恋する月


「うーん、けっこう間違えちゃってるなぁ……あ」


机に向かって数学の問題集に首を捻っていると。ピコピコっと音が鳴り、手元に置いてあるスマホ画面にLINEの通知が表示された。
届いたのはグループのメッセージ。同じ3年B組かつテニス部のグループだ。男女数人が参加している。内容は……。


『英語の課題なんだけど』


そこには、今日出された英語の課題に関する質問が書かれてあった。そこから次々と、『私も聞こうと思ってた』『俺もわかんね』といったメッセージが届く。


「えーっと、“たぶんだけど”…」


英語の課題はさっきやり終わったところだったので、その答えをグループ返信した。途端に、『ありがとう!』『さすが名前!』『助かった』といった感謝の言葉が続々と送られてきた。

こんなふうにみんなが必死なのはわかる。私も必死。なぜって、明日数学のテストがあるのに、英語の課題が大量に出されたからだ。


『もー明日学校いきたくねー』

『それ』

『女テニは明日オフだっけ?』

『そーただし日曜3部練死ぬ』


そんな会話を皮切りに、勉強とLINE、並行しての時間が進んでいった。たまによくあるこの流れ。勉強中ならちゃんと勉強に集中しろって親には言われるけど、こうやってみんなと繋がりながらやれるのはすっごく楽しい。

ちょうど数字の問題を解きつつ、どんどん流れていくトーク画面を横目で見たときだった。
グループとは別のLINEメッセージが届いた。


「……ブン太?」


手に取って確認すると、送り主はブン太だった。ブン太ももちろん3Bテニス部のグループに入ってて、ちょこちょこと返信をしていたけど、たった今届いたのは私との個別のやつ。
基本グループが多いから、二人のトーク画面を開く機会はあんまりなかったり。それがちょっと、寂しかったり。

なんだろうって、ドキドキしながら開くと、1枚の画像だけが届いていた。
それは、真っ暗な空とそこに浮かぶ赤みがかった月の写真。ハッと思い出して、慌てて部屋の窓から空を見上げると、そこには写真と同じような赤みがかった月が浮かんでいた。

そういえば今日、理科の時間に先生が言ってたっけ。“ストロベリームーン”が見られるって。
それをわざわざ撮ってわざわざ私に送ってくれるなんて……やばい、うれしい。どうしよう、なんて返そう。欲張りかもしれないけど、このあともやりとり続けたいなぁなんて。とりあえず……。


「“すごい、きれいだね”………ん?」


とにかく感想を返信しようと思ったら、追加でメッセージが届いた。


『わりぃ、間違えた』


間違えた?この画像?別の人に送ろうと思ったってこと?
…やばい、すっごくショック。誰に送ろうとしたんだろう。こういうのって普通男子は男子に送らないよね。たぶん女子に…まさか彼女?ブン太、彼女いたの?

なんだか急に気持ちが沈んできちゃったけど。間違いとはいえ、このまま既読スルーするわけにはいかないし。『オッケー』と送った。それだけだと味気ないから、『きれいだね』とも。
間違いなわけだし、続かないだろうなとは思ったけど。返事、欲しいなぁって。“既読”がついてからの時間は、ものすごく長く感じた。

でも感じただけで、実際にはほんの十数秒後に返事がきた。


『マカロンみたい』


…マカロン?その独特な表現に一瞬戸惑っていたら、続けてそのブン太が言う、ストロベリームーンに似ているマカロンの画像が送られてきた。


『コンビニで買ったヤツ
   また食いたい』


それもまた独特というかブン太らしくて、なんだかかわいくって、笑ってしまう。おまけにもらった画像は確かに、ストロベリームーンと瓜二つだ。

少しだけ沈んだ気分だったけど。心が弾んで、さらにうれしいことにそこから会話が続いた。ちなみにグループのほうはひっきりなしだったので通知オフ。ごめんねみんな!


『私もこないだ食べたよマカロン』

『どこの?』

『ローソンだったかな
   おいしかった』

『ローソンのもうまいよな
   俺はファミマの』

『ブン太はどこの?
   ってごめんかぶっちゃった』

『笑だいじょぶ』


楽しいなぁ、楽しいなぁって、ベッドに横になったり、窓の外の月を見上げたり、やっぱりベッドに戻ったり、部屋の中をうろうろしながら、ブン太とのLINEは続いた……けど。


『なんか腹減ってきた
   コンビニいこっかな』


ああ、これは、そんじゃまたなで終わるパターンじゃん。楽しかったのになぁ。コンビニ行っても続けてくれないかなぁ……でも無理矢理メッセージ送ったりしてめんどくさいって思われたくないし。むしろ今日はここで一旦終わったほうがいいかも。行ってらっしゃいって、私から切り上げたほうが印象いいかも。

そう心が葛藤中。ブン太から、変な質問がきた。


『名前んちの近くのコンビニってローソン?』


うちから徒歩1分以内に着いちゃうローソン。さっき話題になったマカロンを買ったお店だ。『そうだよ』と送ると、『どの辺?』って聞かれた。
大きな目印になるような建物はないけど(むしろローソンが目印)、いくつかのポイントを挙げて説明すると、ブン太は『ああ、あそこか』とわかったようだった。


『そこ行くわ』


私の部屋からは見えないけど、思わずローソン方面を見てしまう。あそこにブン太が今、来るの?そして湧き上がる期待。

遠回しに誘われてる?いや、でも遠回し過ぎる気もする。特に意味もなく、いつもと違うところにってことで、私がマカロンおいしいって言ったからそこのローソンに…。
恋する乙女は深読みが大の得意。ポジティブにもネガティブにも幅広くいろんな可能性を考えちゃう。

でも、もしかしたらチャンスかもしれない。誘われてるとしても、いなくても、私も行くって言えば、ブン太に会える。
勇気を振り絞り、返信を打ち込んだ………けど。同時、というかその直前にメッセージが滑り込んできた。


『名前もこれる?』

『私も行っていい?
   ってすみませんまたかぶってしまいました』

『笑』


かぶった!またかぶった!恥ずかしい…!すごく食い気味な女みたいじゃん!一人なのに恥ずかしさに体が熱い。変な汗も。


『着いたらLINEする!』


でも、そんなことで時間ロスするわけにはいかない。超急いで準備に取りかかった。あんまりばっちりキメてても恥ずかしいし…、あくまで普通に、普段通りに。

そしてブン太から、『着いた!』とのメッセージがきたのは約10分後。『急がなくていいからな』との言葉に少しだけ甘え、髪がぐちゃぐちゃにならない程度に速歩きで向かった。夜はまだ涼しくて、今のところ汗ばまなくて済みそう。

ローソンに近づき、あの赤い髪がはっきりと目に見えるようになってきて、同時に心臓もドキドキしてきた。


「おまたせ!」


ブン太はコンビニの入り口横でスマホをいじってた。声をかけると顔を上げて、「おう」って笑った。


「すっげーLINE来てるぜ。見た?」

「あ、忘れてた」


そもそもブン太とのLINEに集中するためにグループのほうは通知オフにしてたんだった。パンツのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、LINEを開こうとすると。


「あ、ストップ!」

「え?」

「今はちょっとまずいかもしんない」


そう言いつつブン太は、グループのトーク画面を見せてくれた。あ、背景がケーキだかわいいなぁ……って。
そこに書かれていたみんなからのメッセージは、『ブン太と名前二人で抜け出した?』『イチャついてるに違いない』『もともとデート中だったかも』といった内容ばかりだった。


「え、なにこれ!」

「ずっと二人分既読なくて、俺らの返信がなかったからっぽいな」


みんなの読みは完璧なまでに当たっていた。恐ろしい…!
そしてついさっきブン太もLINEを開き、早速『ちげーよ』と一応否定はしたんだけど。今ここで私が既読をつけたら、タイミング良すぎてさらにあやしまれるってこと。

それは確かに面倒だけど。…ちょっとだけ、うれしいスキャンダルな気もする。あえて既読つけちゃう?なーんて。


「んじゃ、これ食おっか。二人分買ったから、アイス」

「わ、ありがとう!いくらだった?」

「んーん大丈夫。それよりあっち行こうぜ。ここだと見づらいし」


あ、マカロンじゃなくてアイスなんだ、と思いつつ、見づらいってなんだろう、とも思いつつ。
ブン太の乗ってきた自転車はコンビニに停めたまま。すぐ側の公園へと向かい、公園内のベンチに二人並んで座る。そして見上げたブン太の視線でわかった。


「あ、ストロベリームーン!」

「あっちよりここのが見やすいだろい?」

「ほんと、しかもちょうどいいタイミングだね!」


公園内には木もたくさんあるけど、今の時間はちょうど木が邪魔にならない位置に月がある。
年に一度の赤い月。公園で、ブン太と二人きりで見上げる。ロマンチックだなぁ。

さっそくブン太が買ってくれたアイスを二人で頬張り、他愛もない会話に花を咲かせた。


「あーあ、明日テストやだな」

「ねー。結局範囲全部カバーできなかったよ」

「もしかして勉強中だった?」

「一応やってはいたけど」

「マジか!悪い、連れ出して」

「ううん、全然!むしろいい気分転換だよ。アイスもごちそうになっちゃったし」

「ならいんだけどさ」

「あとストロベリームーンのこともすっかり忘れてたしね。ブン太が間違って送ってくれてよかった」


そう笑うと、ブン太も少し遅れて笑った。私よりも大きめに、吹き出して笑った、という感じで。


「ほんとに間違えたと思ってんの?」

「え」

「ちゃんと名前にって思って撮って送ったんだぜ、ほんとは」

「……」

「送ってからなんか、気持ち悪いことしちまったかなって思って。間違えたって嘘ついただけ」


そう言いながらブン太は、座ったまま、少し離れたゴミ箱に向かってアイスの棒を投げた。見事入って「ビンゴ!」とうれしそうな声が響いた。


「気持ち悪がるわけないじゃん!うれしかったから、ブン太からLINE来て!」


思わず言った言葉は思いがけず大きく、力みすぎて恥ずかしい。ついでにめちゃくちゃ恥ずかしいことを言っちゃった気もするけど、本心だし。
それでもやっぱりブン太の、ちょっとびっくりしたような丸い瞳に耐えられなくて、俯いてしまった。


「名前ってさ、ほんっとかわいいよな」

「え?」

「やばいなー、惚れそう」

「え?…え!?」


ブン太何を言ってるんだろうと軽くパニック状態で、もちろんうれしいんだけど、予想もしてなかった言葉に頭も体も固まる。

そんな私の顔を見てまた笑ったブン太は立ち上がり、私の真ん前に立った。
そして心なしか早口に、こう言った。


「悪い、今のも嘘。ほんとはもう惚れてます」


え?という私の小さな声はきっと彼の耳には届いてないだろう。ほぼ同時に、「家近いから大丈夫だよな、じゃあまた明日な」と言い出し、あっという間に私の元から走って去っていったから。正確には、逃げていった?
ちゃんと自転車取りに戻ったかなと冷静に考えながら………え?え?えええ!?今のって、ええ!?今のって今のって…!

ぼんやりと一人、上を見上げた。さっきよりも高い位置にあるストロベリームーンは赤みが薄くなったような気がする。反対に、きっと私の顔は真っ赤だ。


「あー、どうしようー…!」


うれしくて幸せすぎて。このストロベリームーン、そういえば理科の先生が、恋が叶う月だとか幸せになれる月だとか言ってたなぁ。

その後、約20分後。自分の部屋でブン太のことを考えながらゴロゴロしているとLINE。そこにはこう書かれていた。


『さっき言ったこと嘘じゃねーから
   今度返事聞かせて』


もちろん嘘だなんて疑ってなかった。でも、幸せすぎてふわふわしてて、あまり実感はなかったかも。
でもこうやって改めて言ってくれた。心からうれしい。私も返事しなきゃ。もう答え決まってるし今言ったほうがいいか…………。


「…あ」


たぶん私だけじゃない。ブン太も今たぶん、固まってる。そしてずっと目で捕らえていたブン太のメッセージは、あっという間に画面上へとフェードアウト。みんなからのたくさんの新着メッセージが届いたから。

そう、今度こそ本気でブン太は間違えちゃったんだろう。さっき届いたメッセージはグループのほうだった。
続いてブン太から個別のLINE。『おれ学校やめるわ』。

かわいそうだけど、ちょっと笑っちゃったけど…!なんとか退学は引き止め、私もちゃんと返事をして。
早くも公認カップルになっちゃったこの夜は、ストロベリーよりも甘酸っぱい思い出になった。


『恋する月』END
基本ちゃっかりだけどうっかりブン太もいいなと思います
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