ちょっぴり脱線:器用なのか不器用なのか

 その日は和風紳士に寮まで送ってもらって帰った。送ってもらうのは彼女扱いしてもらってるみたいですごくとてもすごく嬉しいんだけど、こればっかりじゃあ白廉のお家がどこだかわからないってのがちょっと残念。おとといまでと比べたら、ものすごい贅沢なこと言ってるね僕。
 んでそのあと一週間はなにごともなくすごした。意外でしょ。田淵くん達も静かだったんだ。白廉が隠してるんだとしても、ちょいと変に静かで逆に不気味。嵐の前の静けさっていうの?でも白廉は全然気にしてないみたい。先生も声をかけてくれてるけど、なにもないって言ってる。でも僕の見えないところで気を張ってたりするかなって気になって、でも僕にはなんもできないから、とりあえず頭をよしよししてみたらカカト蹴られた。嫌だったかぁちぇっ。
 この一週間にあったことといえば……あっ、じゃぁあのこととか話しとこっか!
 入学式があった週の、木曜日くらいのこと。いつも僕は朝ギリギリに学校来ちゃうからホームルーム終わった後すぐA組の白廉のところに遊びに行くんだけど、その白廉が左手の親指、人差し指、中指に包帯巻いてたの。
「えっ?!白廉左手どうしたの?!」
 白廉が怪我するなんて考えられなかったから、挨拶よりも先に言っちゃった。あ手袋?もちろんつけてたよ。手袋はおててにピッチリタイプで包帯は入らなかったのか、手袋のうえから包帯巻いてる。
「なんで包帯巻いてんの?!」
「絆創膏が無かったから。」
 そうだけどそうじゃない!
「怪我したの?もしかして自炊で手を切ったとか?」
 そうだったら僕が押し掛け女房でも…いや、僕も料理初心者だけどさ。
「いや、まあ切ったということはあっているが…。」
 随分歯切れが悪いなぁ…もしかして!
「田淵くんっ?!」
「もしそうだとしたら尚更怪我をするわけがないだろう。」
 あいもかわらず自信満々だね。メンタルは結構元気みたい。
「じゃあなんで怪我したの?!」
 教えようとしない白廉の肩を掴んでガクガク揺らしてやる。
「ま、まて、よ、酔うから、わかったわかった離せ理由を話す!」
 やっとこさ観念したから手を離してあげる。でもこれ位で酔うってことは、さては白廉、車酔いするタイプか?
「で、何してて切ったの?」
 改めて聞くと、気まずそうに、やっぱり右下を見つつぼそりと言った。
「……………………爪切り。」
 ……ん?聞き間違えたかな?
「ごめん、正しく聞こえなかった気がする。もう一回言って?」
「だから爪切りだと言っている!」
 …………え、白廉が、この白廉が爪切りに負けたの?!?!
「今朝早く起きすぎてな、爪がいい加減邪魔だからと切ろうとおもったのだが、まずあの歪で小さなハサミのような道具の使い方を理解するのに1時間弱かかってしまったのだ。」
 歪で小さなハサミのような道具って、僕が知ってるあの爪切りのことでいいのかな?その使い方に1時間弱悩めるのも、1時間弱悩んでも学校遅刻しない位とてつもない早起きしたってのもスゴい。
「その後もまだ力の加減がわからなかったというか、いや、やはりただ切りすぎたのだろうな。血が出てきたのだ。それは親指だったのだが、別の指に挑戦してみる時には既に恐怖を植え付けられ、狙いがなかなか定まらなくて……。」
「偉いよ白廉!そんな状態で切り進めずに3本で止めて偉いよ!!」
 あんまり面白いから耐えきれなくなって、褒めつつ爆笑しつつ白髪頭を抱えてガシガシ撫でちゃった。
 だって、だってあんな戦闘力高くてすばしっこくて器用そうな白廉がプルプルしながら爪切りするとかおもしろっじゃない可愛すぎる白廉可愛い!!!
 白廉にはもう抵抗する気力も無いのか、ぐったりして僕にされるがままになっている。手元は、右手で3本の指を抑えてプルプルしてる。
 プルプル白廉の可愛さに内心悶えつつ、ちょっと可哀想になってきた。どうやって慰めようか考えてたら、僕の頭に名案が浮かんだ。
「時に白廉。今日の放課後のご予定は?」
「…特になにもないが、突然なんだ?」
 キタ!
「なみの部屋に置いでよ。爪切ったげる!」
 僕結構爪切るの上手いんだよ。恋する乙女(男)の女子力なめんな!
 この提案に白廉が、いいのか?なんていつもより高めの声で嬉しそうに言うから、にやけて頭をぽんぽん叩いてやった。

「そこらへん座っといてー。」
 放課後、白廉を僕の部屋に連れてった。寮は最初にも行ったけど二人部屋を一人で使わせてもらってるんだ。理由は、寮に入ってくる人が少なかったからってのと、あとは僕の合宿同室でモメたのと同じ理由。察して(はぁと)。
 間取りとしては、キッチンでダイニングな共同スペースがあって、そこから風呂トイレと二つの個室にいけるって感じ。でも普段使いじゃないもう一つの個室は物置になってる。白廉は絶対入れられないなぁ。個室も入れられないけどね。共同スペースはいつ白廉を呼んでもいいように、めっちゃ掃除したんだよ!
 白廉を共同スペースの机に置いて個室に爪切りセット取りに行って戻って見たら、棚の上の人形うさぎのぶーさんとニラメッコしてた。どうしたの?って声をかけたら苦笑いされた。ぶーさん大勝利。
「じゃ切ってくよー。」
 と言って爪切りのレバーの部分をぐるんて回したら、白廉の三白眼ぎみの目がまん丸になった。
「えっ?今何をした?!」
「えっ?この時点で?!」
 どうやら白廉は、レバーを開きもせず収納モードなまま、刃のついた金属の部分を直接指で押してたらしい。そりゃあ怪我もするよ。でもそれで切れたんだね握力すげえ。
 爪切りの構造解説をすると、感心してるけどわかったようなわからないような返事をされた。習うより慣れろってことで、僕が位置を固定したうえで爪切りのレバーを握ってもらったら、思ったよりも軽く切れてしまったらしく、驚き怯えながらもちょっと嬉しそうだった。
 なにこれ可愛すぎる楽しい。
 でもその後はもう全部僕が切って磨いてあげた。磨こうとした時も驚かれた。
「ってかさぁびゃくれぇん。今までどうしてたの?他の誰かにしてもらってたの?」
 ふと気になって、白廉の爪を片付けながら聞いてみた。さすがにこの爪を集めるほど変態ではないよ…!
「普通のハサミで切っていたぞ。」
 なにそれ器用。
「だが先日ハサミがイカレて捨てていたのを忘れていたのだ。さすがに包丁や刀で切るのは怖いし、今まで避けていた爪切りの道具を使っておかなければと思って試してみたら…。」
 このザマだ、と無残な3本の包帯指を見てため息をついた。
「それにしても、お前に切ってもらうと、あの切った後の違和感が無いな。上手だなお前。」
 切った後削ったからじゃない?と思ったけど言わない。こんな絶好のチャンスを逃すようななみちゃんじゃないよ!
「ドヤァ。また切ったげるよ?」
「いいのか?だがお前に面倒をかけてしまうが。」
 気にしいだなぁもう。白廉の爪を切るのだってご褒美みたいなもんなのにさ。
「うーん、じゃあさ、お礼に夕飯作ってよ。んで一緒に食べよ?」
「おう、そんなことでいいのならいくらでも作るぞ。」
 やったぁ成立!
 そんなわけで、1〜2週間に一回の幸せな時間の取引が成立しました。


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