storyteller:Yukimura



「ちょっと、何やってんスか」



思いきりかいた汗はもうとっくにひいたのに、相変わらずモジャモジャ頭の赤也はブン太に噛み付いた。
冷房がギンギンにきいてる電車内で、目の前に座るブン太が教科書のようなものを開きだしたから。



「何って、べんきょー」

「べんきょー!?暑さにやられちゃったんスか?」

「ちげーよ!」



ブン太は赤也からのとても失礼な一言に、勢い良く立ち上がった。
でも悪いけど、俺も赤也と同意見。ブン太がまさか勉強なんてね。



「悪いけど、俺、受験生」



ああそっか、忘れてた。ブン太も受験生だっけ。
まぁ受験生って言っても、立海はエスカレーターで高校に入れる。ただ一応試験はあって、それに落ちる可能性もあるにはある。そういう意味では受験生、だね。

納得いかない顔の赤也を無視して、ブン太はシャーペンでガリガリ書いてる。

夏は終わったから、俺たちも受験まっしぐらか。
でも、ブン太が勉強なんて悪いけど本当に似合わない。こんな電車内で。しかも、今日という日に。

まぁたぶん、俺には検討がついたけど。



「てか、それ夏休みの宿題じゃねーか?」



ああ、ジャッカルが言ってはいけないことを。ブン太に睨まれて、赤也はやーっぱりってブン太を笑ってる。

こんな景色もあと何回見れるのかな。



「ん?…に、仁王先輩?」



今度は少し離れたところに座ってる仁王が参考書を読んでる。パッと見、ちゃんとした参考書だけど。



「俺は要領悪いからのう。今から少しずつやっとかんと…」



へー、要領悪かったんだ。

なんて、さすがに三年の付き合いもあるだけに、誰も仁王の言葉は信じてなかった。ただ一人を除いて。



「さすが仁王くんです!先日私が伝えたことをわかってくれたのですね」

「ああ、俺も本気にならんとな。ありがとな、柳生」

「礼には及びませんよ…!何か不明なところがあれば、いつでも聞いてください!」



誰よりも傍にいるのに、入れ替わりなんてやってるのに、相変わらず柳生は仁王に騙されてばっかなんだな。

仁王の感謝の言葉に感動したのか、柳生は軽く鼻をすすってる。



「馬鹿者が。仁王、没収されたくなければすぐにしまえ」



真田のお叱りに、プリッと言いながら仁王は参考書の裏側に隠して読んでた漫画をカバンにしまった。まぁね、バレバレだったけどね。

柳生だけは一人、ショックを受けてた。ほんと、相変わらずだなぁ。みんな。

久しぶりのみんなとの試合の帰り道。何度も何度も見たような光景。
みんな、成長してない証拠だね。全然変わらないなぁ。





「…あ」



ふいに、赤也が声を漏らした。俺のほうを見て。



「笑った!」



今度はブン太だ。不思議がる俺と目が合って、うれしそうに笑った。
ブン太だけじゃない、他のみんなも俺を見て笑ってる。

何が何だかわからなかったけど、それを察した蓮二の一言で気付いた。



「試合が終わってから一度も笑ってなかったからな」



そー…だっけ?

自分じゃ全然気付かなかった。ただ、敗北感に潰されないように、立海の誇りを見失わないように。

必死すぎたのかもしれない。
張り詰めた感情を堪えるのをやめたら、崩れ落ちてしまいそうだったから。



「フフ…そっか。それは苦労をかけたね、みんな」



みんなのこの空気で、気付けなかったことに気付いた。ただそれだけで楽になった。心が浮き上がるように感じた。

今度は自然と、笑みが止まらなくなる。



「帰ったら、反省会だね」



もちろんYes or はい、拒否権はないよ。
みんなのゾッとした顔に、また笑った。

今日は何時に帰れるだろうね。みんなの出来次第かな。反省会が終わるのは。

でも部長らしいって、赤也はため息をついた。



「それ終わったら焼き肉でも食べにいこうか?」



その言葉が今までにない、最大の賛辞だということは、
苦しい日々をともにした、みんなならわかってくれるよね。

俺はみんなとこれからもテニスをする。
寂しがる必要なんてなかったね。





「…てか、そろそろ佐奈先輩起こしたほうがよくないっスか?次の駅っスよ」

「そのままのがおもしろいんじゃね。てかイビキうるさいんだけどこいつ」



ブン太の隣に座る佐奈は、乗車してから1分足らずで寝落ち。今も少しイビキをかきながら寝てる。
確かに、俺もそのままのほうがおもしろいとは思うけどね。



「遠藤さん、試合中からずっと泣きっぱなしでしたからね。疲れたんでしょう」

「起こしたほうがいいんじゃねーか、一応…」

「ほう、ジャッカルが引き受けてくれるか?先日、部室で昼寝中のこいつを起こしたところ腹部を蹴られたぞ。今起こすと殴られる確率が84%だ」

「…や、やっぱ俺はやめとくぜ」



そうだな。佐奈の寝起きの悪さには赤也も敵わない。
誰も起こそうとしないところがまた。
愛されてるね。

そうこうしていると、まもなく駅に着くとのアナウンス。真田がいち早く立ち上がった。



「お前たち、そろそろ降りる準備をしろ」

「りょーかーい」

「え、マジで起こさないんスか?いいんスか?」

「いいだろぃ。さぁ、学校ついたらまずは腹ごしらえだ。コーラ買ってきて、ジャッカル」

「買わねーよ!」



みんな冷たいなぁ。と思いつつ、俺も扉の前、真田、蓮二の後ろに立った。柳生、ジャッカル、ブン太、赤也もそれに続いて。

あーあ、早く起きないと。こっそり近寄った立海の詐欺師にイタズラされちゃうよ。



「キスしたら起きるかの」

「マジで嫌われるからやめとけ」

「そうじゃな。…………いい加減起きろ!たるんどる!」



飛び起きた佐奈が、床に落ちた。寝惚けたままで、何が何なのかわからずビックリしてる。
起こした本人の仁王は知らん顔して、降りる俺たちに続いた。



「……え?…ここは?……み、みんな待って…!」



なんとか間に合って、でも寝惚けたまんま、フラフラの佐奈を一頻り笑ったあと、
みんなでテニスコートに向かって歩き出した。



END

全国決勝後の幸村君目線。あの試合の帰り道はたぶん立海は試合の話なんかせず、違う話ばっかしてそう。お互い気遣い合って。
ちなみにタイトルはしんちゃんの映画から。幸村君がいる試合の帰り道はほんとは絶対焼き魚のある定食屋さんなんです。

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