「大丈夫、もう諦めるよ」

「それならいいんじゃけど」

「うーん……やっぱり一年かけて」


間接フリーキックですね


11月。修学旅行が終わって2ヶ月近く経ったが、その間俺は部活地獄三昧だった。いや、普通にやる分には楽しいんじゃけど。レギュラー候補にもなり、いろいろ作戦練ったりな、相手の弱点とかどう攻めるか、どう騙すかって。
ただ厳しいやつやきつーいやつらがおるから。そのせいでサボりたくなる気もする。

おまけに明日は体育祭で、連日体育祭の予行練習もしとるせいか、一日中体動かしてる気分。疲れがだいぶ溜まっとる。そんな俺を癒すのは屋上での昼寝。

ちなみに厳しいやつから屋上に行くことを禁じられてる。こないだ見つかって、生徒は出てはいかん!と先生並みの説教を受けた。
でも俺は屋上へ行く。なぜか?そこに屋上があるから。というか、海風館の焼肉定食をすでに持ち出してきちまったから。


ドアのノブに手をかけて一瞬、止まった。いや、俺は霊感とかあるわけじゃないが、なんじゃ、変な感じがしたんじゃ。この先には行くなって。

まさか、そう思って耳をドアにくっつけた。焼肉定食をひっくり返さないように。周りに人はいないからこんな変な格好ができる。
中から…じゃなかった、外から、声が聞こえてきた。


「ちゃんと言ってくれてありがとな」


ブン太の声だ。そういえばさっきジャッカルと海風館で会った。いつも一緒のブン太はいなかったからどーしたんかと思ったがスルーしたけど。


「い、いきなりごめんね…!」

「いやいや、めちゃくちゃうれしいぜ」

「そのー…なんか先に噂が回っちゃってて、付き合ってるとかも勝手に言われてて、ブン太に迷惑かかっちゃうって、思ってそのー…」

「迷惑なわけねーって。俺は全然大丈夫」

「あ、ありがとう。でもほんと、迷惑かけたくなくて…だから、気にしないで」


あははっと、女子の空笑いが聞こえてきた。うん、完全に空笑い。絶対笑っとらん。
ブン太はなんて答えを出すのか。まぁ相手が気にしないでって言うぐらいじゃき、勝率はほぼ0なんじゃろう。でも噂が先行して、言わざるを得なくなったと。負けず嫌いなタイプらしい。
……負けず嫌い?ちゅうか、この声。


「俺としてはなんて言うかそのー、工藤は工藤…でさ。もちろん好きだけど…」

「あ、うん大丈夫だよ、無理しなくても!」

「ありがとな。…とりあえず、これからも仲良くしたいから…シクヨロってことで」

「うん、シクヨロ!こちらこそありがとうね」


ヤバい、なんだか俺が泣きそう。何この空気。好きなだけに傷つけまいとする男と、好きだからそれをわかって受け入れる女。好きじゃないけどとりあえず付き合う俺とは全然違う。姉貴に借りた少女漫画のワンシーン見とるみたいじゃ。あ、聞いてるだけじゃが。
そしてそんな切ないシーンをこっそり盗み聞きするマヌケな体勢の俺。母親が知ったら泣くな。

…と、感傷に浸ってる場合じゃない。ブン太が出てきそう。


「…おい仁王」


急いで階段を駆け下りたものの、焼肉定食を落とすまいと慎重になってたせいで、バッチリブン太に見つかった。


「聞いてたわけ?」

「何が?」

「何が、じゃねーよ」


階段を下りながらはぁーっと深いため息をついて、ブン太は廊下を進んだ。俺もそのあとを追う。何度も言うが、焼肉定食を持って。


「なんで付き合わんの?」

「なんでって、そりゃ…」


ブン太は少し口ごもった。さっきの遠回しな断り方といい、ブン太のくせにやけにはっきりしない。

さっきふと思い出した。工藤って名前とその声、どっかで聞いたことあるって。ブン太のことが好き、負けず嫌い、そこから思いついたやつが一人、おった。

振り返るとその俺の予想を裏付けるように、二ヶ月ほど前にちょっとした接触があった工藤さんの後ろ姿が見えた。


「普通にかわいいタイプじゃろ、工藤さん」

「知ってんの?」

「まぁ運命の出会いがあってのう」

「なんだよそれ」


運命と言えば運命チックだった。自分で言い出しておきながら、思い返すとそう言えばそうかも、ぐらい思った。


「あいつのことは普通に好きだけど、ダメなんだよ」

「え、なんで?付き合えばええじゃろ」

「いや、そういうんじゃねーんだ。だからダメだって思った。中途半端に付き合っちゃ」

「意味わからん。割と好きなら付き合ったらもっと好きになるかもしれんし」

「それでもし無理だったらどーすんだよ。別れたらもう終わりだろ、友達にすら戻れないじゃん」


あーなるほど。好きだけど恋愛とは言い難いと。とりあえず付き合ってみたもののやっぱりダメで後々気まずくなるっていうのが一番嫌だと。

それはなんとなくわかる気がした。俺にはそう思えるほどの女友達はいないが。
別れたらもう終わりっていうのはわかる。たとえ友達でいいから、たまに話せればいいからと思っても、二度と目も合わせられない切なさ。

普段はガキっぽいが、こいつは俺よりずっと達観してると思った。恋愛に関しては。
ただ、はっきりと断らなかったことはどうだか。


「なら、恋愛対象じゃないって言えばよかったじゃろ。好きだけどって、余計だったんじゃないかのう」


またブン太は口ごもった。確かにそうかもと思うところがあるんじゃろ。まぁ好きなだけに傷つけたくないって思ったんじゃろうが。

これがこの先どう影響するか。少し興味があった。


次の日の体育祭。俺は去年サボったので、担任からそれはそれはきつーく絶対参加しろとのお達しがあった。まぁさすがに二年連続はキツいかと思ってとりあえず適当に参加はすることにしたが。

俺の思いに反して、俺はリレー代表に選ばれた。なんじゃ、速い順て。そんな中学生の体育祭なんざ参加することに意義があってのう、という意見は即却下された。去年出てないやつがどんな顔して言うんだって、こんな顔ぜよ。

危うくアンカーになりそうだったので、そこはなんとかご勘弁をと他の男子に押し付けた。柳生はきっぱり断りやがって。
そのリレーの待ち時間。


「あ、仁王君」

「あーどうも」

「今年は参加してるんだね」


工藤さんと同じ待機場所だった。正確には工藤さんはアンカーから2番目。俺は4番目。よかった、アンカーから2番目や3番目もなんか勝負所じゃし嫌だと言っといて。工藤さんは確か陸上部。抜かされるかもしれんし、そうなったらシャレにならん。


「…仁王君」

「ん?」

「昨日、聞いてた?」


あーもう、俺の番が来るまでに差つけて負けとけと祈ったのに。意外にも単独トップ。テニス部は足速いし、他のクラスもアンカー含め終盤はテニス部が目立つ。他のやつらとのガチ勝負は嫌だった。
そんなときに聞かれて、ドキッとした。


「二人で歩いて行くの、見えたから」

「…あー、たまたま」

「いや、いいんだけどね。仁王君、あたしの生徒手帳も見たでしょ。見てないって言ってたけど」


もうハイとしか言えない空気だった。確かに見たが、見てないことにした俺の気遣いを無駄にせんで欲しかった。


「落書きしようか迷ったんじゃがな」

「落書き?」

「ああ、あの写真に。ヒゲとか」


あははっと工藤さんは笑ったが。思い出したのか、ちょっと視線を下にした。

工藤さんの生徒手帳を見たときはビックリした。毎日よく顔を合わせるブン太の写真が挟まっとったから。あー好きなんじゃなって、すぐわかった。そのときは話したこともなかったから、変な感覚だった。


「なんか、ダメだったみたい。聞いたかもしれないけど」


その場でもブン太からも聞いたこと。別にわざわざ報告せんでもいーのに。だって思い出したように、ちょっと涙目じゃろ。
おまけにダメだったみたいって。ほらな、あいつがはっきり断らんから工藤さんも絶対モヤモヤしとる。

かける言葉がないまま、俺の出番がきた。
結果は、まぁ無難にそのままトップで。ただ、工藤さんのクラス、ようするにブン太のクラスは、ここからジャッカル、工藤さん、ブン太と、めちゃくちゃ速いやつらが待ち構えちょる。もっと全力で走って、差つけとけばよかったかと思った。


「やっぱりブン太はすごいなー」

「え?」

「速いなー」


工藤さんも走ったあと。工藤さんのときにうちは抜かされ、そこのクラスがトップになった。だからすごいのは工藤さん。なのにブン太がすごいと言うんじゃな。


「あんな言われ方じゃ、難しいと思うがの」


アンカーはトラック一周。ずっとブン太を目で追う工藤さんは、楽しそうでも切なそうでもあった。
その工藤さんの視線は、俺に向いた。大事なブン太のカッコイイアンカーなのに。


「ちょっとずつ吹っ切っていけばいいぜよ」


ああ何カッコつけて慰めとるんじゃと、たぶん赤也辺りがこのやり取り聞いたら爆笑するじゃろな。俺もなんか俺に笑いそう。

でも工藤さんは笑わなかった。いや、笑ったが、ありがとうって言ってるのがわかるような、優しい笑顔。


「大丈夫、もう諦めるよ」

「それならいいんじゃけど」

「うーん……やっぱり一年かけて」


一年かけて、というのは、一年後のこの体育祭では、ブン太を思ってないと、そう決めたっちゅうことか。

笑いながら言ったものの、やっぱり負けず嫌いなんじゃなと、改めて思った。
それと、俺もアンカーにしとけばよかったと。そう思った。

 
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