SHININ' BOY
お昼休みは長いようで短い。友達としゃべりながらお弁当を食べるだけで終わっちゃう人もいるし、次の時間の宿題をやっていたらあっという間でもあるし。
そして今日の私のように、たった一人を探すだけで終わっちゃうこともある。ちょうど今やっと見つけた、この目の前の彼のように寝てるだけで終わっちゃうことも。
「越前くーん」
「……」
「おっはよー」
校舎裏の大きな木の下。その木を背もたれに、ぐっすり眠り込むテニス部の後輩、越前くん。
呼びかけてもなかなか目を開けない。毎日毎日、部活だけでなく学校以外でもテニスばかりやってるテニスバカであり、後輩なのに生意気な、でも後輩なのに私の憧れなんだ。
「越前くん越前くん」
ゆさゆさ体を揺さぶると、そこでようやく越前くんは眩しそうに瞼を開けた。
「……なんスか、その手」
目の前の私に特に驚くこともなく。越前くんは不思議そうに、半ば怪訝な顔付きで、差し出す私の両手のひらを見つめた。
「忘れちゃった?今日」
「今日?何かあったっけ」
「ホワイトデーじゃん」
「…ほわいとでー?」
「お返し、待ってるんだけどなー」
正解を言っても越前くんはさっぱり、何のこと?とでも言い出しそうな顔。…そうか、越前くんは帰国子女だからホワイトデーなんていう習慣はないのかな。
「男子がバレンタインのお返しを今日するんだよ。ホワイトデーって言うの」
「へぇ、知らなかった」
「先月私、越前くんにあげたじゃん。バレンタイン」
ふぁ〜ぁと越前くんは大きな欠伸と伸びをして、ゆっくりと立ち上がった。
越前くんは男子だけど、まだ1年生ってこともあってか背は私と同じくらいか、もしかしたら小さいかもしれない。
でも小柄な見た目とは真逆で中身はすごく、でっかい。いろんな意味で。
そのでかさとは、こういう先輩に対する態度はもちろんだけど、越前くんは見ている景色が私なんかとは違う。目標は遠く高く、常に上を目指している。ゆえに、たとえ後輩でも、私は憧れているんだ。…あと普通にカッコいいからってこともあるけど。
「バレンタイン……って、アレ?先輩が先月大量にくれたやつ」
「そうそう、愛情たっぷり込めて渡したアレ!アレがバレンタインだったの!」
「多過ぎて食べ切れなかったただのえびせんべいだと思ってた」
まぁそうなんだけどね。ただのえびせんだけどね。でもほら、越前くんはえびせんが好きだって言う情報を手に入れたからさ、おまけにモテるし、他の女子との差をつけるべくロマンチックに反しつつも渋いチョイスをしたわけなんだけど。
ふと、越前くんがじっとこっちを見つめていることに気づいた。
「…なに?」
「別に」
越前くんはかわいい顔立ちをしてるんだけど、ちょっと目付きが鋭いせいか、じっと見られると睨まれてるんじゃないかってビクッとしてしまう。それ以上にドキドキもするけど…。
そんなことを考えていると、越前くんはスタスタと歩き出してしまった。もうすぐお昼休みも終わると気付いたんだろうか、かなり足早に。…結局、ホワイトデーはスルーなのか。
「…ていうか越前くん、歩くの速くない?」
「先輩が遅いんでしょ」
遅いかなぁ?にしても越前くんは速いと思う。できれば並んで話しながら歩きたかったのに、追いつこうとするとさらにスピードを上げた。まるで競歩のようだ。
下駄箱で靴を履き替えるのも超人的なスピード。階段を上り始めてもそのスピードは衰えず、私より3段先を軽快に上って行く。…頑張って食らいついてはいるものの、ちょっと足が痛くなってきた。
そしてあっという間にお別れの分岐点となってしまう。
私は2年、越前くんは1年。教室の階が違う。この次の階段を上りきったら私はその階に教室があるから。
「越前くーん」
「……」
踊り場で呼び止めるように声をかけると、越前くんは止まって振り返ってくれた。
別にお返しが欲しいんじゃない。ただちょっとでも話せることがうれしくて。学年は違うし、部活中だって話せない。私なりに頑張って、日々チャンスさえあれば話しかけには行ってるけど。そもそもクールな越前くんと、話題もなく話を続けるのは難しい。
だから、今日という日ならちょっとぐらい厚かましくてもいいかなって、そう思っただけ。
そして厚かましくも、こっちが笑ったらわずかにでも笑い返してくれるかなって、思った。だから私はずっと満面の笑みだと思う。
でも越前くんはむしろ、不機嫌そうな顔のような気がした。
「俺、名前先輩と並んで歩きたくないんだよね」
不機嫌そう、というのは少し違ったかも。そもそも越前くんにニコニコ笑顔を期待するのが間違ってる、ということは置いといて。
とても小さな声で、ほんの少し申し訳なさそうに、越前くんは突然そんなことを言った。
並んで歩きたくない。はっきりとそう言われた。これはこれで越前くんらしくて素敵、なのかもしれないけど。
ちょっと胸がチクッとした。
「…そっか。私うるさいもんね」
それだけは何とか笑って言えたけど、どんどん自分の顔が曇っていくのがわかる。少し痛む胸に、泣きそうでもある。
越前くんは階段の真ん中辺りで立ち止まったまま。この変な顔を見られないよう俯いて、足早に追い抜かそうと思った。
でも、越前くんのちょうど真横、同じ段に上がった瞬間、腕を掴まれた。
「…えっなに」
「違うんだけど。…うるさいと言えばうるさいけど、そういう意味じゃなくて」
わかんないの?とでも言い出しそうな顔。いや全然わかんない。何で私だけじゃなくて、越前くんも困ってそうな顔をしてるのか、さっぱり。
そのとき、下からバタバタと豪快に走る足音が聞こえてきた。
「ん?…おっ、越前!」
その聞き覚えのある声に、私と越前くんはほぼ同時に下を見やった。そっと、私の腕から手も離された。
「あ、桃先輩」
「何やってんだ?…って、名前!ちょうど良かった!」
下から現れたのは、同じクラスで同じテニス部の武。私は武と去年からずっと仲が良いけど、越前くんと武も仲良し。だから、ちょっと緊張感というか不穏な空気でもあったこの場が、武のニカーッと笑った顔で一気に和らいだ。
その武はまた食堂で食後の菓子パン類を買ったのか、いっぱいに詰まった袋を掲げた。
「お前にコレやろうと思ってよ」
そう言って武は、私と越前くんの真ん前まで来ると、袋の中からチョコクロワッサンを掴んで差し出した。
「え、私に?なんで?」
「なんでって、今日はホワイトデーだろ?こないだチョコくれたじゃねーか」
「あー、そっか!」
「倍返しにはなってねえけどよ。まぁありがたく受け取ってくれ!」
そういえば先月のバレンタイン、越前くんだけでなく男子部員たちには配りまくった。もちろんお返しなんて期待してなかったけどね。越前くんのことばかり気になってて。
「じゃ、他の女子にも配んなきゃなんねえから先行くぜ」
「うん、ありがとね武!」
「おう、いいってことよ!」
お礼を言うと、武はまたニカーッと笑って、私の頭をバンバン叩いた。加減知らずでちょっと痛いぐらいだけど、うん、かなりうれしい。
「…よかったっスね」
「ん?」
「ホワイトデーがもらえたじゃん。そういうのが欲しかったんじゃないの」
明るい武が嵐のように去ってから、取り残されたうちらの間には、また少し不穏な空気が。おまけに越前くんは、今度は見間違いじゃなさそう。すごく不機嫌そうな顔だ。
「よかった…うん、まぁありがたいことだね!」
「………。それで、わかったの?」
「何が?」
「さっきの理由」
さっきの理由…?一瞬だけ考えて、ああ、私と並んで歩きたくないってことの理由かと、思い至った。
でもやっぱりわかんない。そりゃちょっとウザかったかもしれないけど、なんで越前くんがそんなに不機嫌なのかもわかんない。
答えが出ず、どうしていいかもわからず、一応ポーズで考えるそぶりは見せたけど。無理だと判断したのか越前くんは、小さくため息を吐きつつ、一段階段を上がった。
「こうしないと先輩のこと見下ろせない」
「…は?」
「カッコつかないじゃん、こういうのも」
ぽんぽんと、今度は越前くんから頭を叩かれた。でも、武とは違う。叩いたなんて言えないぐらい、優しくむしろ撫でられたような気がした。少し険しい表情の割りに、すごく優しく。
もしかして越前くんは背のことを気にしてる?私と並ぶと差はない、むしろ私のほうが大きいかもしれないぐらいだから。だから隣で並ぶのは嫌だって、思われちゃってる?
そんなの気にしなくていいのに。そう思ってよいしょっと、越前くんと同じ段へ上がった。
「私はうれしいんだけどな。同じ目線のほうが」
後輩だけど男子だし、越前くんは自分より背の高い女子は嫌なのかもしれないけど。私にしてみれば、背なんか関係なく、越前くんは私よりずっとずっと高い位置にいる。それこそ雲の上の存在。
だからこうやって目を合わせられるなら、それだけでうれしいから。
私の言葉に一瞬、越前くんはぽかんとしたようだけど。すぐに、小さく笑った。
「そんなに俺の隣がいいんだ」
「…う、うん、まぁできれば、一緒にいるときは、隣でお話できたらとか…」
「ふーん」
越前くんはそんなつもりはないかもしれないけど、そう直球で問われると恥ずかしくなる。もちろん全力でイエス!なんだけど……。
じわりじわりと、何だか越前くんは私ににじり寄ってきてる気がした。いや、気のせいじゃない。ものすごく接近してきた。この狭い足場で、思わず後退り。
「なんで逃げるんスか」
「…や、だって近くない!?」
「さっきの桃先輩のほうが近かったけど」
「いやいや、あいつは元からそういうやつだから………うぁ!」
そう、武は元から距離をつめて接するタイプだから…っていうより、そんな越前くんと接近するなんて心臓がもたない…!
そしてうっかり階段から足が滑り落ちそうに…なりかけるも、ガシッと越前くんに腕を掴まれた。
「近かったら近かったで逃げるとか、ワガママ過ぎ」
「す、すみません…」
「まぁ、飽きないからいいけどね」
ほらちゃんと立ってくれる?と言われ、先輩としての威厳総崩れになりながら、いつの間にか外に漏れそうなほど大きな音を立てる心臓を、落ち着かせようと深呼吸。
そんな私を見て、また越前くんは小さく笑った。ちょっと期待していた笑いとは違うのかもしれないけど、これはこれで、私に向けられた笑顔としてすごくうれしかった。
「ねぇ」
「ん?」
「何か、欲しいものとかあるの?」
チャイムが鳴り響く。越前くんはやっぱり私より先に階段を上りながら、そう尋ねてきた。
「欲しいもの…お返しってこと?」
「それもらいに来たんでしょ」
「えーっと…そうだなぁ…」
もらいに来たと言うのは正しいけど。具体的に何が欲しいとかはなかった。ただ、越前くんと絡みたかった、お話がしたかった、会いたかった、それだけで。
「越前くんがくれるものなら何でもうれしいよ!」
「ふーん。じゃあさ…」
2年の教室との分岐点にて。すでにさらに上の階段を上りつつあった越前くんは、くるりと振り返った。
見せてくれたのはまったくブレない、いつも通りの越前くんの生意気そうな含み笑い。
「今度の休み、一緒に買いに行こうよ。俺一人で女子向けの買い物とか嫌だから」
言ってることはめちゃくちゃかわいくない。何この生意気な1年坊主!って感じ。
なのに、いつも通りのその顔は私の胸を熱くドキドキさせる。越前くんのほうが高い位置にいるから?後輩なのに、どこか大人びたような、少し男らしさまで感じる。
「…それってデート?」
「そう思うならそうなんじゃない?」
「じゃあデートだ!デートだって思うことにするよ私は!いい!?」
「どうぞ、好きに思っていいよ」
またも言ってることはめちゃくちゃかわいくない。明らかに誘っておきながら何を生意気な!って感じ。
なのに、含み笑いのその顔が、だんだんとまた違った笑顔に変わっていく気がした。
「楽しみにしてるね!」
廊下中に響き渡ってしまったかもしれないその叫びに、今までで一番、もしかしたら初めてぐらいなほど、顔を崩して越前くんは笑った。
「先輩喜び過ぎ」
「だってうれしいもん!」
「ふーん。よかったね」
じゃあ詳しくはまたあとで、と手を振って去っていく越前くんの後ろ姿を見送って。自分の顔がなかなか元に戻らないほどにやけていると気付いた。
次の休み、越前くんとデート。そう考えるだけでもう胸いっぱい。お返しとかもうどうでもいい。ちょっと欲しいけど。
さすがにデートなら、並んで歩いてくれるかな?その姿を妄想しながら、武にもらったチョコクロワッサンをブンブン振り回しスキップしつつ教室へと向かった。
END
悠さんへ捧げます越前くん×青学2年です。素敵なリクエストありがとうございました!
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