まだ、愛したかったのに 



「…んー」


「なんだよ」


宿屋のベッドに座りながら話してるとバーバラがこてん、と肩に頭を乗せてきた。いきなりのことに心臓が忙しなく動いたがそれが顔に出ないように努めて何とか声を出した。


「ねむい」


目をしょぼしょぼさせるバーバラは高齢者のように見えた。こんなこと言ったら高齢者に失礼か。一瞬で心臓が平常のスピードになった。


「眠いなら寝ればいい」


「……眠りたくない」


バーバラは言いにくそうに口をモゴモゴさせた後、小さくそう呟いた。


「は?」


バーバラの言っている意味が理解できず、眉をひそめているとバーバラは眉を八の字にして何を言うべきか思案しているようだった。


「時間が、勿体なく感じちゃうんだよね。」


「なんだそれ」


睡眠は人間にとって必要不可欠だ。睡眠をしないだけでどれだけ人間にデメリットがあるのかコイツは知らないのだろうか。


「テリーともっと一緒にいたいんだもん。眠っちゃってたら勿体ないよ」


「ふぅん…。今日は随分と素直なんだな」


オレも人のことは言えないかもしれないがバーバラは意外と強がりで頑固だ。確かにコイツは太陽のように明るく、思ったことをすぐに口に出したり、顔に出すような単純なやつだが自分の感情に素直になることが苦手らしい。だからこそバーバラがこうやって素直な物言いをするのが珍しいと思った。


「なによー!あたしはいつも素直で可愛いでしょー?」


バーバラは顔を真っ赤にしてオレの肩に乗せた頭を起こさず、そのまま上目遣いで睨み付けてくる。


「幸せな脳味噌してるよな、お前」


心臓の高鳴りを隠すようにバーバラをからかう。


「ムキー!何その言い方!ホント、あんたムカつくー!」


人の挑発にこうも簡単に何度も引っ掛かる人間はある意味珍しいと思う。


「ほら、自分の部屋に戻れってば」


先程まできゃあきゃあ、と騒いでいたが沈黙の空気が流れ始めるとバーバラが眠そうに何度も瞬きを繰り返すのを見てオレは自分の部屋に戻るように言ったがバーバラは首を横にフリフリ、と振るだけだった。


「眠るのが、怖い。夢を見るのが怖い。一人に、なりたくない」


今にも泣きそうな表情と声色に何も言い返せなかった。旅は着実と終わりに近づいている。それはつまりバーバラとの別れも近づいているということだ。それを口にすると自分とバーバラの関係が崩れてしまいそうで何も言えなかった。だから気づいてないフリをする。それが正解なのか不正解なのかは分からない。


「どんな、夢を、見るんだ…?」


動揺してるのが丸わかりな言い方だと自分で思った。


「……………………」


バーバラは青ざめた表情で固まっている。口を閉じたり、開いたりするが結局言葉にならなかった。いい夢ではない、とは思っていたがバーバラが言葉を失うほどとは思わなかった。


「寝るか」


ベッドから立ち上がり、バーバラの正面に立つ。バーバラの膝裏に腕を通してベッドに横たわらせる。その横に自分も横になると自分の片腕にバーバラの頭を乗せてやる。所謂腕枕というやつだ。腕枕をしていないもう片方の腕でバーバラの華奢な体を抱き寄せる。


「やった!腕枕!」


先程まで顔を青ざめて言葉も出なかったくせに腕枕をしてやった途端に顔をぱあぁ、と輝かすのを見て現金なやつだな、と思った。そして、さっきのは演技なのかと疑いたくなったがよく見るとまだバーバラの唇は小さく震えていたし、触れていた小さな体も小刻みに震えていた。


「……」


何か声をかけようにもかける言葉が見つからなくて息を吐き出しただけだった。こういう時、自分の口下手なところが恨めしく思う。だから代わりに抱き寄せていた腕に力を込めた。
バーバラはオレの胸元にしがみつくと静かに泣き出した。それを黙って見つめながら、静かに背中を擦る。


(いつもそうだ。大事なものが呆気なく奪われる)


ようやく人並みの幸せを得るとそれはすぐに泡のように弾けて消えてしまう。まるで元からなかったように。一度目は実の両親が行方不明になったとき、二度目は姉が義父によってギンドロ組に売り払われた時、三度目は…これから自分達の行動によって引き起こされる。平和と引き換えにバーバラがこの世界の馬鹿げたルール、理によって奪われてしまう。どうしようもないことだと思う。自分を除いて皆、平和を望んでいるのだから。


「姉さんは昔、辛いことや悲しいことがあるとよく笑って誤魔化してた」


「…うん。ミレーユは優しい子だもん。テリーに心配かけたくなかったんだよ」


それもあるけど、きっと、姉さんは笑っていないと自分がどうにかなりそうだったからだと思う。それほどまでに姉さんは追い詰められていた。今のバーバラにそっくりだと思った。仲間といるとき、バーバラはいつも笑顔だ。でも周りに仲間がいないときは感情をなくしてしまったかのように虚ろな目でどこか遠くを見つめている。


「……ごめんな」


「なんで、テリーが謝るの?」


お前を救ってやれないから。オレには世界を裏切るような、そんな勇気も力もない。


「なんでもない。ほら、眠るぞ」


「うん。テリーとなら眠る」


バーバラが静かに目を閉じる。そして、少しすると穏やかな寝息が聞こえてきたのを確認してオレも同じ様に目を閉じた。抱き寄せたバーバラの体はとても暖かくて何だか泣きたくなった。





title*ひよこ屋
(20140719)


   end 
bkm

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