storyteller:Nioh
俺は素直でもないしマジメに愛を語るのも柄じゃない。だからこのいつまで経っても進歩のない関係は、たまにうんざりもするが居心地良くもある。
そもそも自分でもなんで惚れたのかわからんし、いつの間に本気になったのかもわからん。
ただ、あの日のことを思い返したり、あいつが笑ったり怒ったり照れたりするのを見るのがテニス以外の日常で一番好きなんじゃ。どう思われようともただそれが好きなだけ。
あの日。…そういえばあの日から、そういうことを思うようになったような気がするのう。
2年の冬。自分の誕生日に学年一かわいいと言われている同じクラスの女子に告白された。まぁ悪くはないと思ってOKしたが、やっぱり部活の邪魔だと気づいた。たぶん1週間ぐらいで別れを告げた。
別れを告げた翌日から、俺はクラスの数人の女子から冷たい目を受けるようになった。その元カノのいわゆる取り巻きじゃな。
「ひどいよね仁王くん」
「プレゼントもらうだけもらってさ」
そういう問題か?とツッコミを入れたかったが、そんな女子と話すのも嫌だった。
なんとなく教室に居場所がなくなった気もした。その元カノはクラス内の男子にも人気だという噂を聞いとったから。
とはいえ、別に男子からは何も言われんかったし、全体的にはいいクラスメイトが多かったが、単に俺のハートが敏感だったんじゃな。思春期じゃき。
だから俺は、一人で屋上にて飯を食うことにした。それから3日後だった。
「おーっす、仁王」
ガチャっと屋上の扉が開いて教師だったらヤバいと焦ったが、姿を現したのはマネージャーの佐奈だった。
ちなみにこの頃は“マネージャー”としか呼んでなくて、クラスも違うし下の名前は知らんかったし、むしろ会話すらほとんどしてなかったはず。
あとから聞いた話だと、佐奈自身も俺とは最初話しづらかったらしい。ついでに他のレギュラーだと真田と柳生も話しづらかったらしいが。
「寒いのによくここでご飯食べれるね」
「別に」
何も話すことはないと、完全に俺は心のシャッターを閉めとったと思う。
でも佐奈はそんな俺にお構いなしに、俺の真ん前に座った。
そして持っていた、ビニール袋に入ったクッキーのようなものを差し出された。
「これね、おやつに買ったやつなんだけど、余ったの」
「へぇ」
「買ったやつだからおいしいよ。仁王食べない?」
一瞬、これは罰ゲームか何かじゃないかと思った。佐奈の交友関係はよく知らんかったが、例の元カノ連中と実は仲が良くて、むちゃくちゃまずいクッキーを食べさせるとか、うわーやっぱりアイツ女子からもらうだけもらうんだ〜とか、影で笑われるんじゃないかと。
当然、お断りじゃ。
「いらん」
「いらない?クッキー嫌い?」
「嫌いじゃ」
嫌いってほどでもなかったが。変に意地があって、随分と冷たい言い様になっちまった。
佐奈は、そっかーと少し残念そうに呟き、自分でバリバリ食べ始めた。…クッキーでバリバリっちゅう効果音もおかしいが、実際バリバリ言っとった。
…もしかしてほんとは普通のクッキーだったんかな。ほんの少しだけ罪悪感が湧いた。
「そういえばさ」
「?」
「こないだの練習試合に、うちのお母さんが来ててね」
先週、他校との練習試合をやった。秋から新レギュラーになっとった俺ももちろん試合をした。
「あの銀髪の子、カッコいいね!だって」
「……」
「うちのお母さん面食いなんだよねー」
うれしくも何ともない。言った主が人妻ってのは置いといて。
今の俺に対してカッコいいだなんだは、完全な地雷だった。だから何だと。言うだけ言ってちょっとでも意に背くことしたら、冷たい目を向けるんじゃろと。
「あれ?うれしくなかった?おばさんだから?」
「……」
「うちのお母さんけっこう若いよ?若作りとも言えるけど」
「そういうこと言われんのが一番腹立つんじゃ」
若作りどうのではなく、“カッコいい”という言葉を指してると、佐奈もすぐ理解できたようじゃった。
「たいして知らんくせにカッコいいとか、寒気がするぜよ」
苛立ちを最大限込めてそう言い放った。そして手元の焼肉定食最後の肉を頬張った。
佐奈はどう返すか、少しだけ興味があった。
“何その言い方ひどくない?”と怒るか、“仁王くんて冷たいんだね”と軽蔑するか。さてどっちだと、少しワクワクして待った。
でも思っていた反応とは違った。
「残念だけど、これから先もたぶん言われるでしょ」
笑ってそう言った。意外というんか意味不明というんか。不覚にもぽかんとした表情を見せちまった。
すぐに佐奈は続けた。
「赤也がね、よく仁王先輩かっけーって言ってるし」
「……」
「ブン太も、仁王のモテっぷりには負けるーって言ってたなぁ。一緒にいたジャッカルも頷いてたし」
あいつらにそんなこと言われても、寒気以上の身震いがするだけなんじゃが。
でも、佐奈の話はまだ続きがあるようで、止めんかった。
「別に外見だけじゃないよ。真田もね、“勝つための試合運びにおいて仁王ほど頼りになるやつはおらん”」
「……」
「って言ってたって柳から聞いてね、柳も同感だって。その二人から見てもたぶん仁王は、男前に映ってるんじゃない?」
「……」
「柳生だってさ、あんだけ仁王に遊ばれてるのに、いまだに一番信頼してんのは仁王君って言ってるらしいよ。それも柳に聞いたんだけどね」
「……」
「それってさぁ、柳生はきっと仁王の中身に相当惚れ込んでるってことだよね」
あ、なんかキモい話になっちゃったわと、付け足して笑った。
こいつは何を言っとるのか、何でこんな話をしてくるんか、深く深くその意味や意図を考えた。裏があるんじゃないかと疑いもした。
そして深く深く深ーく考えた結果。
考えるのをやめた。
「…お前さんは?」
「え?」
お前もそう思うのかどうか。思わず聞きたくなった。聞いたところで、私もカッコいいと思ってるよ!なんて言われたら、きっとまた寒気がすると思うのに。
「ごめんだけどあたしは黒髪短髪のほうが好み」
「そういう問題?」
「ウソウソ。でも、さっきのみんなの話に否定的だったら、わざわざ伝えてないね」
ずっとしかめっ面だったと思う。こいつが何を言おうがずっと口を真一文字に結んでいるつもりだった。
…のに。どうやら佐奈には笑って見えたらしい。しかも爽やかではなく不敵な笑みだと。仁王はそうでなくちゃと、言われた。
「今日は練習後に幸村のお見舞いに行く日だよ。仁王も行くでしょ?」
「もちろん行くぜよ」
「無理にでも何でもいいから、幸村の前では笑っててよ」
「……」
「で、あたしらと一緒にバカみたいなこと言ってさ、幸村も笑かそうよ」
佐奈は立ち上がりスカートをパタパタと叩いた。座ったままの俺の位置からだともう少しで中が見えそうで凝視すると、見んな変態と罵られた。
「マネージャー」
「ん?」
「やっぱりそれ、くれ」
それとはクッキーのこと。はいどうぞと満面の笑みで渡された。
「ていうかそろそろマネージャーってやめてよ。名前で呼んで。上でも下でもどっちでもいいからさ」
もう行っちまうのか。最初は邪魔臭かったのに、屋上の扉へと歩き出そうとする佐奈を見てほんのちょっと、寂しく思った。
名前か。名字は遠藤、下の名前は……。
正直下の名前は知らんと思っとった。
でも、ふと思い出した。冬の弱い日差しでも艶々と光る髪の毛。じゃーお先にねーと笑いながら手を振るその姿に。
…そうだ、あいつらにはこう呼ばれていると。
「佐奈」
自分で名前を呼べと言ったのに、いざ呼んだらぽかんとした顔を見せた。仁王が下の名前で呼ぶとは思わなかったと、味気ない感想を言われた。
だってみんなそう呼んどるじゃろ。柳生とかは名字だった気もするが。
「こういうこともマネージャーとしての仕事なんか?」
「こういうこと?」
惚けたが、何を言っとるのかはわかっとったと思う。
後日になるが、柳から、部活中に俺の元気がないんで佐奈が心配そうにしていたと聞いた。
「何でもない」
「あっそう?じゃあまた部活でねー!」
佐奈がいなくなったあとで、もらったクッキーを食った。俺が食ってもバリバリという効果音。パサパサじゃしほとんど味もせんかった。まぁビニール袋に入っとるし薄々気づいとったが、これはあいつが作ったやつじゃな。
どこが市販じゃと、嘘もお菓子作りも下手くそ過ぎる。でもあいつなりに考えた作戦なんじゃなと思ったら、一人で笑えてきた。今度はきっと不敵とかそんなんじゃなく、普通に心から笑った気がした。
それが2年の冬の出来事。おそらくその日から俺は、いわく恋をしているらしい。
イタズラやちょっかいがエスカレートして、何だかうざったそうにもされるし冷たいときもあるが。
俺が笑いかければいつでも笑い返してくれるし、俺が怒っとったらすぐにご機嫌取りしてくれる。柄でもなくへこんでたら、あの日のように一緒にいてくれる。
そして今日も同じクラス隣の席で同じ時間を過ごす。
「佐奈」
「ん?」
「俺に、頑張れって言ってくれんか?」
「?…仁王頑張れー!」
それだけでもうれしい。
ところで何を頑張れなの?と聞かれ、数学のテストと答えると、次の時間に小テストがあるっちゅうことを思い出したらしく。
“あたしにこそ頑張れって言って!”なんて言われたので、“補習は俺に任せんしゃい”と伝えた。
END
LINEシリーズのせいで仁王は危ない人になりつつありますが、一つの恋心なんですよという話でした。