storyteller:Bunta&you
どうしよう、どうしよう、どうしよう…。ついにやってきた、アレが…。朝練だったし、まだしゃべってないけど、絶対、催促してくるよね。彼という人は。
誰よりも早く朝練を切り上げたあたしは一人、教室の席で頭を抱えてた。
「佐奈、何うなっとるんじゃ」
そうこうしていると、仁王がやってきた。やってきた、というよりは席が隣なだけだけど。
「いや、別に…」
「?」
「はぁ〜…どうしよ」
「あ、そういやさっき、ブン太が探しとったぜよ」
「えぇ!?」
「声でか。たぶんあれじゃろ、今日は…」
「わー!言うな言うな!」
「…?」
困ったなぁ…。
とりあえず、ブン太は赤也やジャッカルとダベってたりして比較的教室来るの遅いし、朝は何とかなるかも。あとは休み時間毎にトイレに駆け込めば、放課後まで…、その後は部活サボってさっさと帰って……、
「佐奈!」
いきなりゲームオーバー!
ブン太が教室に駆け込んできた。始業チャイムまではまだあるのに…!
そのデカい声にクラス中があたしと、テニス部のユニホームを着たままの、赤い髪のそいつに注目する。
「何そんな早く上がってんだよ」
「ブ、ブン太…」
ズカズカと、あたしの真ん前に来てダンッと机を叩いた。
その音とブン太の興奮ぶりにビビったあたしは、ヘルプの意味を込めて仁王を見た。
けど、仁王はおっきなアクビをして我関せずというツラをした。薄情なやつめ。
「…………ブン太!着替えは!?」
「あとで。お前が部活終了前なのにさっさと校舎内入ってくの見たって赤也が言ったから、急いで来たんだぞ」
あんのワカメ。余計なことしか言わないんだから。
「それよりお前、今日は俺の…」
「ブン太!さっきね、真田が呼んでたよ!今すぐ俺んとこにこいって!」
「真田ぁ?…俺何かしたっけ?」
「ほらほら!あのことじゃない?真田のラケットを…」
「…赤也とふざけておっとっとに使ってたらガット切っちまったのがバレたのか!」
「そう!」
「やべぇ!どーする!」
「ワカメつれて謝りに行ってきなさい!」
「イエッサー!」
ブン太は勢い良く教室の外へ飛び出していった。本当は真田に呼び出されてなんかないけど。
隣の仁王は面白かったのか、ククッと笑ったのが聞こえた。この薄情ものが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…つーわけで、赤也が全部悪いんだ」
「俺のせいっスか!?」
「そーだろぃ。お前がおっとっとやりたいって言ったし」
「真田副部長の使おうって言ったの丸井先輩じゃん!」
俺と赤也がギャーギャー罪の擦り付け合いをしてると、目の前の真田は見るからに怒りのボルテージが上がっていった。ゴゴゴゴ…ッて聞こえるぐらい。
「…ほう。お前たち、そんなことをしでかしたのか」
「へ?知らなかったのか?じゃあ何でキレてんだ?」
「あ!わかった!きっと、ボール買ってこいって部費渡されたやつのお釣りゴマかしてゲーセンで遊んだことがバレたんスよ、ね?」
「ちげーよ、珍しく真田宛に届いた女の子からの手作りケーキを俺らがこっそり全部食っちまったやつじゃね?」
「いや、合宿んとき真田副部長の半目だった寝顔を写メにとって部内中に転送しまくったやつっスよきっと!」
「いーや!おそらく昨日の……、つーか、真田、そんなこえー顔すんなよ。なぁ、赤也」
「そ、そーっスよ。可愛いイタズラじゃないっスか。ねぇ?」
「お詫びに美味いもんおごるぜ!……ジャッカルが」
「問答無用!たるんどるッ!!」
その後、赤くなった頬っぺたを擦りながら、俺たちは教室へ戻るところ。多分放課後説教もあんだろーな。
「いってぇ…」
「真田副部長、何もあんなにキレることねーのに」
「殴るのはやめてほしいよな。てか、真田最初はキレてなかったのか?」
「知らねっス。元からあんな顔だし」
じゃあ、佐奈が言ってたのは何なんだ?嘘か?何で嘘つく?
大体、今日は朝からあいつ、さっさと部活抜けるしなんか変なんだよな。
せっかく、今日は俺の…、
「じゃ、先輩。また部活で」
「おう。あとでな」
赤也に手を振り、教室へ戻ろうとしたとき、
「そーいや丸井先輩!誕生日、おめでとうございます!」
振り返ると、赤也がいつものへらへら笑顔で両手を振ってる。
そう、今日は俺の、誕生日。
「サンキュ。なんかくれ!」
「女子からいっぱいもらうくせに!」
そうだよ、俺は毎年女子からいっぱいもらう。名前知らない後輩とかからも。誰からでもくれりゃもらう。いちいち断る仁王や真田とは違って。
あとはそれプラス、マネージャーの佐奈から貰えればそれでいいって、思ってて。
普段毎日、朝から晩まで俺たちの練習見てて、頑張ってるってわかってくれてるあいつからのプレゼントは、他のとは違って有り難みが大きいわけだ。
なのにあいつ、まだおめでとうすら言ってこねーし。
俺の誕生日、忘れてんのか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「忘れてたわけじゃないのよ」
ブン太がいない隙にと、あたしは仁王に理由を話し始めた。
あたしだってブン太の誕生日はおめでたいよ。お祝いしてあげたいよ。プレゼントだって、ブン太は何あげても基本的に喜んでくれる。去年とか、あたしがただ電器屋の福引で当てただけの入浴剤あげたけど、めちゃくちゃ喜んでた。ただ…、
「ブン太、いろんな人からいっぱい貰うじゃない」
「え、嫉妬か?」
「断じて違う」
「ふーん、どうじゃろ」
「そうじゃなくて、他の人からのプレゼント、すっごいんだもん。去年なんか、ラケットとかシューズとか、時計までプレゼントした子もいたんだよ。あたしなんか福引の入浴剤だよ?」
「でもブン太、喜んどったが」
「まぁ…。でも周りがすごすぎて、あんなの見ちゃったら何買っていいかわからなくて…。福引は外れるし。ようするに…」
「するに?」
「はっきり言うとお金がない」
「なんのかの言って理由はそれか」
「そう、お金がないのです。もう今月500円切ってる」
「ならそう言えば?お金なくて、安いもんしか買えないって。もらえるもんなら何でも喜ぶじゃろ、あいつは」
たぶん、何あげてもブン太は喜んでくれる。たとえよっちゃんイカでも。でもなー…。部員の中でも特に仲がいいし、マネージャーとしても変なプライドが。お金ないくせに。
今頃、いろんな人からもらってるだろうな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「丸井先輩!お誕生日おめでとうございます!あの、これよかったら…」
「おー、サンキュ」
仁王と昼休み、屋上で飯食ってたら。初めて見たかもしれない後輩がやってきて、プレゼントをもらった。
この匂いはクッキーだな。よし。
「言うの忘れとった。ブン太、一年寿命が縮まったな。おめでと」
「どんな祝いの言葉だ。ありがとよ」
「今年もたくさんもらっとるのう」
「んーまぁな…」
ぶっちゃけ食い物以外はいらないんだけどな。
ラケットにしても時計にしてもそうそう替えるかっての。シューズは自分で選びたいし。
「なんじゃ、その割りに元気なさそうじゃな」
「…ああ」
まだ、もらってねーんだ、佐奈から。
いや別に彼女とかじゃないから、絶対ってのも変だけど。
でもあいつなら絶対、くれるって、思ってたから。俺が毎日頑張ってるの、知ってるから。
「もしかして落ち込んどる?」
「…そんな感じ」
「そのクッキーもらっていいか?」
「どーしたんだぐらい聞けよ!」
「どーひはんは?」
「勝手に食うな!」
まったくこいつは、調子狂うぜ。
こっちはおセンチブン太くんだっつーのに。
「もぐもぐ。…で、どうした?」
「…佐奈が、俺のこと避けてる」
「へぇ、フラれたんか。ドンマイ」
「ちげーよ!別にそーゆうんじゃなくて、…何でか知らねーけど、朝から様子がおかしくて」
「あれじゃろ、劣等感みたいな」
「はぁ?」
「ブン太、いろんな女からいろんなプレゼントもらうから。比べられるのが嫌なんじゃろ」
「そー…なのか?」
「そうそう、間違いない。違うと思うけど」
何だよ、あいつ。
比べられるのが嫌って、俺そんな比べてるか?
…まぁ確かに食い物かどうかでテンション上がり下がりするけど。
でも去年もらった入浴剤、すげーうれしいって、言ったはずなんだけど。
…いや待てよ、そういえば礼言ったあとの言葉は、“なんだ食えねーのかよ”だったかも。だって、見た目なんかまん丸いデカいキャンディみたいだったから、つい。
それでなのか?他のやつと比べられたくなくて?
佐奈は佐奈なのに。
「仁王、どーすりゃいいかな」
「佐奈のとこへ行ってプレゼントはお前さんからのが一番うれしいと、言ってきんしゃい」
「イエッサー!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「佐奈!」
また来た!
朝以来来ないから大丈夫かと思ってたのに!
ていうかさっき真田に殴られたっぽいほっぺたがまだ痛そう。悪いことしたな。真田も空気読んでほしい。
「ちょっと、こっち」
そういうと、ブン太はあたしの腕を掴み、廊下の端っこまで連れていった。
「ちょっと痛いよ、ブン太」
「おお、悪い…」
あたしが痛がると、ブン太はすぐ手を離した。
そして気まずそうに、頭を掻いている。
「…お前、ちゃんと言えよな」
ブン太は真剣な顔をしてじっと見つめてきた。
あたしが何を悩んでるのか、バレちゃったのかな。仁王にバラされたのかも。
「だってさ…何かかっこ悪いじゃん(お金ない上に福引も外したなんて)」
「何言ってんだよ。全然そーゆーこと言わねーからさ、俺わかんなかった(けっこう傷つけてたとはな)」
「…思ったより余裕なくて(お金の)」
「そーだったんだ。俺全然気付かなくてよ。ごめんな(そんな普通の女子みたいに繊細だったなんて)」
「ううん、ブン太が謝ることじゃないよ。あたしが悪いの(今月服と漫画買いまくったからね、福引は外れるし)」
「んなことねーよ。でも何か…うん。ちょっと嬉しいし、そーゆうの」
「………嬉しいの?…へぇ」
「安心しろよ。俺はお前からが一番楽しみなんだから。もらったケーキあとで一口やるから元気出せ!」
何か、若干食い違ってるような。
「で、お前からのプレゼントは?」
ブン太は目をキラキラさせながら両手を差し出した。
…やっぱりブン太だよね。そしてやっぱり仁王が余計なこと吹き込んだんだろうね。完全に勘違いしてるよね、これは。
「だから、プレゼントは…その…、あたし…」
「えっ!?」
「えっ」
「何だよ、お前ずいぶんシャレたこと言うじゃねーか。ははっ」
「えっ、なに、えっ?」
「しょーがねーなぁ、今日は部活サボりってことで。まずはゲーセンでも行くか?」
ちょっと待って、プレゼントは……、
「佐奈がプレゼントなんてな。お前可愛いーじゃん」
「……はい?」
「あ、別にお前は食い物じゃないから食わないぜ。今日一日遊んでくれるってことだろぃ?」
ブン太はあたしの頭をぐりぐり撫でた。しかも、ものっすごくうれしそうに。
確かに、現物はないわけだからこのまま放っといたほうが助かるけど…、
ていうか、あたしがプレゼントて。
これブン太じゃなかったらえらい勘違いされる台詞じゃん…!
…まぁ、ブン太だからこんな変な解釈されたわけだけど。
「ま、待って、ブン太はそれでいいの?」
あたしが恐る恐る聞くと、ブン太はきょとんとした顔をした。
「当然だろぃ。俺はお前からのプレゼントが一番、うれしいんだぜ。何でも」
ただし、今日は夜まで遊びまくるから覚悟しとけよ、と言ってニカっと笑った。
“もらえるもんなら何でも喜ぶじゃろ、あいつは”
それにしても単純すぎると言うか何と言うか。
ほんとに、あたしからのものが、一番うれしいと思ってくれるのかな。
……それはあたしが逆にうれしいんですけど。
「やっぱりゲーセン行く前にラーメンかマック行くか!今日は全部お前のおごりだからな、お前が決めていいぜ」
「あー…、そうだなぁラーメンは太るから…でもマックも変わんないか?」
「まぁ放課後までに考えといて。またあとでな!」
そう言ってブン太は先に教室に戻っていった。
その後ろが小さくなり始めた頃、
あたしはようやく、一番まずい結果になってしまったことに気づいた。
…ジャッカルに金借りるか。
END
昔のリメイク。ほんとはがっつりオチでしたが二股になっちゃうので変えました