storyteller:someone



「なぁ、この本誰の?」



夏も終わり秋の涼しさが増すある日のこと。部活前の部室での出来事。



「どれっスか?…ってこれ、女もんのファッション雑誌じゃないっスか。なんでここに」

「佐奈のじゃろ。授業中よく雑誌読んどる」

「ふーん。あいつでもこんな雑誌読むのか」



さも興味津々といったようにブン太はその女性向け雑誌をパラパラ捲った。冒頭の芸能人インタビューから始まり街頭ファッション、靴や鞄やアクセサリー、メイクの仕方まで実に多種に渡りその一冊に詰め込まれていた。そしてその本、終盤に差し掛かったところ。



「『気になる異性の射止め方』…?」



いかにも面白味溢れるコミカルな絵やグラフとともに並んだ文章は、どうやら読者から寄せられた実話エピソードをまとめたもののようだ。内容は字の如く、『気になる異性の射止め方』。

しかしながらブン太が一番気になったのは、そのページがドッグイヤーされていたということ。まさかこの本の持ち主、つまりは今のところその候補としてマネージャーである佐奈が挙がっているわけだが、彼女は『気になる異性の射止め方』を熱心に研究していたのか、という疑問。



「はは、あいつこんなもん信じてんのかよ」



と笑いながらバカにしつつも、細かくびっしりページに詰まった文字を一つ一つ読んでいく。ブン太の横から、赤也と仁王も覗き込んだ。



「えーまずステップ1、『彼女の有無の確認の仕方』……相手を褒めるついでに○○くんの彼女が羨ましい〜と言う」

「なんで彼女いるって断定するんスか?いなかったら変じゃん」

「まぁ待て。理由があんだよ。…『いやいや、そんな〜』と言葉を濁せばいる可能性大。逆にいなければこの場合『彼女はいないよ〜』とはっきり返ってくるはず……だってよ。カマかけるってわけだ」

「へぇ。なかなか駆け引き上手くていいのう。俺落ちるかも」

「あ、仁王先輩それ外で言わないほうがいいっスよ。きっと女みんな同じ手使ってきますから」



さらにブン太が読み進めること3ページ。中には携帯番号の聞き方やらデートの誘い方やらいっぱい書いてあった。男として、確かにこの手は使えると思ったり、いやーこれは微妙だろと思ったり、評価は様々だった。加えてこんなふうに男は女に研究されているのかと思うと、ちょっと複雑な3人でもあった。というのも、なんとなく聞いたようなフレーズもあったからである。先月告ってきたやつこの雑誌見てたんじゃね?と赤也は密かに思った。



「てか佐奈先輩、こんなの研究してどーするんスかね」



赤也の呟いた言葉に、残りの二人だけでなく赤也自身も固まる。
どーするも何も、その名の通り異性を射止めるために読み込んでいたのだろう。ということは、彼女には射止めたい相手がいるということを意味する。つまり好きな人がいるということだ。
彼らにとって、それは大変困る話だった。予期せぬ出来事。一番身近にいる異性は自分たちという自負がそれぞれにあり、その自分たちでさえ「抜け駆け禁止」が暗黙の了解であったからだ。その不可侵の掟を横から図々しくもぶち破ろうとするどこぞの馬の骨が、心の底から憎かった。
マネージャーはみんなのもの。誰かが独占していいものではない。部外者ならなおさら。
その一方で、自分が一番マネージャーに労われている褒められる好かれていると、それぞれが密かに思っていた。



「おーっす……って、何してんの?」



部室のドアが開いたかと思うと、佐奈が入ってきた。そのときの部室内は、彼女が不思議に思うのも無理はない光景があった。

3人とも机の周りに立って固まっている。ブン太は笑顔を引きつらせ「おお…」と言い、仁王は拗ねているのか目も合わせない。赤也にいたっては泣きそうな顔だった。

不思議に思い3人の中心を覗き込むと雑誌のようなものを発見。もしかしたら心霊写真が載っている雑誌とか、3人揃って怖くなってたりして、など佐奈の頭を過ったが、まさか彼らに限ってそれはないと思い直した。



「どーしたの?また真田に怒られたの?」



とりあえず佐奈は、泣きそうな赤也を慰めようと彼の頭を「よしよし」と撫でた。次いで鞄の中をがさがさ漁り、「ほら、お菓子だよ」とブン太にチョコを与える。この二人はだいたいこれで機嫌も直るが、残る仁王は厄介。珍しくもむすっとした仁王の顔を覗き込み、「おーい、におー」と手を振る。するとバツが悪そうに一応目は合わせてくれた。仁王は機嫌が悪くても一生懸命話せば無視はしない、ちょっと大人なのだ。ブン太や赤也が機嫌の悪いときはとことん無視されるが。

一度に3人をあやせるとは、さすがマネージャー、とそれぞれが思い一瞬だが心安らぐ気持ちになった。しかしそれより不安のほうが今は大きい。



「佐奈先輩…」

「ん?どうした?」

「お前さ……」

「うん。なに?」



順番的に自分だなと、仁王が事の核心を話そうとしたとき、静かに部室のドアが開き、中に入ってきた人物も先ほどの佐奈と同じように一瞬止まったのがわかった。

誰が来たかは4人とも見なくともわかっていた。まず、真田は開け方自体が荒々しい。だから違う。そして柳生は真田と同じクラスでいつも一緒にくるので違う。ジャッカルの場合、ジャッカルはいつも挨拶をしながら部室に入ってくる上に、リアクションが素早いので見た瞬間「おわっ、なんだ!?」といった反応をするはず。なので違う。幸村も同じく反応は早いので「あれ?どうした?」というジャッカルとは対照的に恐ろしいほど落ち着いた声があるだろうし、それ以前になんとなくなオーラがあるので幸村も違う。

つまり今入ってきた人物は、静かに入ってくるタイプであり、止まりながらもその脳内では異常なスピードで今この部室内でなにが起きているのか推理している柳。

そしてその歩く計算マシーンは、完璧なまでの推理と解決法を解き明かした。



「まず結論を先に述べる。その机の上に置いてある雑誌は俺の姉のものだ。嫌がらせだか知らないが俺の鞄に入っていてな、今朝気付いたのだが教室に持っていくのもマナー違反だと思いここに置いておいたというわけだ。つまり『気になる異性の射止め方』を研究しているのは俺の姉だ。従ってブン太、赤也、仁王が落ち込む必要はなく、そのことを佐奈が心配する必要もなくなったということだ」



そこまで一気に柳が言い切ると、当の3人は一瞬、ん?という顔をしたものの、
ブン太の「じゃあこの本は佐奈のじゃねーんだな?」という言葉に、佐奈が「うん」と首を縦に振ることで、歓喜の表情へと変わった。



「最初っから俺はこいつのじゃねぇとは思ってたけどな」

「嘘つけ。めーーーっちゃ心配してたじゃないっスか」

「まぁ、どっちにしろこの戦術使うやつには気をつけたほうがいいってことじゃな」

「仁王先輩落ちそうっスもんね」

「たまにはこーゆうお勉強もおもろいのう」

「なんかこーゆう雑誌あったら貸せよ、佐奈」



ワイワイと急に騒ぎ始めた3人に戸惑いながらも佐奈は、
「これからも自分たちのマネージャーでいてほしいというあいつらなりの気持ちの表れだ」と柳が代弁したことで、ようやく一安心した。



END

昔のリメイク。

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