嘘つきな私

「え!今日試合なの!?」


あたしにとってはラッキーサタデー。いや、世間一般的にも土曜日が一番好きだっていう人が多いかもしれない。次の日休みだしね。

今日も電車内で例の彼を見つけ、先週と違ってドア付近に一人でいて、これはチャンスとばかりに近寄ってみた。というかホーム内から彼が見えたので、すぐに移動して堂々と向かいの扉から入ってみた。あまりあからさまだとストーカーだと思われるかもしれないので、あくまでも偶然を装ってね。

彼は入ってきたあたしに目を向けて、おっ、という顔をした。完全に偶然を装えた、そのときのあたしは、よしうまくいった!とばかりにドヤ顔だったかもしれない。


「ここから乗っとるんじゃな」

「うん!…あの、おはよう」

「ああ、おはようさん」


カッコいい!相変わらずカッコいい!けどどこ出身なんだろう…でもカッコいい!


「…えっと、部活?」

「ああ。朝から晩まで」

「そうなんだ〜!すごいねぇ、立海って土曜日学校は休みなんだよね」

「まぁ平日の朝練よりは起きるのもゆっくりじゃし、どうせ日曜もあるしの」

「日曜も部活があるんだ!じゃあいつも日曜もこの時間の電車に乗ってるの?」

「んーまあ、だいたいな」


なるほど。ここで、なぜこの彼と会うのは土曜日だけなのかを理解した。平日は朝練でもっと早くて、日曜日はあたしは乗ってないから、土曜日に会うってことね。

そしてもう一つ悟った。なんと日曜日も練習があるって。あたしが考えていたよりもずっと、彼はスポーツに全青春を注ぎ込んでいるに違いない。

…と、言うことは。


「あ、あの」

「ん?」

「…彼女って、いるんですか?」


まだこんなこと気軽に聞けるような仲じゃないけど。でも聞いておかねばと思って。もし彼女がいるなら、あたしがいくら浮かれようがキャッキャしようがただのピエロだ。それこそ、特定の男子に本気になる前に聞いておくべき事柄第1位。おととい閃いて、次会ったら聞こうと思ってたんだ。


「いや、おらんよ」

「あ…、そうなんだ〜!意外だね〜」

「そうか?この髪のせいで女子からは怖がられとるぜよ」


そう言って彼は自分の前髪を触った。…なるほど、確かにあたしもそれでちょっとだけ怖いような気もするし。まぁ顔ばっかり見てるせいか、カッコいいしモテるとは思うんだけどな。

そしてそんな彼はスポーツに全青春を注ぎ込んでいるわけで。これだけ忙しいなら、きっと彼女とか作ってる暇もないんだろう。いなくてラッキー!意外だね〜とか言いつつめっちゃテンション上がる!いなくてラッキー!

不意にそのとき、彼がフッと笑った。


「え?どうしたの?」

「いや。ちょっとおもしろかったんじゃき」

「?」

「それで、他に何か聞くことは?」


他に何か聞くこと?…それじゃまるで、あたしが彼に質問したがってるような…いや、したいけど。なんで…。

そこで彼の目線があたしの左手の甲に向かっていると気づいた。その手には…。


“カノジョいるか”


おととい閃いたとき、忘れないようにと手に書いた。でもあっちゃんに借りたペンがうっかりなのかわざとなのか油性ペンで、なかなか消えなかったんだ。袖は長いし見えないと思ってたんだけど…!

サッと手を後ろに引っ込めると、彼はさっき以上に楽しそうに、声を出して笑った。
…何か話題転換しなければ!


「あ…えーっと…、部活は楽しい?」

「まぁそれなりに楽しいぜよ。でも一応引退はしとるから、肩身は狭い」

「へぇ〜…でも引退後も毎日参加なんて熱心だね!立海のバドミントン部って強いの?」

「ん?」

「立海のバドミントン部って、強いの?強豪?」

「バドミントン…まぁ弱くはないんじゃないかの」

「なるほど〜!すごいねぇ!」


電車内は朝だし静かなんだけど、やっぱりガタンゴトンと音がするせいか、ちょっと聞き取りづらいシーンもあったけど。あたしと彼との会話は思いの外弾んだ、弾みまくった。

そして冒頭の台詞に戻る。


「今日は練習試合じゃき」

「え!今日試合なの!?」

「試合自体は午後からじゃけど、練習前にミーティングがあってな。だからなるべく遅刻はしたくない」


チラッと、彼は自分のポケットから携帯を取り出して時間を見た。集合時間が何時かはわからないけど、立海は駅からちょっと歩くし、そういえばこないだもこの時間だと、“たまに間に合う”程度なニュアンスで言ってたな。

これはきっと、悪いけど駅に着いたらダッシュするんで、という宣言に違いない。つまりあたしとくっちゃべってタラタラ歩く暇はないということで…。

つまりあたしにも、走れと。そういうことか…!


「お前さんは?部活やっとるんか?」

「え?あたし?えっとバスケ部!」


言った瞬間、なんでバスケ部なんだと思った。バスケ部どころか部活入ってないし…!何となく、彼のイメージがバドミントンよりバスケ寄りということが頭から離れてないのかもしれない。


「へぇ、ちっこいのに。頑張っとるわけか」


優しく笑った顔を見て、今からでもバスケ部入れないかな、なんて思った。彼に余計な嘘をついたという罪悪感は、この時点ではなくて。いい子に見られたい、頑張ってるって思われたい、そういう気持ちが恋と一緒に芽生えてる。

そしてまもなく、お互いの学校がある駅という頃合い。離れるのは残念。いい子に見られたい。


「さぁ、急ぐよ!」

「え」


電車が止まる寸前、彼の腕を掴み、扉ギリギリまで押し出した。


「ちょっと危な…」

「足元には気をつけて!」

「あ、はい」


扉が8割開いた直後、ジャンプするように電車とホームとの間を越えて一目散に走り出した。彼もちょっと戸惑ったみたいだったけど、あたしのすぐ後ろについてきた。


「時間ないんか?」

「時間ないよ!…ないよね?」


何時集合かはわからないけど、遅刻はしたくないわけで、ダッシュ宣言みたいなものもしてたわけで。

いい子に見られたい、でもこれっていい子?よくわかんないけど。少しでも一緒にいたいから、一緒に走る。あ、なんか青春っぽい!


「はい!じゃあまた来週!試合頑張って!」


いつもの分岐点。そんなに長いこと走ったわけじゃないけど、階段を駆け下りたもので、それなりに息が上がる。でも彼は全然。やっぱりスポーツやってると違うんだな。

さよならの合図で手をあげると、彼はさっきと同じように、もしかしたらさっき以上に笑った。


「お前さん、何て言うんじゃ?」

「え?」

「名前、何さん?」


急がなくていいのか、ちょっと心配になりながら、そういえば部活どころか彼女の有り無しなんかよりもずっと聞くべきことを聞いてなかったと気づいた。


「すず!」


こういうときは普通は名字を名乗るべきかもしれないけど…名前で呼ばれたいしーなんていうワガママ。いい子に見られたい気持ちに反してる気もする。


「すずか、了解。俺は雅治」

「マサハル…くん」

「フルネームは仁王雅治じゃ」


でも彼はすんなり受け入れてくれたし、そして彼も名前で教えてくれた。…名字も付け足したけど。

彼は再び携帯の時刻を確認して、ほんとにそろそろまずいと思ったらしい。
“じゃあまた来週な”、そう言って去って行った。

カッコいいし、優しいし、ちょっとだけ怖かったけどもうそれはすっかり消えた。

立海、ニオウマサハル、バドミントン部。彼のパーツが集まりつつある。
そして今日は午後から試合って言ってたし…。
ようやく学校までの道を歩き始めたあたしの頭の中では一つ、名案が浮かんでいた。

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