どんぐりアメ
「好みのタイプ?そんなことを聞くとはたるんどる!」
そう、立海大附属中新聞部リポーター班を一喝するのはテニス部副部長、真田。年齢に似つかわしくなく、外見から立ち振舞い、その思考、話し方などまるで成人のような、歴とした中学三年生。
毎日が部活部活のテニス部におきながらも成績がよく、まさに文武両道な彼だが、一つ欠点があった。
「赤也!」
「げっ、副部長!」
「またお前は!たるんどるぞ!」
テニス部二年生を追いかけ回すのも日常。その追い駆けっこを見守る周りの生徒たちは口々に言う。
「なんで真田くんってあんなに厳しいんだろうね」
「俺だってこないだよくわかんねーことで怒られたぜ」
「あーあ、赤也くん、かわいそう」
「ちょっと厳しすぎるよね」
彼の強い責任感だとか正義感、そしてそれを実行する律儀なところを、生徒の大半は理解できないのが現状だった。
「でもま、怒られたって無視すりゃいいし。先生じゃないし」
そんな考えの生徒まで出てきたほどだった。
「さ、真田くん…」
真田と同じクラスの名前。彼女も真田が苦手な生徒の一人であった。怖い、近寄りたくない、同じクラスになった4月から、常日頃そんな気持ちを持っていた。
しかしながら運命とはときに薄情で、二学期の席替えでは名前は真田の隣となってしまった。しかも窓側の一番後ろ。本来なら最も幸せな席であるはずなのに、今回ばかりは“最も運のない席”。クラスメイトからも同情の声は多く寄せられた。
「…何だ?」
限りなく小声。そう、今は英語の授業中。“授業中に話しかけるなどたるんどる!”今にも怒りだしそうな表情だった。
しかし話しかけないわけにはいかない。名前は教科書を忘れてしまったのだ。さらに今日は、日付からいって自分が必ずあてられる日。そして英語の先生は忘れ物、居眠り等に割と厳しい先生だった。
真田の隣の席になってからというもの、名前は毎日予習をするようにしていた。もしもあてられてわからなかった場合、怒られるのではないかと不安だったからだ。
でも今日、今日だけはたまたま教科書を忘れてしまった。前の席の人に言うことも考えたが、結局は怒られるだろうし、逆に前の人が後ろを向かねばならず迷惑をかけてしまう(むしろそっちのが先生にも怒られそうだ)。隣の真田に頼るしかなかった。
「きょ…」
「?」
「……教科書を、ですね…」
名前がもたもたした話しぶりだったせいか、真田の眉間にはどんどんシワが寄っていく。
──早く、早く言ってしまえ!
心の中で自分を励ますも、なかなかその先が言えない。──だってどんどん顔怖くなってきてるもん!
「えー、じゃあ次の文の訳。名字」
そうこうしているうちにあてられてしまった。これはもうアウト。正直に先生に言うしかない。授業が始まって30分。なんで先に言わないのかそこも叱られそうだったが、もう仕方ない。
「…使え」
観念して話そうとしたとき、隣の真田から教科書が渡ってきた。
「…え?え?」
驚いて真田の顔を窺うものの、その表情は話しかける前と同じく、真っ直ぐ前を見たまま無表情だった。
「名字、できないか?」
「あ、はい!できます!」
さすがは真田。すべて予習済みで、名前は難なくその問題に答えることができた。
真田のおかげで先生には怒られずに済んだが、きっと真田自身からは怒られるに違いないと、内心名前はびくびくしながら授業を終えた。
しかし、真田に教科書を返した後も、授業が終わってからも、真田からはなんのお咎めもなかった。
不思議に思いながらも、なんだかラッキーと胸を撫で下ろした。その反面、意外な真田の気づかいに、ちょっとした罪悪感が芽生えた。いつもなら他のクラスメイトと同じく、怖い、近寄りたくないで毛嫌いしているくせに、困ったときだけお世話になって。ありがとうも言わなかった。
─放課後。
今日は名前の班は教室掃除の日。
「名前、早く帰ろー」
帰りの会が終わってから、前の席の友達が名前を誘った。
「教室掃除は?」
「いーじゃんいーじゃん、そんなの真田がやってくれるっしょ」
「え!?サボって帰るの!?怒られるよ!?」
「大丈夫だって。適当に流しときゃいいじゃん」
そう友達に言われ、名前は手を引かれて教室の外へ。昇降口まで行き、よく見ると班のメンバーたちもいた。みんなして靴を履き替え、帰る途中だった。もうすでに校庭に出てサッカーをしている人もいる。
──真田、もしかして一人で掃除やるのかな…。
真田のことだから絶対に掃除をサボることはないだろう。しかし、班のメンバーは真田以外帰ってしまう。となるとやはり一人で教室の掃除、床掃きや雑巾掛け、机の整頓、ゴミ捨て、すべて一人でやるということだ。
「名前?」
友達の呼ぶ声を後ろに、名前は教室へと走って戻った。
今日お世話になったから、という理由があったせいか、いつもなら友達に流されてしまうところに強い罪悪感があった。
「…!」
教室に飛び込むと、やはり一人で掃除をしている真田がいた。その後ろ姿からは表情はわからなかったが、遅れたこと、一度はサボって帰ろうとしたことなど、怒られるには十分すぎる材料があり、しばらく名前は無言で入り口に立ち尽くした。
「……ん?」
真田がチリトリにゴミを乗せ、ゴミ箱に向かおうとしたとき、ようやく名前に気がついた。
「あ…」
「……」
「お、遅くなってごめんね!」
咄嗟に謝ったものの、真田は無言でゴミを捨てた。やはり相当怒っているのでは?名前の背中に冷や汗が伝った。
「…お前も」
「え?」
「帰ったのではなかったのか?」
そう聞きながら、名前に真田は箒を手渡した。見ると、真田はもう片方の手に雑巾を持っている。
「あー…、いや、その…」
「ここまではすでに掃いた。これより向こうを頼む」
そう言って雑巾掛けを始めてしまった真田。怒ることもせず、理由も問わず、無言で楽な箒を渡してくれる辺りが、今日の授業中と被るように名前は感じた。
「真田くん…」
「む?」
「怒らないの?あたしもだけど…、他のみんな帰っちゃったよ?」
友達売るなよ!とこれを班のメンバーが聞いていたら逆に怒られるに違いない。
しかし、名前は聞かずにいられなかった。不思議すぎた。もちろん、真田がどんな人なのか詳しく知らないというのが事実だが、今までの印象や他の人から聞く話とはあまりに違う。
「あいつらには明日、たっぷり説教をするつもりだ」
「ちゃんと聞くかなぁ…」
「構わん。言うべきことは言わせてもらう」
「……」
「俺は見過ごせんからな。悪いことにははっきりと注意をできる人間でありたいのだ」
それで文句を言われようが云々、友達から聞いたことのあった真田流説教が始まった。しかし名前に怖いと思う気持ちはなかった。面倒臭いという気持ちもなかった。
「真田くんって…」
「む?」
「真田くんって、かっこいい」
それが名前の素直な気持ちだった。今までは怖い、近寄りたくないが先走っていたが、今は違う。
考えが古臭かろうが、厳しかろうが、周りに疎まれようが、真田には、今の自分や周りの友達誰も持っていない“かっこよさ”が見えたのだ。
「…た……っ」
「ん?」
「たるんどる!!」
顔を真っ赤にした真田に、名前は初めて怒鳴られた。でもそれもちっとも怖くなく、むしろその表情には中学生らしい“素直さ”があった。
うれしくなって笑った名前を、また真田は叱りつける。
「名字、次もし教科書を忘れたらすぐに説教だ!」
「げっ!」
「お前はいつも予習をしていて感心していたのだが…、今日は助けてやったが二度目はないぞ!」
厳しい口調に紛れた誉め言葉。
──あれ、なんか照れてる!?かっこいいっていうか…かわいいかも。
もっと真田のことを知りたいと思い始めた、名前だった。
『どんぐりアメ』END
庭球純愛様企画(no name)に提出。雑巾掛けをする真田を想像したらだめです。べ、別に真田なんて好きじゃないんだからねっ
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