素敵な彼

「…なんでこんなに人が」


朝の7時半過ぎ。学校へ行くため、いつものように電車に乗り込むと、なぜかすごく混んでいた。

あたしが驚くのも無理はない。だって今日は土曜日なんだ。うちの学校は土曜日も普通に授業はあるけど、一般的には休日の人が多いでしょ。だから毎週土曜日は空いてるのに。


「…の関係で電車の発着が遅れ、お急ぎのお客様にはご迷惑をおかけし…」


電車が発車し間もなく、そんなアナウンスが流れてきた。なるほどそれなら致し方ない。
そう受け止めつつ、辺りをキョロキョロ見渡した。車内は混んでて、あたしの視界はぎゅっと狭められてる。でも目を凝らして探した。

実はここ最近、なぜか毎週土曜日にだけ、この時間この車両にカッコいい男子が乗ってるんだ。しかも降りる駅も一緒。残念ながらその先は、あたしは北口でその人は南口なんだけど。
背が高くてイケメンで、でもちょっと派手な髪型をしててちょっとだけ怖い雰囲気があるから、車内がガラガラであっても近寄ることはできないけど。

遠くからこっそり見て、勝手にときめいてる。あたしがいつも目を向けてるせいか、何度か目が合ったこともあったり。どんな人なのか、どんな声なのか、なんて名前なのか、勝手に気になってる。


(…うーん、いないなぁ)


人が多過ぎるからかもしれないけど、見つけることはできなかった。今日は休んでるのかな。

そう思っている中、次の駅に到着した。またドッと人が乗ってくる。
押し潰されたら嫌なので、隙間を縫って、座席の前の吊り革エリアに移動した。こういうとき背が低いと便利だね。


(ふーっ、これで安泰)


そう安堵しつつ顔を上げると。ちょうど今の位置から真正面、線路脇に生えてる木のおかげで、目の前の窓が鏡のよう。その反射した景色に、びっくりして声が出そうだった。

チラッと横目で右上を見上げると。


(あの人だ…!)


そう、あたしの隣にいたのは例のカッコいい男子。途端に緊張して、ドキドキと心拍数が上がる。同時に電車が発車した。

何度も言うけど、今日はとても混んでて、電車の揺れで人とぶつかることもしばしば。そんなときに彼と隣になっちゃうなんて…!


「…ふあ〜あ」


わずかに反射する窓から、彼が欠伸をしたのがわかった。眠いのかな。ちょっと怠そう。

絶対聞こえないだろうけどあたしとしては絶対、お腹の音とか聞かれたくないし、息が荒いとかも思われたくないし、ちょっと蒸し暑い車内で汗臭いとかも思われたくない。さっきからどこからともなく汗臭さが漂ってるけど、これはあたしじゃありませんよー!と言いたいぐらい。言えないけど。

そしてふと、あたしの右肩にかけてる鞄が、彼の左腕に触れてることに気づいた。そんなに影響はなさそうだけど…、でも、横幅が広い女だと思われたくない。


(そうだ、上に…この上に…)


網棚に乗せようと鞄を担ぎ、背伸びした。その動作自体、彼にぶつかってしまわないよう、できる限り左に寄りながら…ごめんね、隣のおじさん。

でも、教科書類を何冊か入れてるせいかあたしの鞄は重くて。おまけに網棚ってなんか、手前の方が高いでしょ。なかなかうまく乗らない。…足が攣りそう、どうしよう。届かなくて断念とかなんか恥ずかしいけど…足が攣ったらもっと恥ずかしいし……。

そう思って、鞄を下ろしかけた瞬間。ふわっと、担ぎ上げた鞄の重みがなくなった。そして鞄へ、横から手が伸びてる。


「よっ、と」

「……」

「乗せたいんじゃろ?」


横からの手は、例の男子だった。彼は、とても重たいあたしの鞄を片手で掴み、軽々と網棚に乗せた。

そして目が合ったその顔は、遠くからこっそり眺めるときよりもずーっと、男前に見えた。…プラス、やっぱりちょっとだけ怖い雰囲気が。いや、優しいんだけれども。


「…す、すみません」

「いいえ」


わーわー、話しちゃった!鞄乗せてもらっちゃった!カッコいいだけじゃなくて優しい!ついでに言うとやっぱりちょっとだけ怖い!そしてじゃろって何!どこ出身ですか!?

ドキドキして、ソワソワして、外は少し涼しいのに車内だけ蒸し暑い、そんな季節。余計に汗が出てくる。


(…あ、お礼言ってないや)


ありがとうって、言わないと。とても助かりました!とか。苦労かけましたね、とか。

チラッと、再び横目で見ると。また、ふあ〜あと欠伸をしているところだった。よっぽど眠いんだろうな…話しかけるにかけられない。緊張もあり、もどかしさもあり、そういえば今日、予習やってなかったなーと関係ないことを考えた。

そして次が降りる駅、となったとき。再び彼は私の真上に腕を伸ばし、さっき上に乗せた鞄を取ってくれた。


「はい」

「…あ」


今だ、言うチャンス!…そう思ったものの、あたしが鞄を受け取ると彼はすぐ背を向けて、他の人に続きドアの方へ足を進めた。
でも今言っておかないと。なんて礼儀のない子だ、なんて思われちゃうかも。

降りたホームはうちの学校の生徒でいっぱい。でも彼からは目を離さず(髪の毛目立つから楽勝)、こっそりこっそり後を追って。

改札を出て最後、北口と南口との分かれ道。右に行けば北口で、左に行けば南口。ポケットに手を入れながら、彼は左手、南口へと歩いて行く。南口からしばらく行くと立海大附属中学があるから、彼はそこの生徒なんだろうな。

もうそこそこ距離は離れちゃったし、来週もまた会えるかもしれないし、周りに人もいるし……でも。


「ありがとうっ!」


あたしの後ろには、北口へ向かうきっとたくさんのうちの生徒たちがいるに違いない。だからきっと何叫んでるんだろう、なんて思われてるかも。でもまぁ最上級生だしどーせ女子校だし別にもう…ていうか、彼は自分に言われたことだと気づかないかも。それはしまった…ッ!

でもそんな心配は無用だったようで。くるりと、彼はすぐに振り向いてくれた。
そして彼の目があたしを捕らえると、唇が、かすかに動いた。


「…ーえ?今なんて…」


声は届かなかったけど、でもその動いた唇で、何かしら返事をしてくれたのはわかる。
そして少し笑いながら手を振って、彼は再び歩き出した。

足を肩幅以上に空けていたと気づいたのは10秒後ぐらい。それまで、たったの10秒でもすごく長い時間ぼーっとしてしまった気がする。彼の笑顔や雰囲気に、あたしの何かが奪われた。

立海の生徒だということは確実だろう。学年はたぶん3年生だとは思う。大人っぽいし、ていうかもっと上にも見えるけど。

なんて名前なんだろう。どういう人なんだろう。次会ったら、挨拶だけでもできるかな。
土曜日がすごく楽しみになった。

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