ずるいから好きです 



ミレーユが珍しく寝坊した。
ミレーユは一番の早起きだから早起きすれば二人きりになれるかなと期待して集合場所の宿屋のロビーで待っていてもミレーユだけがなかなか来なくて、ミレーユと同性のバーバラはテリーと朝から派手な喧嘩を宿屋の外でやらかしているから詳しいことも聞けるはずもなく、ハッサンとアモスと雑談していると髪がまだボサボサででも軽く化粧はしているミレーユが随分と慌てた様子で来た。


「ミレーユ、今日はどうしたの?」


「ごめんなさい。寝坊…しちゃって」


オレの質問にミレーユは恥ずかしそうに髪を撫で付けながらそう言った。普段はしっかりしているミレーユとのギャップについ男三人で顔を見合わせてしまったほどだ。


「姐さんにもそういうところがあるんだな!」


「そういうちょっと抜けてるところがポイント高いですよねー」


寝坊について咎めないことに驚いているのかミレーユは目を真ん丸くしていた。


「怒ってない…?」


「お、怒ってないって。寝坊常習犯のバーバラならともかくミレーユなら全然怒らないよ」


ミレーユの上目遣いに声が上擦りながらもそう答えているとハッサンてアモスのニヤニヤとした笑い声がしてキッと睨み付ける。
宿屋のチェックアウトを済ませて外で派手な喧嘩をまだ続けていたテリーとバーバラを回収して町の外に出る。
ここら辺の魔物は弱いし、オレたちを恐れて近づいても来ない。はざまの世界に行く前に職業の熟練度を上げておきたかったがたまにはこうやってのんびりと仲間たちと話ながら歩くのも悪くはないと思う。
相変わらず痴話喧嘩をしているテリーとバーバラの仲裁役も疲れたから馬車の中へと避難する。


「あれ、ミレーユ?」


こちらに背中を向けていたミレーユに声を掛けるとミレーユの華奢な背中が小さく震えた。


「ゴメン、驚かせちゃった?」


「ううん、大丈夫よ。ちょっと驚いちゃったけど…」


「ハサミ…?」


ミレーユの手にはハサミ、目の前には台と台に乗せられた鏡があった。
まさか揺れる馬車の中で前髪を切ろうとしたのだろうか。


「髪を、切ろうと思って」


「髪を?前髪じゃなくて?」


「枝毛がいっぱいだし、最近髪を結ぶのが面倒になっちゃって…」


確かにいつもは緩く一つに結ばれている金の糸のような髪は背中に広がっている。ミレーユが言うほど傷んではないように見える。とても綺麗でしっかり手入れされている髪だ。普段はがさつなバーバラも髪はしっかりと手入れされていたのを考えると髪は女の命というのもあながち嘘ではないのだろう。だとしても、この綺麗な髪を切ってしまうのは勿体ない。風に靡いているミレーユの髪を見たときにオレは一目惚れしたのだから。


「ミレーユは長い方が似合うと思うけど…」


「え?」


「あれ?オレなんか変なこと言った?」


何気なく呟いたが何か変なことを言っただろうか。目の前のミレーユは恥ずかしそうに髪の毛先をいじっている。自分よりも5つも歳上だというのにたまに少女みたいに可愛らしくなるのがズルいと思う。そんな可愛い姿を見てしまうとつい抱き締めて頭を撫でたくなるような衝動に襲われるのが最近の悩みの種だったりする。


「ま、まあミレーユ本人が切りたいなら切ればいいと思うし…」


「切らないわ」


「え…?」


「切るの、止める…」


もしかしてオレが長い方が似合うとか言っちゃったからだろうか。


「えっと、なんか…ゴメン…」


「なんでレックが謝るの?」


「だってオレが言ったせいで…」


「むしろ感謝したいぐらいだけど。一時の衝動で切ってたら絶対に後悔しただろうし、それに…レックにこの髪を褒めてもらえて、嬉しかったから…」


う、嬉しかった…!?
い、いや落ち着けレック!
そりゃ褒められたら喜ぶに決まってるだろ、うん。
ほんのり頬を染めているミレーユについ期待してしまいそうになる。もしかして自分に気があるんじゃないかって。そんなことあるはずないのに。


「そ、そっか!あ、オレが髪結ぼうか?」


オレの発言にまた目を真ん丸くするミレーユ。今日だけで何回この顔を見たのだろうか。
ミレーユの荷物の近くに投げ出されていたブラシを手に取ってミレーユの背中を押して、前を向かせる。


「結べるの?」


「ターニアにさ、よく髪を結ばされてさ、昔はアイツも結構長かったんだ。それで…」


夢だろうとオレとターニアが過ごした日々は本物だ。


「ふふっ」


「なんで笑うんだよ?」


「レックって弟みたいだけどターニアちゃんのことを話してる時はちゃんとお兄ちゃんの顔になるのね」


「またそうやってミレーユはからかって…」


「ふふっ、ごめんなさい」


そんな可愛く笑いながら謝られたら怒るに怒れない。本当にミレーユはずるい。
ミレーユの髪はサラサラしていて、いつもより近い距離だからかミレーユの髪からいい匂いがする。雑念を何とか振り切ってミレーユの髪をポニーテールにしてゴムで結ぶ。いつもは緩く結んでいるミレーユだけどポニーテールもなかなか似合ってると思う。普段は見えない白い首筋が…って、オレは何を考えてるんだ!


(そういえば、リボン…)


ポケットを探れば昨日バーバラと買ったリボンがすぐに見つけられた。いざ渡すって考えると緊張してきてどうやって渡そうか、と頭が軽くパニックになって真っ白になる。
こうなったらミレーユの髪にリボンを結んじゃえ、とリボンを結ぶ。


「よし、出来た」


「ありがとう、レック。ポニーテールなんて久しぶりにやったわ」


もう少しミレーユの髪を触っていたかったなとか考えちゃうのは変なのだろうか。
鏡を覗きこんだミレーユがあ、と小さく声をあげた。


「このリボン…」


「ミレーユにやる」


「いいの…?」


「このリボン、ミレーユのために買ってきたから、だから、ミレーユがいらないなら捨ててもいいし、気に入ったら使えよ」


何でこんなぶっきらぼうにしか言えないのだろう。バーバラにもよくミレーユには素直になれ、と口酸っぱく言われているというのに。


「捨てるわけないじゃない。だって、レックに貰ったものだもの」


だから、その笑顔はずるいって。





title*確かに恋だった
(20140828)


   end 
bkm

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