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躊躇いながら、でももうどうしようもないと諦めて足を動かした。
そして出口が見えたその瞬間、返事がきた。


来て欲しいです。




青木さんらしくなく、ずいぶんはっきりした物言い。

それは幸村のため?大事な手術の日に仲間が来ないなんて、幸村が悲しむから?それを見たくないから?
でもそんな情けない言葉は送れない。

そう思っていたら、青木さんから追加でメッセージが届いた。


すみません、ワガママでした。ちょっと仁王先輩に会いたかったんです。すみません。忘れてください。




ドンっと、立ち止まった俺の背中に赤也がぶつかった。


「ちょ、急に止まんないでくださいよ」

「やっぱり行く」

「は?」


くるりと振り返り、みんなを見渡した。みんなして俯いてお通夜みたいな暗い顔。ハタから見りゃ俺もそんなんだったかもな。


「俺、病院行くぜよ」

「はい?帰るって、仁王先輩が言い出したんじゃ…」

「やっぱり行くことにした。俺のことは気にせんと、帰りたいやつは帰ればいいぜよ」


しかしながら病院までの道がわからんのでできればどなたか連れてってください、そこまで言うと、誰かが笑い出した。


「お前さ、気まぐれにも程があるだろぃ」


ブン太だった。自分が負けたわけでもないのに、さっきまで死んだ魚の目をしとったが。今は、普通。


「幸村君、きっと待ってるもんな。よし、俺行く。ジャッカルも行こうぜ、俺道わかんねーし」

「…そうだな。俺も行くぜ。つーか俺も道わかんねぇ」

「んじゃ赤也。お前も一緒行って代表して幸村君にシメられろい」

「うぇ!?…まぁそれは覚悟してるっスけど…ってか、俺もわかんないっスよ。柳生先輩は?」


柳生は問いかけた赤也ではなく、俺を見た。その目は、“あなたも皆も何度も行ったことあるでしょう”なんて言ってるように感じる。


「私もわかりません。ですので」


真田君、柳君、案内よろしくお願いします。そう柳生が言って、俺らの一芝居は終わった。赤也は素でわからんかったろうけど。

みんなで一緒に、もうすぐ帰ってくる仲間の元へ行く。迎えに行く。
このことは、ものすごく大切なことだったはず。身勝手な嫉妬でそれを潰さんでよかった。

余談だが、病院への道のりで、唯一相談できそうな参謀に意見を求めた。


「簡単なことだ。最後に質問を付け足せばいい」

「質問?」

「そうだ。“俺は今日こんなことがあった”で終わるのではなく、“青木さんはどうだった?”と聞く」

「…ほう」

「それ以外にも気軽に出来る質問はたくさんある。例えば誕生日、血液型、家族構成、スリーサイズ、好きな食べ物、好きなタイプ、かっこいいと思うテニス部員、明日の天気」

「聞けそうもない質問がちょいちょい混ざっとるけど」

「そうすれば自然とやり取りは続くだろう」


なるほど。俺が引っかかっていたことに関する解決の糸口が見えた。

引っかかっていたこと、それは、LINEのやり取りは増えたものの、一回一回が一往復で終わるということだ。俺が返事をしないのが原因だが、青木さんからのメッセージがあまりにシンプルなんで、どうにも返信しづらかったんじゃ。よかった、これからは長く続く。

納得する俺を見て参謀がニヤッと笑った。ああ、もうバレバレでもなんでもいい。
“会いたかったんです。”
これだけで準優勝の悔しさや苛立ちが、多少は薄れた。

そう、薄れたと思った。


「あ、ひかりなら帰りましたよ。すれ違いませんでした?」


病院に着くと1階のロビーにマネージャーがいた。どうやら幸村は今眠ってるようで、まだ面会はできなさそう。

そして俺らを待っていたマネージャーは俺の、“お前さんだけ?”という質問にそう答えた。


「真田先輩からこっちに来るって連絡もらったけど、まさかみんな来るとは思わなかったー」


そうも付け足した。真田のことじゃ、連絡っていってもダラダラと説明するやつじゃない。その通り“今から向かう”としか伝えてなかったんだろう。そして俺はと言うと。

さっきのLINE画面を確認して頭を抱えた。
青木さんからの、仁王先輩にすごく会いたいというメッセージ(意訳)に俺は、返信しとらんかった。つまり俺からのは、“行かない”っていうむちゃくちゃ冷たい言葉で終わってた。心の中じゃ“今から行くから待っとってね!”なんて送ってたのに。


「なんだよ、青木さんがいるからここ来るって言い出したのか」


俺とマネージャーのやり取りで、そばにいたブン太は察した様子だった。余談だがブン太は、マネージャーと会うなり元気がだいぶ戻ったらしい。


「さっき帰ったばっかだし、まだ駅に着いたか着いてないかぐらいじゃないですか?」

「今電話して呼べばいんじゃね?仁王」


ブン太の元気は戻ったら戻ったでけっこうウザいんじゃな。真田や参謀、柳生は幸村の親御さんとなんかいろいろ話しとって、赤也とジャッカルはそのそばに座ってる。幸村にもまだ会えなさそうじゃし。


「…ちょっとトイレ行ってくるぜよ」

「はいはい、車には気をつけろよ」

「トイレじゃき」


やっぱり元気なブン太はウザい。
言われた通りただ電話して引き止めればいいんじゃけど。いつもLINEばっかで電話なんてしたことない。おまけにさっきのやつに返信しとらんから、青木さんにちょっと気まずく思わせてるだろう。その今、電話はちょっと。

俺らは病院直通のバスで来たし、ちょっと駅までの道があやふやだったが、一応人の流れがあるほうへと全力疾走した。そういえば今日はほとんどカロリーを摂ってなくて、フラフラする。

たどり着いた線路沿い。一直線に走ると駅や、少し距離のあるここからでもホーム内が見えた。
そして電車を待つ人の列に、ちょうど青木さんもいた。それに一瞬安心して、足が勝手に止まる。まだゴールは遠いのに。


「青木さん…」


フラフラだからか、ただ走っただけなのにむちゃくちゃ息切れした。そのせいか俺の性格のせいか、線路の向こうの青木さんへ呼びかけた声は、小さかった。

でも青木さんは耳がいいのか、勘がいいのか。こっちを見た気がした。


「俺も、会いたかっ」


いくら耳がよくても勘がよくても、その言葉は絶対届いてない。
ちょうど電車が来て、俺と青木さんは遮られたから。

夕方で電車は満員。青木さんが乗った姿は見えんかった。
もしさっき、こっちを見たのが気のせいなら、きっと青木さんは乗っただろう。…いや、気付いてても気まずいであろう俺に構わず普通に乗ってるかも。

ダメか…。そう思って、線路を隔てるフェンスを掴んで俯いた。しばらくして電車の発車する音が聞こえて、それが遠のいて、周囲は当たり前のように静かになった。


「どうしたんですかー!」


静かな中、その声にびっくりして顔を上げると、青木さんはまだそこにいた。出口に向かって歩く人に邪魔そうにされながら、立ってた。
青木さんらしくない。電車に乗らなかったのも、そんな風にデカい声を出すのも。俺へ心配そうにそう投げかけたその顔も。

幸村の手術が無事成功して、うれしいんかな。


「いや…言いたいこと、あって」


たぶんたくさんある。まだ帰らんでほしいとか、戻ってきてほしいとか。今日の試合のことも話したいし、さっき参謀から助言を受けた数多くの質問、聞きたいことも山ほど。

幸村のこと、好きなのか?とも。


「今日は、ありがとう」


でもこれが一番いいと思った。今日はありがとう。心の底からそう思う。


「どういたしまして!」


やっぱり青木さんは耳がいいんじゃ。届くのか微妙なラインの頼りない俺の声が、ちゃんと聞こえてた。そして少し笑った青木さんの顔を見て、やっぱりそれが一番だったと思った。
全然関係ないのに青木さんは、休みの日なのに我らが部長に付き添ってくれたわけじゃ。

きっと初めてアイツと会話できたと思う。手術前アイツを励ましてくれたと思う。
“花は私が守ってるから大丈夫です”って、ずっと言いたかったことも言えたかもしれない。


「………よかったなって言うべきだったか?」

「何か言いましたかー?」


いや何でもない!と、俺も俺らしくなく慌ててデカい声が出た。

それはちょっとおかしい。だって俺にとってはよくないし…いや、それは俺だからであって、本来なら一緒に喜ぶべきなのか?わからん。でも無理じゃろそれは。


「夜連絡していい?」


そう聞くと、滅多に見れない、輝かしいほどのかわいい笑顔で、青木さんは頷いた。それでもう、フラフラだったのにお腹一杯になった。
今夜は参謀の教え通り、たくさん質問しようと思った。いくつか除いて。

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