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ついに待ちに待った合宿がやってきた。去年の経験からおそらく練習は死ぬほどハードじゃけど、ちゅうか全国控えた時期、それは覚悟しとるけど。

それ以上に楽しみなこと目白押しじゃ。さぁ、俺のカッコいいプレーを見てくれと言わんばかりの張り切り様だった。午前中までは。


「遠い目だな、仁王」


その通り遠い目をする俺に、参謀がこそっと耳打ちした。たった今午後からの練習が始まり、あんまり堂々と無駄話はできない。


「遠いぜよ、あそこまで」

「個人的な意見で恐縮だが、あれはお前を避けているのかもな」

「!」

「なーんて、冗談だ」


ふふんと意地悪く笑った参謀を、できればこの左手のラケットで殴打したかった。
…避けてる?ひかりちゃんが俺のことを?

そう不安になるのも無理はない。写真部としてあとから合流したひかりちゃんは、やっぱり練習中接触してくることはない。それどころか常に俺から一番離れた場所にいて、ツッコミたくなるほど真逆のポジション取り。最初たまたまかと思ったが、午後になってからも変わらず。

え、マジで避けられとる?夜ひかりちゃんの私服や運が良ければパジャマ姿を見られるんじゃないかと期待してた下心がバレた?


「そんなバカな」

「なにブツブツ言ってんスか?」


いつの間にか消えていた参謀に代わって、赤也が俺の目の前にいた。そうそう、次赤也とダブルスだった。


「何でもなか」

「?…それよか仁王先輩、ひかりと話せました?」


声がデカいんじゃこのワカメ野郎。余談だが、このワカメ野郎っちゅうかわいそうなあだ名は柳生がこないだ生み出した。赤也をもう一段階キレさせるためになんかいい暴言はないかと参謀がレギュラー陣に公募した結果、まさかの紳士柳生からそんな案が。つい使いたくなるが、これはお楽しみらしくまだ言っちゃいけないらしい。


「話してない」

「えー、せっかくなのに?休憩中でもあっち行ってくりゃいいじゃないっスか」

「避けられとるから」


確定じゃなかったけど。でもほんとにそうなんじゃないかと思っちまうぐらいだった。…とはいえ赤也に言うなんて失敗だったか?

でも失敗じゃなかった。赤也は急にうろたえ始めたから。これはなんか知っとる。


「全部話してもらおうか」

「いやいやいや!違うんス!俺は別になにも…!」

「ほーう、なら真田や幸村にバラしてもいいんじゃな。一学期末の補習をバックレてテニス部史上初親呼び出しの騒動になったっちゅうことを」

「なんで知ってるんスか!内緒にしてくださいっスマジで!」

「じゃあとっとと吐きんしゃい」


赤也は知らんだろうがその件はとっくにみんな知っとる。でも全国大会前じゃき、余計な罰則は邪魔だと幸村が真田を宥めて今んとこ知らん顔しとるんじゃ。しかし残念だったな、全国大会終わったあとにキツーい制裁が待っとるぜよ。

そんな半分ズルい脅しが功を奏し、赤也は事情を話し始めた。


「仁王先輩って、名前は出してないはずっス。…たぶん」

「……」

「でも、たぶん…誰かしらがひかりに好意を持ってるってことは、気づいてるかも」

「じゃあ何か、もしかしたらそれで俺がって気づいて、迷惑だから避けとるっちゅうことか」

「いやいやいや!そこまでは違うと思うんスけど!ただ…」

「ただ?」

「もともと乗り気じゃなかったっぽいっス、あいつ」


それは合宿に?と、そう聞こうとしたところで、いい加減に練習を再開しろと参謀から窘めが入った。真田に気づかれて制裁は勘弁じゃし、渋々練習を再開した。

ひかりちゃんがここに来るように仕向けたのは俺。ここに来て、ひと夏の思い出的ななにか楽しいことがあればって。
それは単に俺のワガママだった。ひかりちゃんは来たくなかったんか。

その後の練習も、なんとか周りには気取られないように頑張ったつもり。でも身が入ってたかといえば全然。一番楽しみにしてた浜辺での花火の時間まで、あっという間だった。


「仁王くんも一緒に花火しようよ」


バレー部も合流して、ブン太や赤也たちは一緒に楽しそうに花火をしてた。俺はあんまりする気になれず、ぼーっと波打ち際に座り込んでたら加藤さんが声をかけてきて、手持ち花火を差し出した。


「ん、ああ」

「練習疲れたの?ぼーっとしてる」

「まぁそんな感じ」


重い足取りでみんなの輪に入った。花火の明かりはあるものの真っ暗じゃし、煙もすごいしではっきり見えんが、服装やら背格好で誰が誰だか確認していった。ブン太や赤也、ジャッカル、柳生…最後に、輪から少し離れてマネージャーと幸村が早くも線香花火対決をしてるのが目に入った。

ひかりちゃんがいない。一緒に来た写真部の3年はすぐそこにいるし、赤也もブン太もここにいる。他に知り合いはいたか?

…いや、たぶんいない。一番の仲であるマネージャーは幸村に夢中、写真部の3年は同じ3年同士の輪がある。クラスメイトである赤也も赤也で、テニス部の輪がある。


「これ、続きやっといて」

「え?」


もう半分近く縮んだ花火を、隣にいた女子に押しつけ走り出した。

ひかりちゃんは、もしかしたらほんとに俺のことを迷惑がっとるのかもしれん。
ただ、もともと乗り気じゃなかったのは、俺、というよりも、こうなることが予想できたからじゃないか?
知らない場所で、みんなの輪の外で、ひとりぼっちになることが。

ペンションの手前、道路のガードレールに座る人影を見つけた。ペンションはみんな外出するからと参謀は鍵をかけとったから、中に入れんかったんか。


「ひかりちゃん」

「…仁王先輩?」


ちょっと坂になっとったから息が弾む。ようやく目の前についてその顔を見つめるとひかりちゃんは、どうしたんですか、とでも言いたげな顔。


「…ごめん」


一人にしてごめん。俺のワガママでひかりちゃんをここに来させた。避けられとるかもって、そんな自己中な心配じゃなくて、もっと早くに気づくべきだった。


「なんで謝るんですか?」

「……」

「仁王先輩?」


いろいろ言いたいことはある。一人にしてごめんとか、俺のワガママで来させてごめんとか、避けてたかもしれないのに追いかけてきてごめんとか。

でもなかなか言葉に出せず黙り込んじまった。そしたら、ひかりちゃんが少し笑った。


「私ケガしちゃって」

「…は?」

「さっき浜辺で貝殻踏んじゃって。足が…」


すぐにしゃがみ込んで無礼ながら確認させてもらった。いや、疚しい気持ちはない。ひかりちゃんふわふわのスカートじゃし、中が見れるとか期待してとかそんなんじゃない。足がきれいとかすべすべとか暑いのにひんやりしてて気持ちいいとかそんなんは……。


「に、仁王先輩…あの、傷はそこじゃなくて足の裏なんですけど」

「え?…ああ、ぱっくり切れとる」

「そうなんですよ。絆創膏ないかなって思って、戻って来たんですけど、開いてなくて」


そうだった。俺もここに来るなら参謀に鍵借りてくりゃよかったぜよ。

二人の時間は惜しいが。でももうこれ以上ワガママは言えない。ケガしとるし痛そうじゃし。


「今参謀んとこ行って鍵もらってくるぜよ」

「え」

「お前さんはここで待っとっ…」


立ち上がり走り出そうとすると。後ろからTシャツをぐいっと引っ張られた。顔だけ振り向くと、掴んだままひかりちゃんは俯いてた。

避けてたんじゃなかったんか。俺のこと迷惑だって、そう思ってたんじゃ…いろいろ思ってる間に、その手はゆっくり離され、数秒間無言が続いた。
俺はもちろん浜辺に戻ることはやめて、ひかりちゃんの真ん前にしゃがみ込んだ。俯いてるから、こうでもしなきゃわからん。


「ひかりちゃん」

「……」

「そんなことされたら俺、期待しちゃうじゃろ」

「期待…?」


そう期待。うっすい期待。詐欺師のくせに、悪魔をも騙す男なんて言われるくせに、一人の女の子のことがわからず自分の都合のいい期待に賭けるとは、情けない。

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