I'm happy to known you. 



「私は、ガンディーノ出身なの」


レックの目が驚きで見開かれる。焚き火がぱちぱちと音を鳴らす。空を見上げると満点の星空が視界を占める。野宿してから星空をよく見るようになった。それはレックが星空を見ることが好きだったからかもしれない、なんてどうでもいいことを考えながら隣に座っている恋人の顔を見つめる。


「ミレーユ、泣くのをもう我慢しなくていいんだよ。」


「……え」


「泣きそうなのを一生懸命こらえてる」


「…っ」


言われてから自分が唇を強く噛み締めていることに気づいた。


「吐き出せば楽になれるだろうからさ、もし良かったら話してほしい。聞くことしか出来ないけど」


「ありがとう。…あのね、…私と同じ奴隷だった女の子が地下牢で、たくさん死んだの」


死体は回収されることがなくて、牢屋はいつも悪臭に包まれていた。朝起きたら隣で眠っていた女の子が死体なんていうことも別に驚くべきことでもなかった。死ぬのが当たり前だった。あんなところで人間が生きていけるわけがない。


「うん」


「食事なんて、牢番が気まぐれに持ってくる残飯だけで栄養なんて全然摂れないし、排泄はその辺でやっていたから次々と病気で倒れていったわ。病気だけじゃなくて、鞭で…叩かれて亡くなった人もいる」


食事の残飯なんて日によってはない時だって普通にあった。残飯がある日でも皆が取り合って食べ損ねるのがほとんど。牢番の気まぐれに、あるいはストレス発散に鞭で肉が腫れて抉れるほどに叩かれている人もいた。傷の手当てなんてしてくれないからバイ菌だらけの牢屋では傷が悪化するばかり。あんな地獄のような場所で生き残れたのは奇跡以外の何物でもない。あのお爺さんには感謝しなくてはならない。


「…うん」


「そんな地獄のような牢屋の中で仲良くなった女の子がいてね、いつかこの地獄から抜け出したら一緒に服を見に行ったり、好きな人と結婚なんてして、幸せに…なりたいね…なんて、よく…話してたの」


王妃の命によって地下牢に入れられた時に初めて話しかけてくれたのが彼女だった。綺麗な金髪が泥やゴミ、排泄物で汚れているのが勿体なかった。夜はこっそり泣いているところも見たけど身体中が傷だらけなのに笑顔が絶えない子だった。今思えば生きることを諦めていた私の為だったのかもしれない。


「その女の子は……」


「病気で…」


あの子は死にたくない、家に帰りたい、と泣きながら息を引き取ったとき、私は泣くことが出来なかった。それが一番悲しかった。


「そっか……。辛かったんだろ、もう泣いていいんだよ。」


「一緒に、一緒に…幸せになろうねって…!約束、したのに…私だけが…約束を破って、幸せになろうとしてる…。そんな私が…泣くことなんて許されない」


幸せを実感するたびに思い出すのはあの子との約束だった。あの子が今も生きていたならば私と同じ歳だからもしかしたら素敵な男性と結婚をしていたかもしれない。生への渇望が強かったあの子が生き残るべきだったのに。何で、私が生き残ってしまったのだろう。


「ミレーユが幸せになることをもし誰かが文句言ったらオレがそいつをぶん殴ってやる。ミレーユは幸せになるべきなんだよ。きっと、その子もそれを望んでる」


そうだった、あの女の子は馬鹿がつくぐらいにお人好しで誰よりも幸せな自由を望んでいて、それで、誰よりも私の幸せを望んでくれていた。


「……いいの…?もう、私、我慢しなくて…いいの?」


レックが静かに頷く。


「だから、ミレーユ、オレと幸せになろう?」


彼の言葉に今まで抑え込んでいた感情が溢れてきて言葉が震える。情けないところなんて見せたくないのに。


「ありがとう、ありがとう、レック、」


レックに顔をジーッと見つめられ自分が泣いてることに気づいた。涙でぐしょぐしょに濡れた頬と目尻を服の裾で拭おうとするとレックに手首を掴まれ顔をあげさせられる。


「擦ると赤くなるよ」


「………ごめんなさい」


レックにぽんぽんと頭を撫でられる。年下なのに何故こんなにも包容力があるのだろうか。彼はいつも余裕があってまるで立場が逆だ。年上である私がしっかりしなきゃならないのに。上げていた顔が自然と俯く。


「ミレーユ」


名前を呼ばれ、顔を上げるとレックが頬を撫でるように触ってきた。至近距離で見つめあう形になり、自然と空気が恋人特有の甘いものになると唇を合わせる。手を繋ぎながら何度も、何度も口づけを交わす。レックの服をきゅっと掴むとレックが目を細めて笑う。馬鹿にされているようで少し嫌だけれど彼にとって私との年齢差など大した問題ではないらしい。


「…んっ…ふあ…」


舌が絡み合うだけで声を漏らしてしまうぐらいに彼とのキスは気持ち良い。最初はあんなにも不器用なキスしか出来なかったというのに。
うっすら目を開けてレックを盗み見ると眉を寄せて切なげな表情をしていて胸がきゅうぅとなった。また好きが積もった。これ以上好きになったら自分はレック無しでは生きていけそうにない。ううん、もうとっくにレックがいないと生きていけないようにされている。


「もう…止まれないかも」


「…レックになら、私、メチャクチャにされてもいい…」


自分で言って自分で恥ずかしくなるぐらいに大胆な発言をしてしまった。だってレックが私を求めるような目で見てくるから。私はとことんレックに弱い。


「ミレーユ、愛してるよ」


「私もよ、レック」


私は今、とても幸せだ。





title*HENCE
(20140804)

   end 
bkm

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