人形の両あしと左うでの少女
むかしむかしあるところに、ひとりの少女がおりました。
少女は歌を歌うのが好きでしたが、とある大きなお屋敷の下働きをしていたので、あまり自由に歌うことができませんでした。
しかし、ぜいたくは言っていられません。少女には両親も兄弟姉妹も居なかったので、屋根の下で眠れるだけで幸せだと思い、一所懸命に働きました。
ほかのお屋敷の人たちは、みんな少女をいじめます。しかし、お屋敷の主人の奥さまだけは、少女にお菓子をあげたり、傷の手当てをしたり、優しくしてくれました。
ある日、少女がお屋敷の二階の窓ふきをしていると、なぜだかわかりませんが、お屋敷の外側に落ちてしまいました。命は助かりましたが、大ケガをしてしまい、両あしと左うでが使えなくなってしまいました。
使えない少女はお屋敷には置いておけません。少女はすぐに追い出されてしまいました。ただ一人、奥さまだけは少女をあわれみ、友達の人形師に頼んで、両あしと左うでを作ってくれました。
少女はひとりぼっちになってしまいました。奥さまには感謝していますが、人形の両あしと左うででは、どこへ行っても働かせてくれません。少女はこのまま死んでしまうのかな、とも思いました。
どうせ死ぬのなら、大好きな歌でも歌おうと、誰もいない森に入っていきました。
森の奥には小川がありました。綺麗な花が咲き、小鳥たちが歌っていました。少女はなんだか楽しくなってきて、少女も鳥達に合わせるように歌いだしました。
どのくらい歌ったあとでしょうか。空が赤くなりだしたころ、少女の歌に誘われてか、ひとりの男が少女のところにやってきました。
奇妙な格好をした男でした。いろんな色を使った服を着て、顔には左側だけに仮面をつけています。
男がたずねました。
「さっきの歌は君が歌っていたのかい?」
少女はうなずきました。
男がほほ笑んで言いました。
「きれいな歌声だね」
少女は驚きました。歌をほめられるなんてはじめてのことでした。ましてや、今、少女の両あしと左うでは人形なのですから、気味悪がられると思ったのです。
男がまたたずねました。
「人前で歌ってみたくないかい?」
少女は困って答えました。
「でも、私の両あしと左うでは人形だもの。気味悪がって、きっと誰も聞いてくれないわ」
男が言いました。
「大丈夫。僕のところはサーカスなんだ」
少女がききました。
「サーカスってなあに?」
男が答えました。
「みんなを楽しませる、大きくて不思議なおもちゃ箱だよ。不思議なおもちゃ箱に歌うお人形がいたって、おかしくなんかないだろう?」
少女はうなずきました。
男が、少女の左手をとって言いました。
「それに、こんな美しい歌声の子をほおっておくだなんて、もったいないだろう?」
少女は笑いました。
私がこのお話について知っているのは、ここまでです。
その後、少女がどうなったのか?
さあ……きっと、サーカスの歌姫として、歌を歌っているのではないでしょうか?
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