storyteller:Yanagi



「ブン太ー!大変!」

「大変っス!」



部活前の時間。部室には俺とブン太の二人。今日はここ数日間で最も花粉が飛散していてオーダーメイドマスクに紫外線カット付き眼鏡をちょうど装着していたところ、佐奈と赤也が部室に飛び込んで来た。ついでに花粉も飛び込んで来た。大迷惑だ。



「なんだよ?」

「実は……って柳先輩、なんスかその変質者みたいなカッコ!」

「うわぁ、より一層ストーカー化してるよ!」

「ははっ、柳先輩前髪も長いし襟も上げてるから全然顔見えねーっスね!」



変質者だとかストーカーだとか、花粉を運んできたばかりでなく失礼な物言いの幼稚園児二人組にはため息が出る。しかし何故そんなに慌てて入ってきたのにこうもコロッと態度が変わるのか。
それは、大変とは口ばかりで実は大したことはないんだと言うことだ。そして今日という日を重ねて考えればな。



「で、お前らなんなんだよ。大変って」

「あ、そうだった!今ね、なーんと!」

「空からチョコが降って来たんス!」



そう言って二人は俺やブン太に、掌いっぱいに乗せたチョコを見せた。



「マジで!?」

「マジマジ!」

「まだまだ降ってるっスよ!」

「早く外に出てブン太もチョコ拾って来なよ!」

「おう!教えてくれてサンキューな!」



そう言って座っていたブン太は立ち上がり、ドアに手をかけた。そのまま見送るのも悪くはない。
が、ブン太の僅かな所作の変化により、もうすでに気付いていることがわかった。

予想通り、くるりと振り返り、ブン太は幼稚園児二人組に意地悪そうな笑みを向けた。



「なーんてな」

「「へ?」」

「今日はエイプリルフールだろぃ?」

「「……」」

「お前らじゃねーんだから、そんなガキくせー嘘に引っかかるわけねーじゃん」



はははっ!と高々に笑うブン太は、当人でないはずの俺ですらイラつきを覚える程だった。そしてその当人たちは、ちくしょー!と悔しさを顕にした。



「だからこんなちんけな嘘は嫌だったの!」

「うわわ、佐奈先輩ヒワイ!」

「ち・ん・け!バカ!このバカ也!」

「赤也らしいバカらしい嘘だな」



俺も非常にそう思う。さて、俺としては4月1日は、そんな嘘で騒ぎ合うことよりも、今年度部活動予算の方が気になるところではある。



「てかさ、そもそも俺なんか騙したってつまんねーだろぃ」



そうブン太が言い出したことで、何を持ちかけようとしているのかすぐにわかった。中々に面白そうなためしばらく様子見しよう。…鼻がムズムズするが。



「でもさ、去年ブン太に騙されたから仕返ししたかったんだもん」

「そうそう。俺らいつも騙される側っスから」

「じゃあさ、その“いつも騙す側”は誰だよ?俺は4月1日ぐらいしか騙さねーぜ」

「「いつも…?」」

「年がら年中、お前ら騙しまくってるやつがいるじゃん。そういう相手に復讐しねーと」

「「……あー!」」



ブン太の言わんとすることに二人も気づいたようだな。
そう、ブン太が言いたいのは、いつも自分たちを騙してくるアイツを、もっと言えばあの詐欺師を、今日という日に則り騙し返そうという案だ。



「いいっスね!俺仁王先輩が慌てふためく姿とか見たいっス!」

「あたしも見たい!…けど、そんな仁王を騙せるような嘘あるかなぁ」

「あーたしかに。仁王先輩ならすぐ見抜きそう。丸井先輩でコレでしたし」

「いや、あれは普通に赤也の考えた嘘が単純過ぎたからでしょ」

「佐奈先輩だって最終的に“じゃあチョコが降ってきたことにしよう”って乗ったじゃないっスか」

「だって赤也が最初に言い出したのって、“空から女の子が!”だよ?どこのトランペッターだよ」

「丸井先輩はラピュタ派じゃん」

「俺はラピュタ派だけどヒロインならキキ派だぜ。あのリボンちょーかわいい」



ギャーギャーとまたうるさいのが始まった。様子見とは思ったものの、俺はすでに鼻腔が限界に達しそうだった。



「お前らな、ちょっとは頭使えよ」

「えー?」

「丸井先輩なんかいい案あるんスか?」

「や、俺はねーけど」



ブン太は意味あり気に俺の肩をぽんぽんと叩いた。ああ、そういうことか。



「ここに我らが参謀大先生がいんじゃん」

「なるほど!柳先生!」

「ぜひ、仁王先輩を騙せる嘘を!」



そんなことよりも鼻腔が限界で、点鼻薬及び経口抗ヒスタミン薬を服薬したいのだが。向けられる期待に応えないのはこの柳、プライドに障るというものだ。
ふむ、と考える振りをするものの、もうすでに答えは出ていた。



「え?なになに?」



その答えである佐奈を見ると、さっきまで以上の期待に満ちた顔をしている。暗に察してくれることはなさそうだ。

俺の導き出した結論としては、仁王へ最も効果のある嘘は“佐奈の恋愛事情”だ。



「や、それはやめたほうがいいぜ。最悪死人が出る」



比較的鋭いブン太は察してくれたようだ。そうだな、確かにそんな嘘は、仁王本人は置いておくとしても佐奈や当て馬にされた人物(俺は弦一郎が適任かと思ったが)の身が危険だ。

別の何かいい案はあるだろうかと考え始めたところ、赤也が声を上げた。



「俺、すっげーイイコト思い付いたっス!」



その表情から、決してイイコトではなくむしろ厄介ごとであろうことは、経験上十分認識している。
その直後、部室のドアが開いた。



「なんじゃ、みんなして丸くなって」



文字通り俺たちは皆身を寄せ合っていた。そこへこの企みのターゲットである仁王本人が登場。さてどう話題を転換するかと思ったが。



「仁王先輩!朗報っス!なんと佐奈先輩が…」



やばい、それはやめとけと、きっと俺とブン太は同時に声を出すところであった。しかし。



「佐奈先輩が、今日は仁王先輩の好きなことなーんでもさせてあげるって!」



はぁ?という声は、佐奈からか、ブン太からか、はたまた俺自身からか。佐奈にとっては青天の霹靂であるし、俺やブン太が考えていた“佐奈に彼氏ができた”(俺は弦一郎が適任かと思ったが)という嘘とはまるで違った。



「ほー、そんなうれしいこと言ってくれたんか」

「ち、違う!嘘だよ嘘!今日エイプリルフー…」

「何のことじゃ。俺にはさーっぱり」



あーあ嘘だってバラしちゃダメっスよ〜なんて呑気に赤也は笑ったが。俺やブン太はあまり笑えず。というのも、仁王の目が本気のそれになっているからだ。

違うと連呼する佐奈の声は右から左へ。仁王はすぐ様佐奈に迫り、壁ドンとやらを実行した。…なるほど、壁ドンの手順はそうするのか。相手ににじり寄り壁に背を付けた瞬間、顔傍または頭上に手を……。
などと学んでいる場合ではない。



「ちょっと仁王…!」

「さてさて、何をさせてもらおうかのう。佐奈は?どんなことして欲しい?」

「な、何もされたくない!」

「そんなかわいい顔で怒っても誘っとるようにしか見えんじゃろ?」



…なるほど、顎クイとはそうやるのか。相手の顎を軽く持ち自分と目が合う角度まで上げ……。
などと学んでいる場合ではない。壁ドンからの顎クイに耐えられなかったのか、佐奈はずりずりへたり込んでしまった。
しかし仁王にとってはこれ幸いだったのだろう。なんかもうそのまま俺たちの目の前で事を始めるんじゃないかと思うぐらいの。仁王はもがく佐奈の両腕を容易く掴み、覆い被さった。



「に、にお…」

「大丈夫、優しくするぜよ」

「やっ…!」

「ククッ、やらしー声じゃな」



ようやく、あれやばい?という顔をする赤也も、自分じゃないのになんだかドキドキしてきたであろう健全なブン太も。
そして鼻腔が限界を突破寸前のこの柳も、仁王の制止にかかれない。



「……いい加減にしろ!」



一瞬弦一郎がいるかと思った。が、もちろん違う。仁王に覆い被さられているせいで姿の見えない佐奈の、腹の底から出てきた声だった。同時に聞こえたのは仁王のウッという呻き声。そう、仁王は佐奈に腹部を蹴られたのだ。



「…今の、みぞおち…」

「うるさい!この変態ペテン師!」

「あーあ、仁王先輩騙されそうだったのに」

「これは騙されるって言わない!悪ノリ!てかなんでみんな止めないの!?」

「いや、佐奈もちょっとうれしそうだったしっつーか、単純にエロかったっつーか」

「ちょっとAV見てる気分だったっス。学園モノ」

「マジで殴るよあんたら!」



顔を赤くしてキーキー騒ぐ佐奈に、涙目の仁王、そして佐奈の怒りがブン太と赤也へ向かったそのとき。



「ぶえぇっっくしょん!!」



限界だった。もう無理だった。ゴールしてもいいよねと貞治に心で問いかけた。その瞬間、俺は近年最大であろうくしゃみをかました。しかしオーダーメイドマスクをしていて正解だったな。目の前のブン太の真っ赤な髪に透明な何かが引っかかるところだった。



「……今くしゃみした?柳?」



つい今し方までキーキー喚いていた佐奈が真ん丸く見開いた目を俺に向けた。佐奈だけではない。ブン太も赤也も、涙目で前屈していたはずの仁王でさえも驚きの目だった。



「「「「柳(先輩)のくしゃみ、初めて見た…!」」」」



それはまるで人類初の月面着陸の瞬間のように。4人の表情には、驚きと感嘆の色が浮かんでいる。



「何を騒いでいる」



その直後、弦一郎と柳生が部室に入ってきた。4人の歓声にも近い叫喚が外まで響いていたらしい。



「大変っス!真田副部長!」

「今ね今ね、柳がね!」

「なんとくしゃみしたんだよ!でっけーの!」



その言葉に弦一郎は一瞬、顔を顰めたが、次にはもう、誇らし気に皆を見下す表情に変わった。試合中に良く見るあれだ。



「フッ…愚か者どもめが。今日はエイプリルフールだろう?」

「「「へ?」」」

「そんな嘘が俺に通じるとでも思ったのか。蓮二はくしゃみなどしない!」



弦一郎は俺を何だと思っているのだろうか。この柳、これまでの人生において欠伸よりもくしゃみのほうが多い。
ああ、そういえば去年、俺や精市に悉く騙されたんだったな。だから今日はもう誰も信じぬ!と言い切る弦一郎は、おそらく丸一年引きずっていたんだろう。痛ましい。

ほんとだってばーと喚く3人を尻目に、柳生が仁王に近寄り、どうしたんですかと声をかけていた。どうやら弦一郎の不敵な笑い声が腹に響いたらしく、再び前屈していたからだ。柳生はエイプリルフールでも真に優しいようだな。

幼稚園児3人組(ブン太追加)を宥めることも、弦一郎に説明することも面倒になったので、俺は部室を退出し、薬を服用するため真っ直ぐと水道へ向かった。



END
参謀以外に柳生も花粉症な気がする

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