異世界へ行ってから、今日で80日目。私は広い空き地と線路に挟まれた、ちょっと暗い道を歩いていた。時間遅いのとか日が短いのとかもあるけど、雨上がりで雲がかかってるってのもあると思う。眠くてほとんど目があかないまま、わざと水溜りを踏んでみたりした。
 その時、ふっと匂いが漂ってきた。目を開けてみると、どうやらそばの民家からのご飯の匂いらしい。
 さっきまでは無かった家。
 さらに暗くなった周りを見回した後、現在地を把握した私は振り返って進み始めた。それから少し雪に埋もれた石畳の階段を下りて、最後の段のちょっと先から始まる緩やかなカーブを曲がって……。
 やがて、見慣れたドアが見えてくる。私は習慣化した動きそのままに、なんの躊躇いもなくドアを開けた。
「ただいまー。」
 ただいま?
 自然と口が発した言葉に、違和感を覚える。
 ここは私の家なの?
 ここは私が生まれた世界じゃない。ここにいたのはほんの2ヶ月程度しかないし、この家って意味なら1ヶ月ちょっとしか暮らしてない。
 ここは異世界。まだ断片的に覗いただけの、知らない世界。
 なのに…。
「……おかえり!!」
 戸口で考えにふけっていると、奥から声が聞こえてきた。それからドンドンと階段をかけ降りる音。
 ドアが開けっ放しで寒かったから後ろ手に閉める。それとほぼ同時に、壁の向こうから、ひょこっ、と見慣れた顔が出てきた。
「やっぱり、リトだ!!」
 それから、こっちに向かって走ってくる。
「……うん、ただいま。」
 この言葉に感じた違和感。でも別にただいまでもいいや、なんてことをアディの子供体温に溶かされながらぼんやり思った。




〔世界の断片・終〕
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