怪盗ハーチェス

「……あっはははははは!」
 突然、白廉が笑い出した。
 白廉は普段、結構小さめの落ち着いた声で喋ってる。その白廉が、大きな声で高笑いをしていた。
 やっぱり偽物かなにかなの?!と戸惑っているうちに、彼もひとしきり笑って落ち着いたらしい。1つ深呼吸をした後、
「馬鹿なことを言うでない。」
 ピッとなみの首筋に何かを突きつけた。
「怪盗ハーチェスは、お前だろう?」
 目だけを動かして見ると、それはなみがさっきまで刺してた簪だった。
 お前、って……。
 今この部屋には、白廉となみ、あとは倒れてる弥鷹さんと竹中さんだけ。ってことはこれは……。
「まだ惚ける気か?お前以外に誰がいるというのだ。」
 白廉が屈んで、座り込んでるなみに視線を合わせた。
「ハーチェス本人でないにしろ、お前は南ではない。そうだろう?」
 暫く睨み合う。
 先に目をそらしたのは、白廉だった。
 そらしたって言い方は正確じゃないかも。何かに気付いたように、大きい方の襖の方を見てる。
 それから、近づいてくる複数人の足音が聞こえた。
「…兄だな。」
 白廉がため息をついて立ち上がった。
「今倒れているこの2人は、皇の能力に慣れていない王の者だ。だから、私の能力で霊力を削ぐことで眠らせても、バレてはいないだろう。恐らく彼らは、この湿気て破裂しなかった爆弾によって倒れた、と思い込んでいる。」
 皇の能力って、そんなことも出来るんだ……。
 問い詰められてるという危機的状況にも関わらず、普通に感心しちゃった。
「だが、兄を始めとした皇族相手となると、そうは上手く運ばない。彼らは皇の能力に精通している。先刻のようには行かないだろう。もうお前を庇うことは、私には出来ない。」
 言葉を区切って、白廉はこっちに向き直った。
「選べ。兄達が来るまで粘って捕まるか。ここで私に痛めつけられるか。」
 一歩、詰め寄る。
「私を南の元へ連れていくか。」
 ……足音が、どんどん大きくなっていく。迷う時間は、多くは残されていなかった。
 "俺"は、乱暴に舌打ちして髪をガシガシと掻き回した。その勢いに負け、ズレた栗色の髪の下から、夜に溶け込む黒髪が目の前を揺れる。
 くそっ、こんなはずじゃなかったのによ!!

 青の宮陛下とその部下達が創始様の昼の御座所へと駆け込んだ頃には、部屋には倒れている二人だけで、他の2人は跡形もなく消えていた。

 次に彼らがその姿を見たのは、なんと皇居の屋根の上だった。
 俺は、篝火や松明の光に照らされて立っていた。右肩の上にはグッタリとなった緋の宮様を担ぎ、左腕には優しく南を抱えている。
 俺は既に、変装を完全に解いていた。
 堂々と自分の姿を晒し、屋敷の屋根のうちでも一番高い位置にある柱の上に立つ。夜に溶け込む黒髪に一筋入った長い白髪を、黒に金が施された服とマントを、風に靡かせて。
 この金の眼は、イセン国に伝わる月のように、輝いて見えているだろう。
 驚く大衆をこの目で眺めた後、俺は上から静かに降りてきた縄梯子へと脚をかけた。そのまま俺達を載せた梯子が、それを吊っている無人気球がゆっくりと浮上していく。皇居の上の更に上には、戦のない平和な国の矢など届かない。
 慌てふためく人々を悠然と見下ろし、盗品を確かにその腕に抱えた怪盗ハーチェスは、優雅に夜の闇へと消えた。


「…………っていう完璧で美しい計画だったのによ!!!!!!!」
 気球から降りて裏山の頭頂付近で片付けをする。南に見せかけた空気人形の腹の中へと、南に変装していた際使っていたカツラやら服やらいろいろ詰め込む。詰め込めない気球は、どうせ使い捨てだ。陽動にもなるので、このまま置いていく。
「どこが完璧だ。穴だらけではないか。」
「気球は使い捨てです!!!!」
「気球の話じゃあない。阿呆。」
 緋の宮様は、プリプリ怒る俺を木の上から眺めている。
 あの後俺達は、天井へと移動した。俺は、催眠剤入り爆弾が落ちてきた穴に、縄梯子投げて登ったんだけど、このちっちぇえ白色だか緋色だか分かんねえお方はジャンプ力と懸垂で易々と登りやがった腹立つ!
 んでもって俺が正装に着替えたりしてる間緋の宮様を色々説き伏せて、催眠剤で眠らされたフリをしてもらった。で屋根の上に登って、んでアレだ。
 ああ、屋根の上での演出は上出来だな。この国はいろいろ地味なんだよな。そこに俺の金色が美しく栄えるって……
「おい猫。まだか?」
「俺いま傷心を癒してるとこなんで黙っていただけます?!」
 だああったく!調子狂わされっぱなしじゃねぇか……。
「……殿下。何故、俺が南ではないとわかったんですか?」
「おう、突然殊勝になったな。」
「……。」
 悔しいことは悔しい。だがそれは同時に、俺の完全なる敗北だと認めてもいるんだ。
「別に解説はしてやれるが、少々長いぞ。」
「あ、じゃあ後でいいです。」
 まとめ終わった空気人形を、肩から外したマントを使って背負う。
「まだ計画は続行中なんで。走りますよ。」


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