「咲くのはもう少し先だね」

「…はい」

「せっかくだから、満開の中卒業したかったな」


歩いてくる途中、幸村先輩からハンカチを渡され、それで何とか涙は拭えた。でもいつまた止まらなくなるか。微笑んでいて穏やかだけど、幸村先輩の声が少し、寂しそうで。


「覚えてる?ここでのこと」

「…ここでのこと?」

「入部したての頃かな。仁王がここで部活サボって昼寝してて、君が見つけたんだ」

「あー!ありましたね!」

「怖くて起こせないからって、俺を呼んだよね」


そうだった。あの頃は仁王先輩がなんか怖くて。もちろん外見だけでの印象だったけど。他にも丸井先輩や真田先輩など、最初は何だか怖そうでなかなかうまく話せなかった。

でも幸村先輩は違った。幸村先輩は初めから気さくで、いつだって私に優しく笑いかけてくれてた。


「あとお花見事件もあったな。覚えてる?」

「ありましたありました!」


それは去年の春、幸村先輩が入院中でお花見ができなかったからってことで、退院後に丸井先輩が企画したんだ。桜は咲いてないけど、シート敷いて丸井先輩が作ったお弁当やお菓子を広げて。


「あのときの柳生、すごくおかしかったよね」

「確か柳生先輩のお弁当に虫が落ちてきたんでしたっけ?」

「そう。それでものすごく驚いてお弁当をひっくり返して、丸井が激怒して、真田もなぜか怒り出して、ジャッカルがとばっちりで殴られて」

「結局、虫はおもちゃで、仁王先輩と切原のイタズラだったんですよね!」

「うん。まったくみんな、バカだったよなぁ」


ですよね、なんて肯定はしづらいけど。でもいい意味で、ほんとにそうだなって思う。しばらく二人で笑い合った。

その笑いが収まると。幸村先輩は、すごく真剣な、でも穏やかな表情を浮かべた。


「わかるかい?」

「え?」

「俺たちはそういう思い出と一緒に、今日で卒業してしまうけど」

「……」

「その思い出たちに、君を欠かすことはできない」


せっかく止まって、昔のおもしろい話で笑ってたのに。


「ゆ、幸む…、せんぱい…っ!」


さっき以上に涙が溢れ、苦しくてちゃんとした声も出せない。

そんな私をそっと、幸村先輩は包み込んでくれた。あったかくて優しくてうれしいのに。もっともっと幸村先輩への想いが溢れて苦しくなる。

しばらくそのままでいたあと、幸村先輩は囁くように言った。


「ちょっとだけ待っててくれる?」


それは、私も卒業して高等部に行くまで、そんな意味だと思った。
でも、頷いた瞬間、幸村先輩は私から離れて、部室へと入って行った。

…あれ?待っててって、そのまんまたった今待っててってこと?…なんで?

ぽかーんとしていると、まもなくして幸村先輩が私の元へ戻ってきた。
その手には大きな花束が抱えられている。さっき、部室で見かけたものだ。


「はい、これ君に。受け取ってくれるかい?」

「え!?それって私にだったんですか!?なんで…」

「今まで君にはマネージャーとして本当にお世話になったから、感謝の気持ちだよ」


自分がしてきたことは、一つ一つが些細な取るに足らないことばかりだけど。
でもこうやって幸村先輩にこんなに素敵な花束と言葉をもらえた。涙で滲むけど素敵な笑顔も。幸せ者です、私。


「ありがとうございます…!うれしいです!」

「喜んでくれて俺もうれしいよ。…ついでにって言ったら失礼になるかもしれないけど」

「え?」

「俺たちの、マネージャーと部員っていう関係も卒業したいんだ」


マネージャーと部員の関係を、卒業?まぁ幸村先輩は今日で立海大附属中テニス部から卒業なわけだから、それは当たり前の話なんじゃ……。

いや、違う。そういう意味じゃない。真剣な眼差しの幸村先輩を見て、気づいた。


「俺の彼女になってください」


泣いているせいで鼻も詰まってる。でもその瞬間、ふんわりと、花の香りが舞い込んだ。

この手にある花束の香りか。
私をそっと抱きしめる幸村先輩の香りか。


「返事は“はい”以外いらないからね」


体を少し離して、いつものように穏やかに笑う幸村先輩。私からの返事なんてとっくにわかってたんだろうか。バレバレだったとしたら、少し恥ずかしいな。でも、それよりもうれしい。

先輩は卒業してしまうけど、私と先輩の関係も、今日をもって卒業となった。

余談だけど、この花束は、切原が漁ったせいで少し崩れてた。
そしたら幸村先輩は、”俺から注意しておくよ”なんて、中等部での最後の仕事を宣言。幸村先輩は、そんな素敵な先輩でした。


END
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