嫌いになったから避けてるんでしょ
「テリー」
普段より甘ったるいような艶のある声で名前を呼ばれる。それだけで馬鹿みたいに自分の体が強張る。
「ぱふぱふしてあげよっか」
「ぱ、ぱふぱふって…なななな何言ってんだよ!大体、まな板のお前が出来るわけないだろ」
「酷いなー!じゃあ…キス、しよっか?」
ぷっくりと膨らんだ魅惑的な唇が近づいてくる。近付いてきたバーバラの髪からシャンプーの匂いかどうかは分からないが花の匂いが鼻を掠めた。鼓動がどんどん速まっていき、目をギュッと閉じた。
「起きろー!」
「いてっ!」
自分の体を包んでいてくれた温もりを何者かに奪われ、ドテッという音と共に背中に鈍い痛みが広がり、目を開ける。
「夢…だったのか…」
考えてみれば夢の中の彼女はとても艶っぽい雰囲気を纏っていたが現実の彼女はそれからは程遠い雰囲気の持ち主だ。あの夢は自分の願望なのだろうか。そうだとしたらかなりヘコむ。
「大丈夫ですか?」
心配そうにしているチャモロに大丈夫だと答え、身支度を整える。ハッサンとアモスはもう下に行って女性陣と朝食をとっているらしい。チャモロも下へ行くと部屋の中にはレックと自分だけの二人になった。
「で、どんな夢を見たわけ?」
「…………何の話だ?」
「ふぅん…はぐらかすのか?」
ニヤニヤと笑っていながらレックはしつこく夢の話を聞いてくる。きっとオレが寝言でコイツの好奇心をくすぐるようなことを言ってしまったのだろう。レックがこうなるとなかなかしつこい。このままでは朝食をいつ摂れるのかどうかさえわからない。
「ま、いいや。大体想像はついたし。テリー君も年頃の男の子だもんなぁ!オレも分かる分かる」
「お前と一緒にするな。とっとと飯食うぞ」
未だにニヤニヤしながらオレの顔を見るレックの首根っこを掴んで下へ降りる。ここの宿屋の1階には大きな食堂がある。仲間たちはきっとそこにいるだろう。
「おー、遅かったな」
ハッサンの周りには食べ終わった皿が散らかっている。何回おかわりしたんだよ、と若干引いてると隣に座ったレックはさっそくこの宿屋の女将におかわりを要求していた。オレは席に座ると正面に座っているバーバラの小さな唇をついジーッと見てしまい、すぐに下を向いた。仲間たちは食事中だというのに談笑しているので気づかれなかった。
「おかわり!」
「レック、水で流し込んで食べてるじゃない。もう!ちゃんと噛まないと喉詰まらせて死ぬわよ」
「ミレーユさん、それ言いすぎでは…。あの、でも、ちゃんと噛んで食べてくださいね」
「チャモロさんの言う通りです!100回…いや、1000回は噛まないと!」
「アモス…それ言いすぎだろ」
「ハッサンもちゃんと噛むんだよー?もう、テリー、早く食べないと皆、食べ終わっちゃうよ!はい、あーん…」
オレの食事があまり進んでいないことに気づくとバーバラが身を乗り出して勝手にオレのスプーンでスープを掬うと口に入れてこようとする。バーバラが近付いてくるとふわっと花の香りがして夢のことを思い出し、反射的にバーバラの手を払った。スプーンが隣に座っているレックのコップの中に入った。レックの悲鳴とそれを宥める姉さんの声、仲間たちの笑う声がやけに遠く聞こえた。目の前には唖然としているバーバラがいて目を逸らした。
***
「お前って意外と分かりやすいつーか…バーバラのことになると顔に出るよな」
「はあ?」
「あ、自覚なし?ふーん」
今日のレックは一体なんなんだ。一日中ニヤニヤしてるし、なんかキモいし、苛立ちが止まらない。レックと隣で歩いていると口喧嘩が起きそうなので歩くペースを落として後ろを歩いている姉さんの隣へ行く。
「バーバラと喧嘩したの?」
オレが何か言葉を発する前に姉さんはそう質問した。質問と言っても姉さんは確実に分かってるだろうけど。
「あの子、落ち込んでたわよ」
「…喧嘩、じゃない」
「そうなの?でも、話しかけようとしても避けられるって言ってたけど…」
「アイツは何も悪くない」
オレが勝手に混乱してるだけだ。まさかたった一つの夢でこんなにも自分の態度が変わってしまうなんて思ってもなかった。謝ろうと声を掛けてくれたバーバラにも無視をしてしまった。
「あの子はちょっと思い込みが激しいところがあるから…。テリーはバーバラのことが大好きだからあういう態度をとっちゃうのよね。」
「…いや別に、オレはバーバラのことなんて…」
「皆、気付いてるわよ。バーバラ以外はね」
「は……」
「分かりやすいのよ。きっと貴方は隠してるつもりだろうけどよっぽど鈍感な人じゃなければ気付くわ」
姉さんがそう言って微笑む。そして、バーバラのところへ行ってこい、と馬車に無理やり押し込まれる。姉さんは昔からちょっと強引なところがある。大人になって落ち着いたと思ったがそうでもないらしい。馬車の中に入ると体育座りして膝に顔を埋めているバーバラがいた。
「バーバラ」
名前を呼ぶと小さな体がビクンと小さく震えた。バーバラの正面にしゃがみこんで頭を撫でてやるとバーバラが顔を上げた。
「なんで、こんなことするの…?」
「頭を撫でられるのはもう嫌いか?」
「そういうわけじゃ、ないけど…」
バーバラは頭を撫でられるのが大好きだ。どんなに怒ってても頭を撫でてやれば眉を釣り上げていた顔がふにゃりと柔らかい笑みを浮かべる。要するに現金なやつだ。しかし、今日はいつもと違って頭を撫でてやってもバーバラの表情が晴れることはない。
「なんでそんなに拗ねてるんだよ」
「だって、テリーはあたしのこと、嫌いなんでしょ」
「どうしてそうなるんだよ」
「あたしのこと、嫌いになったから避けてるんでしょ」
どうしてこんなにも自分の思いが伝わらないのか頭を抱えたくなった。周りの人間はすぐに気付くというのに何故、肝心の本人が気づかないのだろうか。
「別に避けてるわけじゃない」
「避けてるじゃん!」
「…面倒くさいな」
言葉で伝わらないのなら行動で示せばいい、と誰かから聞いたことがある。それを実践すればいいとバーバラを抱き締める。最初は抵抗していたがそれも止めて大人しくしている。バーバラの顔がオレの胸辺りにあるからもしかしたら鼓動が速いことに気付いたかもしれない。でも、それでいい。だから、早く気付いてくれよ。
(20140807)
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