まるで恋のように 



物心がついたときはもう王子として生きていた。城での生活は剣の稽古ばかり。剣を持つ手に出来た豆が潰れた痛さで泣いても剣を手放すことは許されなかった。誰も女として扱ってくれなかったし、誰も自分の気持ちなんてお構いなしに大きな期待だけを寄せてくる。たまに城のテラスから城下町を見ると買い物を楽しんでいる町娘を羨ましく思っては自分の豆だらけの手を見て、剣の稽古に行った。13を超えると自分の体つきが女になってきた。なんで今さら自分の体は女であろうとするのかと戸惑いもした。体が段々と丸みを帯びてくると胸にさらしをきつく巻くようになった。月のものが来るようになると絶望感は更に増した。鈍い痛みを伝えてくる腹部に何度も泣いたし、母親には何で女に生んだんだよ、と泣きながら怒鳴ったことだってある。父親には辛いなら王子であることを止めて王女として生きていってもいいと言われた。でもそれは逃げることと同じ意味だ。辛くなんてない。辛いのは自分の体が女に近づいてしまうことだ。だから、今さら自分は女になどなれはしない。男として育てられた自分が今さら女に戻れることなんてないとそう思っていた。


「大丈夫?顔色悪いけど…」


「大丈夫だよ、ミレーユ」


金色の長い髪をなびかせる目の前の人物はまるで女神のように美しいのだが残念ながら男だ。ハッサンが女と見間違うほどの中性的な顔立ちだが背は高く、スラリ、としている。


「なんだよ、調子悪いのか?」


大柄な男が顔を覗きこんでくる。こちらの男はミレーユよりも背が高く、力だって強く、頼りになる男だ。


「大丈夫だって。お前ほどじゃないけどボクだって丈夫だよ」


「はは!違いねぇ。お前はオレ並みに大食いだもんな!そんな小さい体でよくオレと張り合えるよな!」


「小さい体は余計だって。ボクはまだ成長期が来てないんだよ」


「17なのに?」


ミレーユが不思議そうに首を傾げる。


「成長期が遅いんだよ、ボクは」

この二人はボクが女だってことを知らない。


***


「はあぁぁぁぁ!!!」


剣を魔物に振り下ろし、辺りにいる魔物の気配が消えた。ふぅ、と息を少し吐いて顔についた魔物の返り血や汗と泥を手の甲で拭う。ピリッとした痛みに自分の手の甲を見つめると血が付着していた。頬のこの痛みからしてこの血は自分のものだろう。戦っているときに魔物の爪が掠めたのだろう。大した傷ではないので薬草もホイミも使う必要がないと判断して先へ進もうとするとミレーユに自分の名前が呼ばれ、振り返る。


「どうしたの?」


「ちょっとこっちに来て」


ミレーユに手招きされて近くまで行くといきなりボクの顔に両手を当てて見つめてきた。あまりの至近距離にカアァァ、と顔に熱が集まる。ミレーユの綺麗な顔に見つめられるとどうしたらいいのか分からない。


「え、えっとミレーユ…?」


「……ホイミ」


ミレーユの透き通ったハスキーな声が初級の回復魔法を唱える。


「こんなかすり傷にホイミなんてしなくて良かったのに。MPが勿体ない」


どう考えても消毒だけで十分だ。

「勿体なくなんかないよ。顔に傷が残ったら大変だ」


いつからだろうか。ミレーユがボクに対して過保護になったのは。元々、心配性で世話焼きな一面もあったが最近は更にパワーアップしている気がする。


「ボクは男なんだから顔に傷が残ったって構わないよ」


「それでも…いや、なんでもない」


ボクの言葉にミレーユは悲しげに目を伏せ、何かいいかけていたのは言葉にしてくれなかった。


「ミレーユはボクに過保護すぎるよ、いくら王子だって言ったって男だよ?」


「…僕は君が王子だから過保護なわけじゃないよ。ただ…君が心配で、大切だからなんだよ」


ミレーユが笑いながらそんなことを言ってきたら冗談で返せるのに真剣な表情で言われるもんだからどう返事すればいいのか分からない。


「じゃ、行こうか。」


ミレーユがボクの頭をぽんぽん、と撫でて、手を差し出してきた。それに素直に手を差し出してしまったのは何故だろうか。ミレーユに触れたいと思ってしまったのは、なんで。


(わからないことだらけだ)


いつかこの気持ちがなんなのか分かる日が来るのかもしれない。





title*確かに恋だった
(20140714)


   end 
bkm

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