何故こんな状況になってしまったんだろう。バスタブの端に肘を乗せ、頬杖しながらボーッと天井を見つめていると溜まった水滴がポタリと落ちてきて反射的に目を瞑るとすぐ隣から嫌みったらしい笑い声が聞こえてきた。
「まぬけ面」
「…相変わらずムカつく。」
あたしは今こんなにも切羽詰まった精神状態だというのにこの男は随分と余裕があるようで不敵な笑みを浮かべながらあたしの体を観察している。これが厭らしい視線ではなくて、むしろ馬鹿にしていることに腹が立って仕方がない。
「貧相な体」
「ぐっ…」
「これじゃ男も寄り付かないわけだ」
「い、いい加減にしなさいよ!大体あんたも随分と貧相な体してるじゃない!まるで女みたいに白いし!」
自分が貧相な体なのは重々承知してるし、幼児体型気味な体に実はコンプレックスを抱いているというのにそれを指摘するなんてあんまりだ。大体テリーだって剣士のくせに肌は女のように白くて、貧相な体をしているというのに。まぁ、一応、筋肉は申し訳程度についているがやっぱり細い。一日三千回素振りしてもこんな細いということはきっと筋肉がつきづらい体質なんだろうな。じゃないと説明がつかない。でも、無駄な肉がついてないのは羨ましいし、服の上からは分からなかったけど意外と引き締まってるのはポイント高いかなぁー、なんて何を考えてるんだろ、あたし。
「悪かったな、貧相な体で。でもまぁ、お前とは違ってこんな体でも女はホイホイ寄ってくるんでね」
「む、むっかぁぁぁぁー!!」
何よ、ドヤ顔なんてしちゃって。自分は女にモテてるんだぜアピールかよ。
「ほら、髪洗ってやるから怒るなって」
「余計なお世話ですー!ふんっ!」
馬鹿にしちゃってさ、ムカつくっての。
バスタブから出ようとしたところで動きを止めた。ここから出たらあたしの裸がテリーにバッチリ見られてしまうのではないだろうか。貧相な体だし、あたしに女性としての魅力がなくても相手は仲間である前に男だ。そんな気がなくてもそういう流れになっちゃうこともあり得なくはない。
「あ、明かり消さない?」
「ハァ?」
「あの、えっと、明るすぎかなーって…」
案の定、怪訝そうな顔をされたのでわたわたとみっともなく焦りながら弁解するとテリーはニヤリと笑った。
「別にお前なんて襲わねーよ」
「わ、分かんないじゃん!も、もしかしたらあんたがバーバラさんの裸体に興奮しちゃうかもしれないでしょ!」
「100%ないから安心しろ」
言い切られるとなんか複雑。あたしにはそんなにも女としての魅力がないのかと自信がなくなっていく。
「ほら、髪洗うんだろ」
「めんどくさくなっちゃった」
何故こんな状況になってしまったのか。それは、仲間たちとワインを飲もうって流れになってドランゴがコルク抜きを使わずに栓を抜いて何故かドランゴの近くにいたあたしとテリーが頭から液体を被ることになり、ミレーユにお風呂に入れられたんだった。あたしはもちろん抵抗したけどテリーがミレーユに抵抗してさえいたらこんな状況にならなかったというのに。そもそもどうしてあたしとテリーを一緒に入らせんだろう。気の知れた仲間で喧嘩仲間でもあるけど男と女でもあるのに。
「ねえ…」
「なんだよ」
「なんで、あたしたち一緒にお風呂入ってるんだろ?」
「姉さんに無理やり入れさせられたからだろ」
「なんでテリーは抵抗しなかったの?」
いくらミレーユ命なシスコンでも同い年の年頃の女の子とお風呂に入れと言われて分かりました、と言えるだろうか。テリーなら抵抗しそうなのに、とそんな疑問を口にするとテリーの切れ長の目が真ん丸となって大きく見開いた。年相応な表情に自然と頬が緩む。なんだ、そういう顔も出来るじゃん。
「どうして?」
なかなか返事をしないテリーにもう一度質問を投げ掛ける。
テリーは困ったように眉を寄せて唇をキュッと締めている。まさかそんな考え込むような質問だったのだろうか。あたしはほんの軽い気持ちでそんな疑問を口にしただけだというのにそんな反応されるとすっごく気になってきた。
「ねえねえ、どうして?」
少し離れた位置に湯を浸かっていたテリーに近づくとテリーがびくりと震えてバツが悪そうな顔をした。形勢逆転、と頭のなかで呟いてニヤリと笑う。テリーの体に少しくっつくとテリーが息を飲んだのが分かり、面白くなってきた。更に体を密着させてテリーの濡れた髪を触る。テリーの初な反応に笑いが込み上げてきそうだった。
可哀想だからこの辺にしとこうかな、と体をテリーから離そうとすると腰を引き寄せられた。テリーの膝の上に座るような形になり、至近距離でお互いの顔を見つめる。待って、なにこの状況。考えてみればお互い裸なわけで、恋人でもないあたしたちがこうやってお風呂で体を密着させてるのはおかしい。今更恥ずかしくなって顔をぷいとそらす。
「…バーバラ、」
「も、もう出るっ!」
「お、おい!」
何かを言いかけたテリーの言葉を遮るように慌ただしくテリーから体を離してバスタブから上がって浴室から出ると空気が涼しくてふぅ、と息が漏れる。長時間、湯につかっていたせいで逆上せたみたいだ。液体をすぐに湯で適当に流して浴室から出ていけば良かったのになんであたしはテリーとあんなくだらないやりとりをやっていたのだろうか。
「あっつ…」
何気なく触れた頬は熱かった。むしろ手自体も逆上せたからという理由だけでは通用しないぐらいに熱くて、密着した時のテリーの肌の感触を思い出したらまた熱くなった。
だって、あたし男の子とお風呂に入ったことも、あーやって至近距離で見つめあったり、密着したりなんてしたことがないんだもん。だから、この熱さは相手がテリーだからとかじゃなくて男の子だからドキドキしてるのだ。そうじゃなかったらあたしがまるでアイツに恋してるみたいじゃないか。
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ひよこ屋(20140825)
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