「好き」から逃げない (7/10)





入れたての熱い紅茶の入ったカップに口をつけ、少しだけ飲んでカップをソーサーに置いて一息つく。一番会いたくないと思っていたバーバラと再会してミレーユは反射的に彼女を引き留めていた。もう逃げたくないから、ちゃんと話をしたいから。ライバルとして、友人として。そんなミレーユに対してバーバラは表面上は笑顔でテリーと滞在している宿屋に招き入れたが心中穏やかではなかった。ミレーユが嫌いでも、苦手なわけでもない。むしろ大好きだからこれから発せられるであろう言葉が怖い。


「あのね、バーバラ。私、あなたに謝りたかったの」


「謝るって…ミレーユは何も謝ることなんて…」


「あなたからレックを奪ってしまったから」


レックという単語がミレーユの口から発せられるとバーバラの肩が小さく震える。


「あたしはレックを置いていっちゃったんだから、仕方ないよ。あたしはとっくに別れた、つもりだったし…。だからミレーユに奪われたなんて全然思ってないから!」


「バーバラは相変わらず、嘘が下手ね。全部顔に出てるわ」


「……違う!あたし、もうレックのことなんか好きじゃないの!」


「なんでそうやって逃げるの」


ミレーユは椅子から立ち上がるとバーバラの手を自分の手で包み込むとバーバラが今にも泣きそうな顔でミレーユの顔を見つめる。


「あたし、ミレーユみたいに強くないんだよ?あたしはもうこれ以上傷付きたくないの。だから、もう…帰って…」


「私だって強くないわよ。レックがいないともう、生きていけない…そのぐらい彼に依存してる」


「じゃあ、いいじゃん!ミレーユにはレックがいるじゃない!あたしにはいないよ!そういう人が、いないんだよ!」


バーバラが声を荒げてミレーユの手を振りほどき椅子から立ち上がる。


「バーバラにもいるでしょ?」


「いないよ!そんな人!カルベローナの大魔女としてじゃない本当のあたしを見てくれる人はレックしかいなかった!」


「私たち仲間は?私たちはあなたを大事な仲間として見てたわ」


「あたしだって皆のことは大事な仲間として見てるよ…。でも、でも…もう違うじゃん。皆、レックとミレーユのこと応援して、あたしとレックが付き合ってたことをまるで無かったことのようにしてるじゃん。皆からあたしの存在がどんどん他のものから押し出されてるじゃない」


仲間たちはバーバラとレックのことを応援していたが今はミレーユとレックを応援している。そのことにバーバラは怒りと悲しみなどが入り交じった複雑な感情を抱いていた。こうやって自分は皆から忘れられていくのだと、そう思った。


「バーバラ…」


「レックもあたしのことなんてそのうち忘れていくよ。あたしはレックにとって些細な、本当に小さな存在でしかなかった」


「違う!」


ミレーユは声を大きく上げるとバーバラの頬を手のひらで叩いた。


「レックは…、レックは…!ずっとあなたのことばかり考えていた!レックは私といても一度たりともバーバラのことを忘れてはくれなかった!」


「じゃあ…なんで、あたしは振られたの!?なんで…レックはミレーユと結婚することになってるの!?教えてよ…!?」


「あなたが彼を置いていくからっ!帰ってくるのが遅いからっ!」


「仕方ない…、仕方ないじゃん…!返してっ!レックを返してよ!」


バーバラがミレーユの頬を手のひらで叩く。


「嫌よ。だって私、レックが好きなんだもの、あなたよりもずっと、ずっと…大好きだから!」


ミレーユがバーバラに平手打ちをする。


「ずるいよ!ミレーユの泥棒猫!あたしの方がミレーユよりもずっと!ずーっと!レックのことが好きなんだから!」


バーバラが仕返しと言わんばかりミレーユに平手打ちする。


「先に奪ったのは…あなたの方でしょ!この、卑怯者!」


また平手打ち。


「意味わかんないし!あたしよりミレーユの方が卑怯者だもん!」

平手打ち。


「バーバラの臆病者!そんなに彼のこと好きだったら何で置いていったのよ!何でもっと早く帰ってこなかったのよ!」


平手打ち。


「出来たらそうしたかったよ!何にも知らないくせに勝手なこと言わないで!」


平手打ち。


「あなたの事情なんて知らないわよ!ずっと…待ってたのに…。ずっと、あなたが帰ってくるのを待ってたのに…!」


ミレーユがバーバラに平手打ちをしたがその力は弱々しく、ミレーユはそのままその場に立ち崩れた。


「ちょ、ちょっとなんでミレーユが泣いてるの!?」


「私だって…バーバラが帰ってくるのをずっと待ってたんだから…!」


「なんで…?あたしがいない方がミレーユにとっては都合がいいじゃん」


「そうよ…あなたがいなければ、こんな頬が赤くならなかったし、こんなに複雑な状況にならなかった…」


「じゃあ、なんで…」


「あなたが好きだからに、決まってるでしょ…?」


「え…」


「私たち、友達…ううん、大事な仲間で、大事な姉妹みたいなものでしょ?」


「そっか…そうだったよね…。あたしもレックだけじゃなくて皆に、ミレーユに会いたかったんだよ。あー、もう…ミレーユのせいで泣きすぎて目が痛いし、頬も痛いんだけど!」


「私だってバーバラのビンタのせいで頬がこんなに真っ赤になって痛いわよ?レックにどう説明すればいいのよ」


「レックにフラれればいいじゃん」


「バーバラの意地悪」


「あはは…はは…」


「……………」


「……………」


二人の間に沈黙が流れる。


「あの…さ…、あたし、もう一度、ちゃんとレックと話していいかな…?」


「それは私が決められることじゃないわ。あなたが決めることよ」


「うん。ありがとう、ミレーユ」





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